出して呉れるだろう、僕はいくら運が悪くなっても、ぼんやり暮らしているほど、自分の力量に自信のない男ではない。云いかえると、罐係をやったのも、一つの大きな目的があってのことだ。僕は何を考えて罐係になったか、想像がつくかい」
「…………」それは今となって想像がつかないでもないが、相手は何しろ非常識な男のことであるから、ハッキリは指《さ》して云えない。黙っているのが勝ちである。
「僕は一見不可能なことを可能にして、この世の中に素晴らしいゆっくりした国を建設したかったのだ。君はあの大晦日《おおみそか》に迫ると、なんとなく身辺がゆっくりして、嬉しさが感ぜられるということを経験したことはなかったかネ。あれは、もう今年も残りは二三日となり、いくら焦ってみても、もうどうにもならぬ、――という気持ちが、あの使い残りの二三日をたいへんゆっくり嬉しく感じさせてくれるのだ。これをもっと徹底させると、どういうことになるか。それは人間が戸籍面からハッキリ姿を消すことになる!」
「ふふン」と八十助は呻《うな》った。
「つまり自分の死亡届けを出して置いて、自分は鬼籍《きせき》に入る。そうなれば、この世でのいろいろの厭
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