げられる文芸なんてどう考えても砂を噛むように味気のないものとしか思えない。況《いわ》んや探偵小説なんてものがこんな理想郷に落ちては居まい。彼は矢張り陋巷《ろうこう》に彷徨《さまよ》う三流作家であることを懐《なつか》しく思い、また誇りにも感じた。そう思いつくと、俄《にわか》に矢のような帰心に襲われたのだった。
「僕は断る。僕はやっぱり東京へ帰るよ」
「なに東京へ帰る。……あの露子さんに逢いたくないのかい」
「うん、急に逢いたくなくなった。僕はそんなに突拍子《とっぴょうし》も無い幸福に酔おうとは思わないよ。あのゴミゴミした東京で、妻を失ったやもめ[#「やもめ」に傍点]の小説家としてゴロゴロしているのが性に合っているのだ。僕は帰る!」
「どうしても帰るというか」と鼠谷は残念そうに訊《き》いた。
「うん帰る!」
「よオし是非もない」
 鼠谷は歯ぎしりを噛んで二三歩ツツと下った。
 ド――ン。
 銃声一発。真白なモヤモヤした煙が八十助の鼻先に拡がった。それっきり、八十助の知覚は消えてしまったのだ。……随って今のところ、火葬国についての話も、これから先が無いのである。



底本:「海野十三全集 
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