。どうやらこれが船長らしい。だが船長にしろ、椅子にこしをかけたまま、帝国軍人に呼びかけるとは無礼至極であるとおもっていると、かの肥満漢は、
「私は脚が不自由なものでしてナ、お迎えにも出られませんで、御無礼《ごぶれい》をしておりますじゃ。この汽船の船長|天虎来《てんこらい》こと淡島虎造《あわしまとらぞう》でござんす」
 と、ていねいに挨拶をしてあたまを下げた。
 脚が不自由だという。見れば、なるほどこの虎船長の両脚は、太腿のところからぷつりと両断されて無い。
 このように脚が不自由だから、岸隊長を公室までまねいたことが一応|合点《がってん》がいった。しかしいくら脚が不自由でも、この船長だって出てこられないはずはないのだがと、岸隊長はどこまでも、こまかいところへ気を配りつつ訊問《じんもん》にかかった。
「本船のせきは、日本か中国か」
「もちろん日本でございます」
「日本船なら、なぜ船尾に日章旗を立てないのか」
「おそれ入りますが、これにはいろいろ仔細《しさい》がございまして……」
 と、かの虎船長は一揖《いちゆう》して、きっと形をあらため、かたりだしたところによると、
「――この平靖号は、中国から分捕った貨物船でありまして、払下《はらいさげ》手続をとって手に入れたものであります。この汽船には四十八名の乗組員がおりますが、どれもこれも中国語をよくあやつる。しかしそのうち八名を除いて、のこり四十名はいずれも生粋《きっすい》の日本人でございます。そこに立っております高級船員たちも、どこから見ても中国人ですが、これがみな日本人なんで、商船学校も出た者もおりまするし、予備の海兵も混っております」
 虎船長は、そういって後の船員たちを指した。岸隊長は、あらためて高級船員の面をじっと見まわしたが、なるほど、眼の光だけは炯々《けいけい》として、新東亜建設の大精神にもえていることがはっきりと看取される。
「本船の目的は、どこか。また、なぜこんなに、すっかり中国式になっているのか。日本人らしい装飾も什器も、なんにもないではないか」
 岸隊長は、疑問のてんをついた。
「はい、本船の目的と申しまするのは、日本を飛びだして日本に帰らないということであります。われわれ一同、こせこせした日本人に嫌気《いやけ》がさし、日本人を廃業して中国人になり切り、南シナ海からマレー、インドの方までもこの船一つを資
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