火薬が爆発して、船長ノルマンはじめ船もろともに、空中へふきあげられてしまうだろう。ねえ、船長。それをやってみようじゃないですか」
 なにしろ血の気が多くて、祖国日本をとびだした連中のことだから、平靖号が、ここでノールウェー汽船の雇船《やといせん》になっておわるというのでは、躍る血潮の持っていきどころがない。だから一つの議論が、さらに二つの議論を生むという調子で、船長室の中は、われるようなさわぎとなった。
 虎船長は、若者たちの、熱血あふるる言葉を、じっと目をつぶって、聞いていた。事務長その他、高級船員は、むしろ、若者の留《と》めやくにまわったのであるけれど、自分たちとても、もともと胸中にたぎる武侠精神《ぶきょうせいしん》の所有者だったから、あたまから、若者たちをしかりつけるわけにはいかない。もうこの上は、虎船長の裁断《さいだん》をまつよりほかに、手段はなかった。このとき船長は、やっと両眼をぱっと開き、一座をずっと見まわすと、
「おう、聞け。さいぜんから、お前たちのしゃべっていることは、わしのこの胸の中に、ちんちん煮えたっているものと、全く同じことじゃ」
 そういって、虎船長は大きな拳固《げんこ》をかため、自分の幅広いむねを、どんとたたいた。
「じゃあ、船長……」
「まあ、聞け」と虎船長は、制して、
「だが、われわれは匹夫《ひっぷ》の勇をいましめなければならない」
「えっ、いまさら、匹夫の勇などとは……」
 若者連中は、匹夫の勇といわれて、おさまらない。
「まあ、しずかにしろ。――これが、わが平靖号の壮途《そうと》の最後に近い時ならば、それは、だれかがいったように、こっちの船体を、ノーマ号の船体にぶっつけ、ともに天空へふきあげられてけむりになってしまうのも、わるくない。だが、かんがえてもみろ。平靖号は、まだやっと祖国の領海をはなれたばかりのところじゃないか。壮途にのぼりながら、まだ一回も、壮途らしいことをやったことがないのだ。おい、そうでないというやつは、いないだろう」
 それは、そのとおりにちがいない。平靖号が航海にとびこんでからこっち、多少、風浪《ふうろう》ともみ合ったり、横合《よこあい》から入って来た危難を切りぬけるのに、ほねをおったぐらいのことで、こっちから仕かける壮途らしいことは、ただの一回もやったことがないのだ。この虎船長のことばには、だれも反対をとなえる
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