て、僕はにげだしたのです」
 それを聞いて博士は、大きくうなずき、
「ふむ、いい時に、お前は、にげだしたものだ」
「そうですか。なぜです」
「いや、その地底戦車隊は、丸木の号令にしたがわなくなったのだ。そうして丸木たちを、ぐるっととりかこんで、降服せよと言った。もちろん丸木は聞かない。そこで今丸木たちは、あたまの上から砲弾の雨をくらっているところだ」

 火星兵団長の丸木は、おもいがけなく地底戦車隊のためにとりかこまれ、非常にうろたえている。
 彼は、陣地の小高い岡のうえに立ちあがり、いのちがけで地底戦車隊によびかけた。
「地底戦車隊の司令官はどこにいる。なぜ、おれの命令どおりしないのか。ペペ山を攻撃しろというのに、それをしないで、おれのまわりをとりまくとは、一体どういうことだ」
 すると、地底戦車の一つから、高声器をつかって、司令官アグラスのこえがひびいた。
「ああ丸木兵団長――いや、あなたは、もはや兵団長でもなく、戦争大臣でもない。あなたの職はすべて、はぎとられましたぞ」
 丸木は、それをきいて、ますますおどろいた。
「えっ、それはほんとうか。おれの職を、そんなにやすやすと、うばわれてたまるものか。誰がおれの職をはぎとったのだ。そうしてまた、なぜおれを、そのようなひどい目にあわせるのか」
「おだまりなさい。国王の命令です」
「そんなはずはない。国王は、おれと相談のうえでなければ、すべての火星兵団員の任命や免職は、できないことになっているのだ。ましてや、このおれを免職するなんて、そんな不都合なことはないぞ」
 丸木は、顔色をかえてどなる。
 すると、司令官アグラスがいった。
「丸木どののいわれる国王は、前の国王のことです。わが火星国には、ここ十五分ほど前に、新しい国王が位につかれたのですぞ」
「なんだ。国王がかわった? そんなことがあるものか。誰が国王になったのか」
「ロロ公爵です。それからルル公爵が、副王となられました。前の国王は、火星兵団を地球へむけて、大負けに負けてしまったその責任をとって、位をしりぞき、ロロ新王に忠誠をちかわれましたぞ。あなたも、忠誠をちかわれたがいい」
 丸木は、すっかりおどろいてしまった。いつの間にか、ロロ公爵が国王になってしまったのだ。彼は、合点がいかぬ様子で、
「そんなことはうそだ。現にロロ公爵は、ここから見えるあのペペ山にこもって、われわれの攻撃をうけているのだ。王城へいく、ひまなんかはない。だから今われわれがペペ山を攻めたてれば、なんなくロロ公爵をやっつけてしまえるのだ。おいアグラス。うまくいったら、うんと褒美をやるから、お前は、早くその地底戦車隊に号令をかけて、ペペ山を、ばくはせよ」
 と、丸木は、ここぞとばかり、わめきたてるのであった。
 しかし司令官アグラスは、丸木のいいつけに従おうとはしなかった。
「丸木どの。それは、だめです。いまペペ山にいられるのは、ルル公爵の方です。ロロ公爵、いやロロ新王は、ずっと前に王城へ、はいっていられます。私はロロ新王に拝謁したあとで、こっちへやって来たのです。もう、おあきらめなさい。お身のためですぞ」
 司令官は丸木をなだめたが、丸木はいよいよ、叫ぶのであった。
「そんなばかな話はない。ロロであろうがルルであろうが、そんな子供くさい者に、この火星国をにぎられてたまるものか。火星国で一等えらい者が国王になればいいのだ。火星兵団をひきいて地球までいった英雄は、このおれだぞ。おれは、只今、火星王の位につくぞ。他に、国王をなのるものがあれば、それは、にせ国王だ」
「だめです、そんなことは、だめです」
「いや、おれは火星王だ。そうしてこの大宇宙をおさめるのだ。地球なんかこわれてしまえ。わしは金星を攻略し、木星を従え、水星も土星も、わが領土とするぞ。そうしておれは、更に他の太陽系の星をめがけて、突進するのだ」
 丸木は、いよいよ大きなことを言って、いばりちらした。
 丸木は気がへんになったようになって、いくらアグラスがすすめても、新王ロロにしたがうとは言わないのであった。
 アグラスも、もうこれまでだと思った。
「やむを得ん。射撃用意。目標、逆賊丸木……」
 アグラスの命令は、高声器によって、丸木の耳にも、つよくひびいた。
「なんだ、なんだ。おれを撃つというのか。撃てるものなら、撃ってみろ。どうして撃てるものか」
 丸木は、まだ、つよがりを言っている。
 その時、地底戦車隊長のアグラスは、ついにさけんだ。
「撃て!」
 隊長の命令一下、戦車砲は、天地もくずれるような大音をあげて、一せいに砲弾を撃出した。
 砲弾は、丸木が腕ぐみをして立っていた小高い岡に命中し、ぱぱぱぱっと、ものすごいいきおいで炸裂し、もうもうたる硝煙は、たちまちその岡をおおいかくしてしまった。
 丸木のからだは、どうなったであろうか。
 やがて硝煙は、風にふかれて、ペペ山の方へ、うごいていった。
 煙のはれ間から、岡が見えて来た。岡の形は、全くかわっていた。
 岡の上には、何があったか。
 そこには、見るもむざんに掘りかえされた、弾のあとがあるだけであった。もちろん丸木のすがたは、どこにも見えなかったし、彼の大きなむぎわら帽子の焼けこげのきれ一つおちてはいなかった。
 丸木のからだ全体が、消えてなくなったのである。大英雄と自らうぬぼれ、我こそは火星王であるぞと、大きなことを言った彼、丸木も、ついに煙となりはてて、あとには、何のしるしものこさなかったようであった。
 アグラスは、そこで全軍に命じて、どっと、ときのこえをあげさせた。


   72[#「72」は縦中横] 大団円


 丸木が、ついに、あわれな最期をとげたことは、火星国の王城にも、すぐわかった。新王ロロは、そのありさまを、テレビジョンで、すっかり見ていたのだ。
 そこで、ロロ王のつかいが、洞窟へ来た。
 そのつかいの者は言った。
「丸木は、とうとうあわれな最期をとげてしまいました。そうして火星国は、新王ロロのもとに、すっかりおさまりました。どうか、御安心のうえ、これからすぐさま、王城へおいで下さい。新王ロロが、お待ちかねでございます」
 博士は、それを聞いて、たいへんよろこび、
「ああ、それは、おめでたい。それでこそ、わたしたちの骨おりがいが、あったというものです。さあ新田、千二、新王ロロに、おめでとうを言いにいこうではないか」
「はい、おともしましょう。千二君も、いくだろうね」
「ええ、先生、いきますとも。火星国の王城というのは、どんなところだか、早く見たいですね」
 そこで三人は、新王ロロのつかいの者に、あんないをたのんで、そのうしろから、ついていった。
 洞窟の外には、うつくしい色にぬられた小舟のようなロケットが、待っていた。
 三人は、それにのりこんだ。
 するすると音がして、波形の大きなふたがひきだされ、千二たちのあたまの上を、おおった。なんだか、莢《さや》えんどうのような形になった。
 ロケットは、たいへんのりごこちがよく、見る見る空中にとびあがり、雪をかぶっている山の上をとびこし、それから、緑のもうせんを、きちんと、ごばん目にしきつめたような緑地帯の上をはしりぬける。すると、その向こうに、こんもりとしげった、たいへん大きな森林が見えて来た。つかいの者は、その森をゆびさし、
「あそこに大きな森が見えますね。あれが王城です。新王ロロは、あそこでお待ちかねです」
 ロケットは、王城の森の入口に、しずかに着陸した。
 そこには、蟻田博士たちを出むかえの、えらい役人や軍人が、ならんでまっていた。彼等は、すきとおった長いころものようなものを着ている。
 千二から見れば、だれもかれも、みな、おなじような顔に見えた。
 首相モンモンが、まえにすすみ出て、博士にあいさつをした。
「蟻田博士でいらっしゃいますね。ロロ王が、おまちかねです。どうぞ、こちらへ……」
 森の中の、ふしぎな景色は、千二をおどろかした。上から見れば地球の森とおなじであるが、こうして、地上から森の中にはいって見ると、地球の森とは全然ちがっている。なんという木か知らぬが、左右から大きな根をはり、それがくみあい、まるで、籠をふせたような形になっている。その正面に、門のような入口があいている。蜜蜂の巣箱の下に、蜂の出入する穴があるが、それによく似ている。
「どうぞ、こっちへ、おはいりください」
 首相モンモンは、先に立って、その門の中へはいっていった。千二も、蟻田博士や新田先生のうしろから、ついていった。
 入口をはいると、はばのひろい大きな階段が地下へつづいている。地底に、りっぱな宮殿があるのであった。きらきらと、うつくしい灯火が、その中でうごいている。
「おおロロ王が、あそこにおられる」
 蟻田博士は、そう言って、うしろにつづく先生と千二に、注意した。
 階段の下には、王冠をかぶり、黄金でこしらえたうすいころもを着た、りっぱな火星人が立っていて、博士の方へ、手をのばした。
「ああ蟻田博士。よくおいでくださいましたね。おかげさまで、ごらんのとおり、火星国は、りっぱにおさまりました。お礼を申しますよ」
「おお、ロロ王。ごりっぱです」
 博士は、ロロ王の手をしっかりとにぎった。
 森の王城では、この夜、新王ロロと副王ルルとが、蟻田博士たちに、お礼をする意味で、たいへんな大宴会を開くことになった。
 そのときは、もう太陽が沈んで、夜になっていた。あと一時間もたてば、大宴会場は開かれることになっていた。
 千二も、王城内の火星人たちから、ちやほやされるので、わるい気もちはしなかった。はじめは火星人がきみがわるくてしかたがなかったが、王城内の火星人は、なかなか礼儀もこころえており、また新王や副王からの言いつけもあって、千二たちに対し、たいへん、ていねいにしていた。
 千二は、このとき、ふと、たいへんなことを思い出したのであった。彼は、新田先生のそばへよると、小さいこえで、
「あのう、先生。もう時刻は、すぎたのではないでしょうか」
「なんだね、時刻がすぎたとは」
「先生、わすれているのですか。モロー彗星が地球に衝突する時刻は、もうすぎたのでしょう。地球は、どうなったでしょうか。こなごなになって、それから……」
 千二は、そのあとが言えなかった。そうして悲しくなって、思わず先生の胸に、あたまをうずめてしまった。
「そうだねえ、地球は……」
 先生も、そのあとが、言えなかった。
 すると、蟻田博士が、この有様を見て、二人のそばへ、よって来た。
「お前たちは、なにをめそめそやっているのかね。ロロ新王に、おめでとうを言う日が来ているのに、泣いたりして……」
 先生は博士に言った。
「千二君も私も、地球のことを思い出して、悲しくなったのです。今ごろは、地球はモロー彗星のために、粉々になって、宇宙に飛んでしまったろうというので……」
 すると博士は、はたと手をうち、
「おお、そのことか。わしは、君たちに、言うのを忘れていたよ」
 地球は、一体どうなったか。
「博士は、私たちに、なにを言われるつもりだったのですか。なにを言うのを、わすれていられたのですか」
 新田先生と千二とは、蟻田博士に、息をはずませてたずねた。
「ああ、そのことだ。よし、わしが言うよりも、ロロ新王にねがって、王城の天文台へのぼらせてもらって、地球がどうなったか、それを見せてあげよう」
 博士は、心得顔で、すぐさま、ロロ新王に、そのことを言った。ロロ新王はもちろん、それを承知した。
「じゃあ、天文台へ、のぼらせていただこう。まあ、それまでは、だまって、ついて来たまえ」
 博士は、なかなか地球の最期について、二人に話をしてくれない。
 千二たちが、博士について、天文台の方へいくために、王城の広間を横ぎって、歩いていこうとしたとき、博士の前に、とつぜんとび出して来たものがあった。
「蟻田博士の大うそつき」
 大きなこえで、その怪漢は、どなった。
 見ると、それは、めずらしや、佐々刑事であった。彼は、とつぜん王城の中へ、
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