十助は相手の顔にぶつけるように云った。「チャンと生きている癖に死亡通知をだしたのだからネ。僕としても、もし今夜君にめぐり逢わなかったとしたら、君は火葬場で焼かれて骨になっていることとばかり思っているだろうよ。君は何故《なぜ》、死んだと詐《いつわ》ったんだい」
「詐っちゃいないよ、俺は。あの死亡通知は本当なのだ。まア落着いて俺の言うことを一通り訊いてくれよ。全く奇々怪々な話なんだから。……」
 鼠谷は八十助の腕をとらえて放そうとしなかった。そして此処では話ができないから、何か飲みながら話そうといった。そして馴染のいい酒場を知っているからといって、逡巡《しゅんじゅん》している八十助を無理に引張って行った。
 それは確かに新宿裏にある酒場で、名前もギロチンという店だったが、その辺の地理に明るい八十助もそんな店のあるのを知ったのがその夜始めてだった。扉《ドア》を押して入ってみると、土間は陰気にだだ広く、そして正面には赤や青や黄のレッテルの貼ってある洋酒の壜が駭くばかりの多種に亘《わた》って、重なり合った棚の上に並べてあり、その前のスタンドはいやに背が高く、そしてその間に挟まって店の方を向いているバアテンダーはまるで蝋人形のような陰影をもっていた。
「いらっしゃいまし。……貴方《あなた》のお席はチャンとあれに作ってございます」
 バアテンダーはゼンマイの動き出した人形のように白いガウンの腕だけを静かにあげて、隅の席を指《さ》した。そこには白バラの活《い》けてある花瓶が載っていた。観察すればするほど奇妙な酒場だった。八十助はいつか西洋の妖怪図絵の中に、こんな感じのする家が出ていたのを思い出した。
 鼠谷はカクテルを註文すると、すぐに話の続きを始めた。
「……いいかネ、甲野君。俺は一旦死んで、たしかにあの花山火葬場の炉の中に入れられたんだ。それを見たという証人もいくらでもあるよ。その人達にとっては、俺の生きていることを信ずることよりも、死んだことの方を信ずる方が容易だろうと思う。本当に俺は死んだのだ。一旦死んだ世界へ行ってきて、それから再びこの世に現れたのだ。思いちがいをしてはいけないよ。君には俺がよく見えるだろうけれど、俺はとくの昔に、この世の人ではないのだ」
「莫迦莫迦しい。もうそんなくだらん話は止《よ》し給え。誰が君を死人の国から来た男だと思うだろうか。それよりも、君の生き
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