本として、きのうは東に、きょうは西にと、気ままに航海をつづけようというのであります。積荷は、ことごとく中国雑貨と酒です」
日本人を廃業するんだとは、船長なかなかすごいことをいいだしたものである。そういっておいて、船長はじっと岸少尉の顔色をうかがっていた。
地方版の記憶から
「日本人を廃業して、ふたたび日本にかえらないというのか。ふん、なるほど」
岸少尉は、わかいがさすがに思慮ある士官、べつだんいやなかおもせず、船長のおもてを見かえして、
「あれは今から一ヶ月ほど前のことだったか、長崎県の或るさびれた禅寺《ぜんでら》において、土地の人がびっくりしたくらいの盛大な法会《ほうえ》が行われたそうだね」
と妙なことを岸少尉はしゃべりだした。
「はあ、そうでしたか」
「そうでしたかというところを見ると、貴公《きこう》は知らないと見えるね。――その法会に参加した人数は五十人あまり、法会の模様からさっすると、これは団体的葬儀の略式なるものであったということが分った。その中に一人、容貌魁偉《ようぼうかいい》にして、ももより下、両脚が切断されて無いという人物が混っていたそうだが、そういうはなしを貴公は聞いたことがないか。なんのためのひめたる団体葬儀であろうか。仏の数が五十人あまり、参会者もまた同数の五十人あまりだという。一体だれの葬儀なのであろうか」
岸少尉のかたるうちに、途中で一度、虎船長は、はっと思った様子だが、少尉がかたりおわるや、からからとうち笑って、
「はっはっはっはっ。世間には、どうもまぎれやすいはなしがあるものですな。両脚のない人間も世間には何百人といるんですぞ。団体葬儀だなんて、それは誰かの早合点《はやがってん》でありましょう」
と、少尉のいうことを盛んにうちけす。
「はっはっはっ」と、こんどは岸少尉がうちわらって
「こうやって見まわすと、この船の乗組員たちは、どういうものかそろいもそろって、頭の天頂《てっぺん》の附近に二銭銅貨大の禿《はげ》――禿ではない、毛が生えそろわなくてみじかいのだ、それが揃いも揃って目につく。第一貴公のあたまにも、妙なところに山火事のあとみたいなものがあるではないか。さっきいった長崎の禅寺へ、五十人ほどの参会者がそろいもそろって毛髪をそって、納めていったそうだが、ずいぶん世間には、こまかいところまでつじつまのあう不思議な
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