ていたことを祝福して、一つ乾杯しようじゃないか」
八十助は鼠谷がおかしいのだと思ったので、いい加減にその相手から遁《のが》れるために、乾杯をすすめた。
「ナニ祝杯をあげて呉れるというのかい。そいつは嬉しい。では――」
カチンと洋盃《カップ》を触れあわせると、二人は別々の盃《さかずき》からグッと飲み乾した。
「やあ、これで俺の勝利だ。今度は俺が君のために乾杯することにしよう」
といってバーテンダーに合図をした。
「君の勝利だって、何を云っているんだ――」
八十助は相手の言葉を聞き咎めた。
「それはこっちの話さ。いまに判るがネ。つまり君は俺がこの世の者でないという俺の説を信じてくれる見込がついたからさ。……さあ酒が来た。君のために乾杯だ」
「なんだって? 君は……」
八十助はそこまで云ったときに、俄《にわ》かに酔いが発したのを覚えた。彼の前にある世界が、酒場が、そして鼠谷が、一緒になってスーッと遠くへ退いてゆくように思われた。
(呀ッ。これはしっかりしなくては……)
と卓子《テーブル》の上に手を突張ろうとしたが、どうしたのかこのときに彼の上体は意志に反してドタンと卓子の上に崩れかかった。
火焔下の金魚
八十助は不思議な夢を見ていた。――
クルン、クルン、クルン……
妙な音のしている空間に、彼は宙ぶらりんになっていた。赤いような、そして青いような、ネオンの点滅を身に浴びているような気がした。
クルン、クルン、クルン……
細かい綾のような波紋が、軽快なピッチで押しよせてきては、彼の身体の上を通りすぎてゆくのであった。すると今度は、上からも下からも、左からも右からも、前からも後からも(後方《うしろ》さえよく見えたのだから、後で考えると不思議である)、美しい虹が、槍が降ってくるように真直《まっすぐ》に下りてきては、身体の傍をスレスレに通りすぎるのだった。それもやがて、水の泡沫のように消え去ると、今度は大小さまざまのシャボン玉が、あっちからもこっちからも群をなしてフワリフワリと騰《のぼ》ってくるのだった。
クルン、クルン、クルン……
シャボン玉の大群はゆらゆらと昇って、どこまでも騰ってゆくように見えたが、そのうちに何か号令でもかけられたかのように、その先頭のシャボン玉がピタリと止ってしまった。それは丁度、見えない天井につきあたったような具合
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