見から煙草とマッチをうばいとったことなどは知らんかおで、多勢を頼んで水夫竹見に肉薄してくるそのずうずうしさには、あきれるよりほかない。
 竹見は、べつにおどろきもしない。ふふんと鼻のさきでわらうと、とびかかってくる奴の腕を、かるくふりはらって、ぐんぐん前へ出ていく大胆さ。そこで彼は、さっきからこの有象無象《うぞうむぞう》とは別行動をとり、ウィンチにもたれて、こっちをじろじろしていた一人の、たくましい水夫の前にちかづき、
「おい、お前にこれをやるよ」
 と、もんだいの缶詰をさしだした。
 すると相手は、にやりと笑って、竹見のさしだす缶詰をうけとった。


   巨人ハルク


「やい、ハルク、その缶詰は、おれたちのものだ。こっちへよこせ」
 ハルクというのは、その逞《たくま》しい巨人水夫の名のようだ。缶詰にみれんたっぷりの船員たちはハルクの前へおしかけて、うばいかえそうとする。
「……」
 巨人ハルクは、一語も発しないで、近づいてくる船員のかおをじろりじろりとながめまわす。そして缶詰をわざと顔の前でひねくりまわして、ごくりと唾をのんでみせたりする。こいつはかえって気味がわるい。
 いきおいこんだ船員たちは、猫ににらまれたねずみのように、もう一歩も前に出られなくなった。
「やい、ハルク。意地わるをすると、あとで後悔しなければならないぞ」
 ハルクは、どこを風がふくかといったかおであった。
 竹見は、ハルクが、ばかに気に入った。彼はそこでハルクの前へいって、右手をさしのばした。
「ハルクよ。お前は世界一の巨人だぞ!」
「ふふん、それほどでもないよ」
 ハルクがはじめて口をきいた、しかも片言ながら、とにかく広東《カントン》語で……。そして二人は、しっかり握手をしてしまったのである。そこで、さしものめんどうな胡瓜の缶詰事件も、一まず、かたづいた。
 こっちで缶詰事件が起っている間に、平靖号から野菜その他をもってノーマ号へ出掛けた事務長の一行は、とどこおりなく取引をすませた。ノーマ号の船長ノルマンは、金貨でその代金をはらったが、その支払いぶりは、なかなかよかった。よほど金がある船であるのか、それともよほど野菜類にこまっていたものらしい。
「貴船は、これからどこへいかれるのですか」
 平靖号の事務長は、中国人らしい発音で、ノルマンにたずねた。
「本船は、サイゴンをへて、シンガポー
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