谷仙四郎奴が笑っているのだ。それを合図のように、火は一きわ激しくドンドンと燃えさかった。
「うぬ、悪魔奴《あくまめ》! 悪魔奴!」
 彼は動けぬ身体を、自暴《やけ》に動かした。そのために、身体を堅く縛っている麻縄が、われとわが肉体に、ひどく喰い込んだ。もうこうなっては、麻縄のために、手首がちぎれて落ちようと、太股がひき切られようと、そんなことは問題外だった。身体の一部分でもよいから、自由になりたい。そして火のつこうとしているこの棺桶の板をうち破りたい……。
「ううーッ……うぬッ」
 八十助は血と汗とにまみれながら、獣のように咆哮し、そして藻掻《もが》いた。
 そのときだった。実にそのときだった。
 なんだか一つの異変が、横合から流れこんで来た。それは有り得べからざる奇蹟の様に思われた。一陣の涼風が、どこからともなくスーッと流れこんで来たのだった。
「……?」
 八十助は藻掻《もが》くのを、ちょっと止めた。
(どうしたのだろう?)
 何事か起ったらしい。
 焼けつきそうだった皮膚の表が急に涼しくなった。
 そして、焦げつきそうな痛みがすこしずつ取れてゆくように思った。
(罐《かん》の火が
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