があったので、今夜ももしやというはかない望みをつないでいたのだった。
「はアて、あいつは誰だったかナ」
甲野八十助は、寒い夜風に、外套の襟を立てながら、また独言《ひとりごと》をいった。
彼はいまそこの人混みの中で、どこかで知り合ったに違いない男と不図《ふと》擦《す》れちがったのだった。その男というのがまた奇妙な人物だった。非常に背が高くて、しかも猫背で、骨と皮とに痩せていた。眼の下には黒い隈《くま》が太くついていて、頬には猿を思わせるような小じわ[#「じわ」に傍点]が三四本もアリアリと走っていた。そして頭には、宗匠の被《かぶ》るような茶頭巾を載せ、そのくせ下は絹仕立らしい長い中国服のような外套を着ていた。そして右手には杖をつき、歩くたびにヒョックリヒョックリと足をひいていた。
「やあ、――」
と甲野八十助は、そのときこの奇妙な男に声をかけたのだった。彼は至って顔まけのしない性質だったから……。
「いよオ――」
と相手は口辺に更に多数の醜いしわ[#「しわ」に傍点]の数を増しながら、ガクガクする首を前後に振り、素直に応じたのだった。
八十助はそれで満足だった。それ以上、何を喋ろう
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