、ふくれあがっている。そうして目玉が大きく、ぐりぐりとよく動く。どっちの方角もよく見える。
あたまの上には長い毛のようなものが生えているが、これは毛ではなさそうだ。毛よりももっと太い。そうして、たこの足のようにどっちへでもよく動き、のびたりちぢんだりする。いつもは、この先が蔓のようにくるくるとまいている。これは一種の触角であるらしい。麦わら帽子の下からこの動く蔓が出て、にょろにょろしていて、気味がわるい。
目の下には、人間のように鼻がない。そうしてすぐ口のようなものがある。口というよりは、くちばしといった方がいいかも知れない。形はたこの口に似ている。しかし、かなり長くてのびちぢみする。よく見るとそのとびだした口吻《こうふん》には、葱《ねぎ》についているような短い白い根のようなものが生えていて、ひげのように見える。だが、これはよく見ないとわからない。
これが、丸木の、いつわりのない顔である。その下に短い胴があって、その下には長い根のような足だの、手だのがある。
蟻田博士は、おそれげもなく、丸木の方へじりじりとせまっていく。
はじめは、たいしたいきおいであった丸木も、博士のえらさを知っているから、博士に出てこられると、すこし、おじけづいた。博士が一歩すすめば、丸木は一歩しりぞく。
「おい、丸木。なぜ、にげる」
「うむ。にげるわけじゃない。これも、作戦のうちだ」
いいわけをしながら、さがっていく丸木であった。勝ち負けはもう、はっきりしているようであった。
「丸木。にげるな。一騎討でこい。くるのが、おそろしければ、降服しろ。そうして、ロロとルルの旗の下《もと》にはいれ」
「だれが、そんな、はなしにのるものか」
と、丸木は、大きな目をぎょろぎょろとうごかし、
「おい博士。きさまは、火星のうえで、たいへん、いばりちらしているようだが、地球のことを考えたことがあるのか」
と、丸木は逆襲してきた。
「ああ、地球のことか」
博士は、平然といい放った。
「博士。地球は、あと二、三時間のうちにモロー彗星にぶつかって、こなごなにこわれてしまうんだぞ。そうなると地球上の人間はみなごろしだ。きさまたち、たった三人が、地球のいきのこり人間となる。たった三人の地球人類だ。なんと、さびしいことではないか。それでも、きさまは強そうなことを、いっておられるのか。わははは」
丸木は、これこそ博士たちの一等よわいところだと、にらんでおどかした。そんなことをいって、博士たちの元気をなくしてしまい、そのすきに、博士にとびかかろうという作戦だった。
「なにをいうか。地球のことをしんぱいするよりも、自分のことをしんぱいしろ。うぬっ」
博士は、大喝一声、丸木にとびかかった。丸木はおどろいて、ばらばらと逃げだした。博士はそれを追った。
丸木は森の中ににげこむ。博士はそれをおいかける。
丸木は火星兵の方へ、にげようと思ったらしいが、そっちには新田先生がさかんに奮戦しているので、これはたいへんだと、方向をかえて、岩がそび立つ海岸の方へにげていった。
博士はなおもそれをおいかけた。博士はオリンピックの選手もそこのけという風に、大きな幅とびでどんどんおいかけていく。地球の人間がこれを見ていたら、びっくりすることであろう。老人の博士が、若者のように宙を飛んでいくのである。
しかし、これも火星の上では、重力が小さいから、このように軽快な運動が出来るのであった。老人の博士が、ぴょんぴょんとんでいくところを地球の子供たちに見せたら、ぼくもあのように宙をとんでみたいと、さぞ火星へいきたがることであろう。
「おい、丸木、まて」
博士はうしろからさけぶ。
「まっていられるか。くやしかったら、ここまで来い」
と、丸木は博士をからかう。丸木はどうやら何かたくらみを考えついたらしいのであった。
「にげると、きさまもふき矢をはなって、ねむらしてしまうぞ」
「そんなものが、おれにあたってたまるか」
丸木は岩の上を、りすのようにしきりにとんで、少しもじっとしていなかった。博士は、これではとてもあたるまいと思ったのか、それとも、はじめからふき矢をはなたないつもりだったのか、ただそのまま岩の上をつたって丸木をおいかけた。
丸木は、いよいよとんだりはねたりしながら、とおくへにげていったが、そのうちに、どこへいったか、すがたが見えなくなった。
「はて、丸木め。どこへ、はいってしまったのか」
と、蟻田博士は言いながら腰をたたいた。
こっちは、千二少年であった。
いつの間にか、ひとりぼっちになってしまった。
前面の森の入口には、十数名の火星兵がこっちをにらんでいたが、それも千二のもっているふき矢におそれをなしたものか、いつとはなしに、かずがへって、やがて一人残らず、どこかへ、すがたをかくしてしまった。
こうして、千二は全く、ひとりぼっちになってしまった。
「困ったなあ。火星の上で、まよい子になるなんて、いやなことだなあ」
地球の上のまよい子ならどうにかなるが、勝手もわからなければ、まるで生まれがちがう火星人国で、まよい子になってしまっては大困りだ。
「先生はどこへいったのかしら。それから博士も見えない」
千二は途方にくれてしまった。
これから、どうしようかと考えているところへ、ぱたぱたと足音のようなものを耳にした。
「だれ?」
千二がうしろをふりかえるのと、火星人の触手のようなものが、彼の腕にくるくるとまきつくのと同時であった。
「あっ」
千二は、おどろきのあまり立ちすくんだ。
彼をつかまえたのは、ほかのだれでもない。それは、むぎわら帽子をかぶった丸木だった。
「おい、千二。おれだよ。おれは丸木だ」
「ああ、丸木さんですか」
「久しぶりじゃないか。さっき、お前を見かけたから、ぜひあいたいと思っていた。どうだ、おれと一しょに来ないか。おれはお前のために、この火星国をすっかり案内するよ」
「ええ、案内もしてもらいたいけれど、蟻田博士や新田先生が僕を待っていますから、また、あとにして下さい」
「なにっ。いやだというのか」
丸木は、千二をとらえて離そうとはしない。
「いやだも何もないよ。ここは火星国だ。おれは、火星兵団長であり、また戦争大臣だ。おとなしくおれの言うことを聞いた方がとくだぞ」
千二は、はじめちょっとおどろいたけれども、だんだん気がおちついて来た。
「丸木さん。いやだと言っているわけじゃないんです。博士と先生に、ひとこと話をしていきたいと思ったんだが、あなたがそういうのなら、つれていって下さい」
「おおそうか。なかなかよろしい。そう来なくちゃいけないよ。これで、あらたまって言うようでおかしいが、おれは、君が大好きなんだ」
丸木に好かれるとは、めいわくな話であった。
「丸木さん。僕をどこへつれていってくれるのですか」
「まず、おれの屋敷へいこう」
「あなたの屋敷ですか。何かおもしろいものがありますか」
「おもしろいものならいくらでもある。第一、おれが地球に関するいろいろなものを、どのくらいたくさん、あつめているか、地球博物館というのを見せてやろう」
千二は、これを聞くと、首をふって、
「ああ、そんなものは、もうたくさんです」
「なぜだ。何がたくさんだ」
「だって、丸木さん。僕は地球の人間だから、地球博物館なんか、ちっともおもしろいことはありませんよ」
「ああ、そうだったな。じゃあ、土星から逃げて来た動物を見せてやろう。そいつはもう数万年も飼ってあるのだ」
「えっ、土星の動物ですって」
そう言っているとき、どこからあらわれたか数人の火星兵が、丸木のそばへとんで来た。
「ああ、兵団長。わが軍は苦戦ですぞ。すぐクイクイ岬へおいで下さい」
70[#「70」は縦中横] 地底戦車
火星兵団長の丸木のところへ、三人の部下が伝令にやって来て、クイクイ岬でわが軍は苦戦をしているというのだった。
丸木は、目をぐるぐる動かして、おどろきの表情を示し、
「わが軍が苦戦だというが、一体、何者とたたかっているのか」
「さあ、それが、よくわからないんですが、敵の立てている旗を見ると、むらさきの地に、まん中のところに白い四角をくりぬいてあります」
「なに、むらさきの地に、まんなかのところが白い四角形にぬいてある旗? はてな、どこかで、見たような旗だが……」
「なにしろ、クイクイ岬のわが兵営が、いきなり、焼きうちにあったのです。兵営は全滅です。そこへ、いまの旗を立てた軍ぜいが切りこんで来たのです」
「むこうの兵は、どんな、かたちをしていたか」
「それが、みんな胸のところと背とに、いま申した白四角形のむらさき旗をぶらさげているのです」
「はてな。むらさきに白い四角形の旗というと」
丸木は、じっと考えている。
千二はそばにいたが、その白四角軍がどこの兵であるか、ちゃんと知っていた。それは、ペペ山にたてこもって兵をあげたロロ公爵とルル公爵の軍ぜいに違いない。
丸木は、そこまで気がつかないから、首をぐらぐらとふって、
「どうもよくわからん。しかし、わが兵営を焼きうちにするなどとは、ふとどきな奴ばらだ。火星の兵力を、一手ににぎっているおれの力を知らないらしいな。よろしい、おれがいって、そのあやしい敵をみなごろしにしてくれるぞ。さあ、あんないしろ」
火星兵団長の丸木は、千二の手をしっかりとって、宙を走り出した。
火星兵団長の丸木のめざすところは、クイクイ岬であった。
丸木は、まるで軽飛行機のように走って行く。丸木の足や触手が、風に吹かれる凧の尾のように、うしろへなびく。
千二は、その丸木に手をとられて、おなじく宙を飛んで行くのであった。
「丸木さん。もうすこし、ゆっくり走って下さいよ」
千二は、いつもおくれがちで、そのために、途中、木にぶつかったり岩石にあたったりして、大事な服やかぶとが、今にもこわれそうで、心配であった。
「ぐずぐず言うな。早く、おれが行ってやらんと、味方が敵にやられてしまうではないか。しんぼうしろ」
そう言って、丸木は、どんどん走る。
そのうちに、前面に、海が青白く光っているのが見えだした。そうして、長い岬がつきだしている。クイクイ岬であった。このクイクイ岬は、まるで戦艦の檣楼《しょうろう》のような形をしていた。つまり、細長い要塞だと思えばいいのだ。しきりに、硝煙のようなものが、あがっている。
「ああ、やっているな。おい千二、あれがクイクイ岬だ」
千二は息を、はあはあ切らせつつ、クイクイ岬の様子に、ひとみを定めた。
どがどがどが。
どがどがどが。
奇妙な音が、しきりに聞える。
「おお、なるほど。ペペ山に、敵のやつがたてこもっている。ものすごい砲撃戦の真最中だ。ふん、なるほど。敵は、いつあのような大砲を手に入れたか。けしからん話じゃ」
高いペペ山と、その下に入江をへだてて向きあうクイクイ岬要塞との間に、今や、撃ちつ撃たれつの砲撃戦がくりひろげられている。
どがどがどが。
どがどがどが。
砲弾は白い尾をひいて、上へ下へと飛交う。
どがどがどが、どがどが。
ペペ山にたてこもったのは、ロロ公爵軍であった。その前のクイクイ岬要塞を死守しているのは、火星兵団であった。そこへ丸木がとんで来た。
「おい、どうした。みんな元気がないじゃないか。撃て、撃て」
そこへ、クイクイ岬要塞の司令官があらわれた。司令官は、胸のところへ、湯たんぽを横にしたようなものをぶらさげている。それにはたくさんの釦《ボタン》がついている。その釦をおせば、どことでも話が出来るし、またどこでも見えるという機械であった。彼の大きな頭には、小さい円錐型の帽子がのっている。それが司令官であることを示す帽子であった。
司令官は、丸木戦争大臣のところへやって来ると、すべての触手を、孔雀が羽をひろげたように左右にひろげた。それは、兵団長に対する挨拶だった。
「丸木大臣閣下、相手がいけません」
「相手がいけないとは……」
「ペペ山にこもっているのは、火星の前の女
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