を齎《もたら》すことになったのも運命の悪戯《いたずら》であろうか。それはこの喫茶店に、露子という梅雨空《つゆぞら》の庭の一隅に咲く紫陽花《あじさい》のように楚々《そそ》たる少女が二人の間に入ってきたからであった。
「鼠谷さんは、そりゃ親切で、温和《おとな》しいからあたし好きだわ」
 と朋輩にいう露子だったが、また或るときは
「甲野の八十助さんは、明るいお坊ちゃんネ。あたしと違って何の苦労もしてないのよ、いいわねエ」
 とも云った。
 昨日の親友は今日の仇敵《てき》となり、二人は互に露子の愛をかちえようと急《あせ》ったが、結局恋の凱歌は八十助の方に揚がった。八十助と露子とが恋の美酒に酔って薔薇色の新家庭を営む頃、失意のドン底に昼といわず夜といわず喘ぎつづけていた鼠谷仙四郎は何処へともなく姿を晦《くら》ましてしまった。そのことは八十助と露子との耳にも入らずにいなかった。流石《さすが》に気になったので、探偵社に頼んで出来るだけの探索を試みたりしたが、鼠谷の消息は皆目《かいもく》知れなかった。これは屹度《きっと》、人に知れない場所で失恋の自殺をしているのかも知れないと、二人は別々に同じことを思
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