は時節をまっているんだね」
「どうも、いまいましいあのノーマ号だ」
 さだめし、ポーニンとノルマンは、小艇をノーマ号の方へ走らせながら、たびたびくさめを催したことであろう。
 そのポーニンとノルマンは、小艇のうえで、ぴったりよりそって、ぼそぼそと、秘密の会話をつづけている。
「とにかく、私の失策だ。どうも、すこし功をいそぎすぎた恰好《かっこう》だ」
 そういったのは、ポーニンだった。
「どうもよくのみこめませんが、一体どういうわけで……」
「さあ、それだがねえ、ノルスキー」と、ポーニンは、船長ノルマンのことを、ノルスキーと呼んで、「ちょっと頭脳《あたま》がきくやつだとおもったから、これは金さえくれてやれば、うまくこっちの役に立つとかんがえたんだ。まさか、そのすじのものとは、おもわなかったよ。つまりあの船長ロローは、そのすじのまわし者にちがいないということが、はっきりしたんだ」
「へえ、おどろきましたな。どうもまずいことになったものだ」
 本名ノルスキーの船長ノルマンは、ちょっと、くさった様子であった。
「船員に酒をのませろとかなんとか、いいがかりをつけて、そのじつ、こっちの仕事の様子をさぐるのが彼奴《きゃつ》の目的だった。さすがは商売だけあって、はじめのうちは、至極《しごく》すらすらと、私にしゃべらせおった。近ごろにない私の大黒星だ」
 二人の話していることは、警部モロの身の上にちがいなかった。モロの追窮《ついきゅう》があまりにきびしかったので、ポーニンもようやくそれと、彼の素性《すじょう》に気がついたのであった。
「このうえは、彼奴を、なんとかしなければなりませんね」
「そうだ、そのことだ」
 とポーニンは、またさらに顔をノルマンの方に近づけ、
「さっきから、それをかんがえていたが、こういうことにしようとおもう。耳をかせ」
 ポーニンは、船長ノルマンの耳に、なにごとかをささやいた。
 すると、ノルマンは、急にはっと息をとめ、
「えっ、青斑《あおまだら》の毒蛇《どくじゃ》を……」
「これ、声が高い!」
 ポーニンは、ノルマンの口に手をあてて、あたりへ気をくばった。


   雑草園《ざっそうえん》


 サイゴンの港湾部や税関の方へは、うまくはなしをつけたものと見え、それから夜にかけて、平靖号の搭載貨物の大荷役《だいにやく》が、たいへんなさわぎのうちに行われた。
 
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