あった。
「酒? 酒はのませるが、もっと後のことだ」
 ポーニンは、難色《なんしょく》をしめした。
「もっと後とは、いつのことですか。酒なんてものは、はやい方がいいのだが……」
「それは、私がゆるしません。酒をのめば、仕事をする力がなくなる。ここはなんでも、私の命令どおり、まず雑貨をいそいで下ろし、それに引きつづいて、セメントをいそいでつみこんだ上で、酒宴《しゅえん》をゆるすことにしましょう」
「ははあ、セメントを、はやくつむことが必要なのですね。どうして、そんなにセメントをはやくつみこまなければならないのですか」
 警部モロらしい質問のもっていきかたであった。
「それは、こっちに必要があるからだ。そうすれば、ロロー船長、あなたのもうけも、うんとふえる」
 そうはいったが、それは返事になっていないようであった。
「私も、大金儲けはしたいですがね」と、警部モロは、わざとにやりと笑顔をつくり「だが、船長となった以上は、船員の厚生福利をかんがえてやらねばなりませんでねえ。まるで牛馬か人造人間のように、部下を使役することは、できません。もっともこれが船火事になったというような非常時なら、べつですがね」
 船長ロロー役の警部モロは、下心《したごころ》があって、なかなか怪人ポーニンの意にしたがわない。
 ポーニンとしては、ロローに金もはらったことだし、今さら予定を変えることもできないので、だんだん船長ロローにひきずられていく形となった。
「うう、こまったやつだ」
 と、ポーニンは首をふって、
「おい船長。われわれは、いま事業のうえで、非常時に立っているのだ」
「どうも、わかりませんね。雑貨をセメントにつみかえることが、なぜ非常時なんですか。私は船長として、部下にたいし、わけのわからないことに、無闇《むやみ》に力を出せとは、命令しかねます」
「どうも、こまったやつだ」
 と、さすがの怪人ポーニンも、ここでいらだたしさを、かくすことができなくなってしまった。
「じゃあ、仕方がない。おい、船長ロロー。君だけに、わけをはなそう。他の者は、ちょっと、この部屋から、出ていってくれ」
 といって、ポーニンは、虎船長をはじめ余人を、ことごとく去らしめ、そのうえで、なおもこえをひそめて、モロにいうには、
「君、こまるじゃないか。すこしは、こっちのむねの中《うち》を察してくれなくちゃ。日ごろ、あた
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