ろの鼠谷は、顔色は青かったが、涼しいクリクリする大きい眼を持ち、色は淡《うす》いが可愛い小さい唇を持った美少年だった。たまたま机を並び合ったというので、二人の少年はすぐ仲善《なかよ》しになってしまった。この仲善しは、年と共に濃厚になり、軈《やが》て大学を卒業すると二人はこれまでのように毎日会えなくなるだろうというので、女学生もやらないだろうと思われるほどの大騒ぎを起したのだった。
 その揚句《あげく》、八十助と鼠谷とは一つのうまい方法を考えた。そのころ二人とも勤め先が決っていて、八十助は丸の内の保険会社に、鼠谷の方は築地《つきじ》の或る化粧品会社へ通勤することになっていた。それで申し合わせをして午後の五時ごろ、二人が勤め先を退けるが早いか、距離から云ってほぼ等しい銀座裏のジニアという喫茶店で落合い、そこで紅茶を啜《すす》りながら積もる話を交わすことにしたのだった。これは大変名案だった。二人はすっかり朗《ほがら》かになり、卒業のときに大騒ぎをしたのが可笑《おか》しく思われてならなかった。
 ところがこの名案ジニアのランデヴー(?)は名案には違いなかったが、彼等二人の交際に思いがけない破局を齎《もたら》すことになったのも運命の悪戯《いたずら》であろうか。それはこの喫茶店に、露子という梅雨空《つゆぞら》の庭の一隅に咲く紫陽花《あじさい》のように楚々《そそ》たる少女が二人の間に入ってきたからであった。
「鼠谷さんは、そりゃ親切で、温和《おとな》しいからあたし好きだわ」
 と朋輩にいう露子だったが、また或るときは
「甲野の八十助さんは、明るいお坊ちゃんネ。あたしと違って何の苦労もしてないのよ、いいわねエ」
 とも云った。
 昨日の親友は今日の仇敵《てき》となり、二人は互に露子の愛をかちえようと急《あせ》ったが、結局恋の凱歌は八十助の方に揚がった。八十助と露子とが恋の美酒に酔って薔薇色の新家庭を営む頃、失意のドン底に昼といわず夜といわず喘ぎつづけていた鼠谷仙四郎は何処へともなく姿を晦《くら》ましてしまった。そのことは八十助と露子との耳にも入らずにいなかった。流石《さすが》に気になったので、探偵社に頼んで出来るだけの探索を試みたりしたが、鼠谷の消息は皆目《かいもく》知れなかった。これは屹度《きっと》、人に知れない場所で失恋の自殺をしているのかも知れないと、二人は別々に同じことを思
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