王の王子たちです。ロロ公爵とルル公爵です」
「ほう、ロロとルルか。あの死にぞこないめが、もうそんなところに立てこもって、いばりちらしているのか」
「丸木閣下、相手は、なかなかすごいいきおいで、こっちへ攻めかけて来ます。この分では……」
「おれが来たからには、もう大丈夫だ。うむ、ちょうどいい。ペペ山をぐるっととりまいて、ロロとルルをここで完全にやっつけてしまおう。あいつら二人さえいなければ、火星の上は、だれも苦情を言うものがなくて静かなんだ。それから蟻田博士なども、きっと、おとなしくなるだろう」
 そう言っている時にも、彼我《ひが》の砲弾は盛にとびかい、その爆発音は天地をふるわせ、硝煙はますますこくなって、おたがいの陣地をかくしてしまう。
 丸木戦争大臣は、司令塔にのぼって、明かるい映写幕を見ている。
 彼と我との戦争のもようが、ちょうどその真上から見下したように、うつっている。
「なんだ、こっちも、どしどし撃っているのに、こっちが負けているなんて、へんなことじゃないか。おい、司令官。これは、どうしたわけだ」
「それなんです、丸木閣下。こっちの撃っているのは破壊弾なんですが、ロロ軍が撃って来るのは、奇妙な砲弾なんです」
「奇妙な砲弾とは」
「一種の溶解砲弾です。しゅうと飛んで来て、ぽかんと破裂すると、白っぽい汁をあたりへまき散らすのです。そこからガスみたいのものが、もうもうと出て来ます。こっちの兵が、それにあたると、からだが、とろとろにとけてしまうのです」
「ああ、そうか、なるほどなるほど」
「丸木閣下、かんしんなさっていては困ります」
「いや、その砲弾なら、われわれ火星兵団が地球へ攻めていった時、ふりかけられて弱ったやつだ。うむ。察するところ、ロロとルルの奴、蟻田博士からそのような砲弾のつくり方を教えられ、それをひそかにつくってペペ山にかくしておいたものにちがいない」
 丸木は、そう言って、少しおじけづいたようであった。
「とにかく、わが軍の死者すでに何千という、たいへんな損害です。どうしましょう」
「弱ったなあ。まさか、そのようなものを持っているとは、考えていなかった。よろしい。それでは、こっちは地下をもぐっていく戦車隊をくりだそう。そうしてペペ山を、その真下から根こそぎ爆発させてしまおう。それなら、相手のもっている溶解砲弾はペペ山とともに爆発するから、ペペ山にこもっているはんらん軍は、全滅になるはずだ。ふん、これなら大丈夫うまくいくぞ」
 ペペ山にたてこもる王子ロロ公爵軍を一どきにやっつけてしまおうと、火星兵団長の丸木は、地底戦車隊に出動を命じた。
 そばにいた千二は、これを知ってたいへんだと思った。ペペ山の下が、地底戦車のためくりぬかれ、下から爆破されると、ロロ公爵も一しょに、こなごなになってしまうであろう。
「丸木さん。折角かえって来たロロ公爵を、そんなひどい目にあわせないで下さい」
 と、千二は忠告をこころみた。
「いや、いいんだよ。これが戦争なんだ。第一、おれにそむく奴なんか、一刻も、生かしておけないよ」
「丸木さん、あなたは自分のことばかり考えて、火星国全体のことを考えないから、いけないと思うなあ」
「いや、いずれはおれが火星国を、おさめるようになるのさ。おれが一度号令すると、火星兵団は手足のように、うごくのだ。だから、今の火星王よりは、ほんとうは、おれの方がえらいのさ」
 丸木は、たいへん思いあがっているようである。
「丸木さん、それはよくない考えだよ。きっと、今に自分で自分がわるかったと、さとるときが来るだろう。僕は、ほんとうの力もないのに、からいばりをしたり、むちゃをする者は大きらいだ」
「なにを。千二、なまいきな口をきくと、ただではおかないぞ」
 そう言っているとき、はるかのかなたから、ごうごうと大きな音が近づいて来た。
 丸木兵団長は、その音を聞きつけると、とびあがってよろこんだ。
「ああ、来たぞ。地底戦車隊だ。さあ今にみろ。ロロ公爵も、元の王子も、これで灰になって空へまいあがるだろう。どりゃ、一つゆるゆる見物するかな」
 と丸木は、にやりと笑って、ペペ山の方にむきなおった。


   71[#「71」は縦中横] 硝煙の岡


 千二少年は、ペペ山がこれからどうなるかについて、しんぱいであった。
 しかし、丸木のようすを見ていると、丸木はペペ山の爆破に夢中になっていて、千二のいることをわすれている。
(あ、今だ。にげだすのは……)
 ペペ山のこともしんぱいだが、千二は、早く蟻田博士や新田先生のもとへ、かえりたかった。それで千二は、丸木のすきをうかがって、そこをにげだした。
 にげだしたはいいが、どっちの方へいっていいのか、わけがわからなかった。
「困ったなあ。さっきは、こっちの方からやって来たように思うが……」
 千二は足にまかせてどんどん走った。
 わずかの心おぼえが、彼をうまくみちびいて、どうやら元の海岸が見えだしたときには、おどりあがってよろこんだ。
「ああ、よかった」
 千二はカリン岬を前にして、海岸に立ってあたりを見まわした。
「おや、博士は? 先生は? どこへいったか、まだ見えない」
 浜はがらんとしていた。
 博士のすがたも見えなければ、新田先生もいない。そればかりか、大空艇さえ見えないのであった。
「先生! 博士!」
 千二は大きなこえをだして、いくどもよんでみた。
 だが、千二のこえは、こだまとなって、かえって来るばかり。
 千二はちょっとよわった。
「どうしたらいいだろう」
 そのとき、千二のあたまに思いうかんだことがあった。このカリン岬の下に、秘密の洞窟があることを思い出したのであった。
「ひょっとすると、博士たちは、そこにいるのではなかろうか」
 そう思った千二は、なんとかしてそこへはいってみようと思い、洞窟への入口をさがしはじめた。
 カリン岬の下の洞窟へは、どこから、はいったらいいのであろうか。
 千二少年は、岩山のあたりをあっちこっちとさがしまわった。だが、その入口はなかなか見つからなかった。
「ああ困ったな。どうしたらいいだろうか」
 千二は、だんだん心ぼそくなって来た。
 だが、こんなところでよわい気を出しては、いよいよ死を早めるばかりだと思ったので、彼は胸を叩いて、なにくそと一生けんめいに自ら元気をふるいおこした。なんべんも胸を叩いているうちに、どうやら元気づきもし、気もおちついて来た。そこで彼はもう一度砂浜の方へおりていった。なにか手がかりはないかと、それを見つけるつもりで……。
 すると、彼はついに、うれしい手がかりを発見した。砂浜の上に、大きい矢印が書いてあるのであった。
「千二ヨ、タズネルモノハ、コノサキニアル。ワレワレハ、ナカデマツ」
 たずねるものはこの先にある、われわれは中で待つ――と、砂の上に片仮名で書いてあったのだ。
 たずねるものというのは、洞窟への入口のことであろう。中とは、洞窟の中のことにちがいない。われわれとは、蟻田博士と新田先生のことであろう。
「さっき、二度も三度も、このへんを歩いたんだがな。さっきは、これが見えなかった。やっぱり、あわてていたせいだろう。あわてるのは、そんだなあ」
 千二は、はずかしくなって、ひとりでに顔が赤くなった。
 矢の方向へずんずん歩いていくと、一つの大きな岩山にぶつかった。しかし入口はまだ見えない。千二は、もっと向こうかも知れないと思って、その岩山をよじのぼったが、
「おや、もうこの先は海だ」
 と叫んで、がっかりした。
 海へ出ては、いきすぎだ。
 千二少年は、岩山をまた下りて後もどりした。その途中、岩山のどこかに割目でもありはしまいかと念入にさがしたのであるが、割目などは一向に目にはいらない。そうして、そのうちにとうとうもとの砂原におりてしまった。
「これはおかしい。どうしても、この大きな岩山の、どこかに入口がなければならないのだが……。はて、困ったなあ」
 千二は、しばらく岩山をじっと見上げていたが、そのうちに思い出したことがあった。
「ああ、そうだ。博士から聞いたところでは、このカリン岬の下の洞窟内には五つの扉があって、それを開くには呪文を言えばいいのだ。そうだ、あの呪文をどなって歩いたら、どこかの地の底で、扉があく音が聞えるかもしれない」
 千二は、呪文をとなえるなんて昔話のようで、ばかばかしいことだと思ったが、ともかくそれをやってみることにした。
 あの呪文はどういうのであったかしら。
 千二は、はじめてそれを聞いた時、たいへんむずかしい呪文だと思ったが、博士から、いくどもそれを聞いているうちに、なんだかおもしろい口調なものだから、口の中でくりかえしているうちに、おぼえてしまったのである。
 ロラロラロラ、リリリルロ、ロルロルレ。
 たしか、この通りであった。
 千二は砂浜に立ち、岩に向かって、
「ええと、ロラロラロラ、リリリルロ、ロルロルレ」
 と、叫んだ。
 さあ、岩山の入口が開くかと、千二は目を皿のようにして岩山をながめまわしたが、あてがはずれて、岩山はもとのままであった。
「だめだねえ」
 と千二は言ったが、まだ失望するのは早いと思い、またその岩山をのぼりはじめた。
 千二は、岩山のてっぺんにのぼって、そこでもう一度呪文をとなえてみた。
「ロラロラロラ、リリリルロ、ロルロルレ。さあ、どうだ」
 呪文のききめはあったかどうかと、千二は耳をすました。すると、岩の中から、ごうごうという機械がまわるような音が聞えだしたではないか。
「あ、何かはじまったぞ」
 と、千二は、岩の上に腹ばいとなり、岩の中から聞える音が一体何の音であるか、それをたしかめにかかった。
 ところが物音の正体がわかる前に、別のおどろきがやって来た。それは、千二のからだが、ぐっと横に動きだしたのであった。まるで大きい、じしんのようであった。
「あっ、岩が動きだした」
 岩山のてっぺんが割れて来た。そうして大きな穴があく。階段が見えだした。
「しめた。とうとう呪文がきいて岩が割れたぞ。ここをおりていけば、洞窟へいけるにちがいない」
 千二は、からだを起すと岩穴の中にとびこんだ。中は、思いの外広かった。そうして千二がとびこむと、岩はまた元のようにぴたりと閉じてしまった。そうして、地下から聞えていたごうごうという音が、ぴたりと、とまってしまった。
 千二は、階段を下りていった。
 すると、その下は第二の扉で行きどまりになった。
 千二は、もうおどろかない。さっそく扉に向かって、また例の呪文をとなえた。
 すると、また機械のまわるような音がして、第二の扉はすべるように岩の中へはいった。内部は、どこから光が来るのか昼のように明かるい。そうして机や椅子や機械が見える。そればかりではない。蟻田博士と新田先生が、こっちを向いて立っていたので、千二は夢かとばかり喜んだ。
「おう、千二君じゃないか。どこへ、いっていたんだ。しんぱいしていたよ」
 新田先生が、かけだして来て、千二の手をぐっとにぎった。
「ああ、先生」
 と言ったまま、千二は、そのあとを言うことが出来なかった。火星の上でまよい子になり、これからどうしようかと思いながら、きみのわるい洞窟へはいっていったところ、そこで思いがけなく、新田先生たちに、あえたのであった。こんなうれしいことはなかった。
 博士も、奥から千二の方を見て、にこにことわらっていた。
 千二は、手みじかに彼が丸木にさらわれたことや、その丸木が、いまペペ山を地底から、ばくはつさせるために、じまんの地底戦車隊へ出動命令を出したことなどを話したのであった。
 それを聞いていた新田先生は、いみありげに、蟻田博士の方へ顔を向けた。
 すると博士は、千二のそばへやって来て、その肩へ手をかけながら、
「千二君。お前は、その地底戦車隊が、いよいよペペ山の下を、ほりはじめたところを見たかね」
 と聞いた。千二は首をふって、
「いや、僕は、そこまで見ていなかったのです。丸木が、近づく戦車隊の方に夢中になっているすきをうかがっ
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