こっちに来ていないでしょうか、と、たずねているのです」
「なに、ロロー船長?」
ロロー船長というのは、警部モロのことだった。彼のことなら、もうとくのむかしに、この世から息を引取っているのだった。船長ノルマンは、ポーニンと顔を見合わせて、意味深長《しんちょう》な目くばせを交わした。
「船長ロローは、上陸したが、なにか用事があって、まだ帰ってこない――と、そういえ」
「はい」
「それから、なにか用なら、聞いといてやるからと、そういってみろ」
「はい、かしこまりました」
事務長は、出ていった。
船長ノルマンは、ポーニンの方に、身体をすりよせ、
「ごらんなさい。さっそく警備庁の連絡係が、ロローのところへのりこんできたんですよ」
「ふん、あの一件を嗅ぎつけたんだろうか。それとも、平靖号の乗組員が、こっちを裏切って、密告したんだろうか」
「さあ、どっちですかね。ねえ、ポーニンさん、ともかくも、そのすじの奴等に雑草園をしらべられると困りますから、それを胡麻化《ごまか》すため、例の骨折賃《ほねおりちん》の饗宴《きょうえん》を、すぐさま雑草園で始めてはどうでしょう。わいわい酒をのんでさわいでいりゃ、なにがなんだか、わかりませんよ。そのうちに夜が明ける。荷役《にやく》が終る。おひるごろには、このノーマ号も平靖号も、サイゴン港を、おさらばする。ちょうどだん取がうまくはこぶじゃありませんか」と、船長ノルマンは、なかなか悪智恵《わるじえ》をはたらかす。
「ふん、それでよかろう。では、さっそく、雑草園で、大盤ふるまいをはじめよう。お前、みなにそう伝えろ。船にのこっているやつも、できるだけ、上陸させてやるがいい」
「ええ」
「どうする、その大盤ふるまい始めの命令は。お前がもう一度上陸して、伝えることにするかね」
「いや、私はここにいます。そして事務長を上陸させましょう。」
「お前は上陸しない。なぜだ」
「雑草園には、あなたや私がいない方がいいのですよ。いりゃ、またそのすじのやつなどにつかまって、こっちも、したくない返事をしなきゃならない。われわれがいないで、みなに勝手に飲ませて、大いにわいわいさわがせておけば、官憲が調べようたって、手のつけようがありませんよ」
「ふむ、なるほど。それは名案だ。じゃあ、事務長をよんで、お前から上陸命令をつたえろ」
「よろしゅうございます」
こうして、二人の
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