相身互いの説もちだした。
事務長は、だまっていると、傍にいた一等運転士の坂谷が、船長と事務長の間にわって入り、
「じゃあ、こうしてはどうですかなあ。こっちからノーマ号へ出かけていって、むこうのいうがごとくはたして壊血病患者がどんなに多数いるかどうかをたしかめたうえで、野菜や果実をわたしてやったがいいではありませんか」
坂谷は、なかなかうまいことをいった。
「ああ、それならよかろう。事務長も、賛成じゃろう」
と虎船長は、事務長の同意を確かめたうえで、飲料水一斗、野菜二貫匁、林檎三十個を、ボートで持たせてやることにして、その指揮を事務長にやらせることにした。
「よろしい、行ってきます」
事務長は、気がるに立ち上った。
そのときであった。
「船長。私も、事務長と一緒に、ノーマ号へやってください」
船橋の入口に立っていた水夫竹見が、いきなり船長の前へとびだしてきた。
「ううっ、竹見か、お前は、行くことならんぞ。下船《げせん》したいなどといい出すふらちなやつだ……」
「ちがいます。私が下船したいといったのは……」
「だまれ、竹見」と船長は、あかくなってどなりつけた。
「わしは船長として貴様にめいずる。只今からのち貴様は本船内で一語も喋《しゃべ》ってはならん。しかと命令したぞ。下へいって、謹慎《きんしん》しておれ」
船長は竹見に対して、たいへん不機嫌をつのらせるばかりだった。
一体竹見は、なぜ下船したいなどと、とんでもないことをいいだしたものであろうか?
意外な人物
ノーマ号では、飲料水などを、平靖号が頒《わ》けてやってもいいという返事に、いろめきわたった。だが、ノーマ号からボートを下そうといったのに対し、平靖号は、こっちが品物をボートに積んでそっちへいくといって聞かないので、ちょっと当惑をしたらしく、しばらくは、その返事をよこさなかった。
やがてのことに、やっと応諾《おうだく》の返事が、ノーマ号からあがったので、いよいよ事務長はボートを仕立てて、六人の部下とともに海上に下りた。
事務長は、みずから舵《かじ》をひいた。
飲料水と野菜と果実とは、舳にあつめられ、そのうえに大きなカンバスのぬの[#「ぬの」に傍点]をかぶせてあった。
虎船長は、本船をはなれていくボートをじっとみていたが、側をかえりみて、
「おい、一等運転士。あの荷は、ばかに大き
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