。それから、もう一つは苔があった。たいへん大きな苔だ。それが地面の上をはいまわっている。
「気味のわるいところだなあ」
 と、千二が、なおもかんしんして、その林の中をのぞいていると、その時、へんなものが目にはいった。
 林のおくの方から、むぎわら帽子が、ゆらゆらと宙をとんで、こっちへ来るのであった。
「あ、博士。へんなものが林の中にいます」
 と、千二は思わず声を立てた。
「へんなものって、どれかね。どれだ」
 千二は、宙をとんで来る、むぎわら帽子をゆびさした。
「ああ、これか。これは丸木じゃないか。丸木がとうとうやって来たぞ」
「どうして、このむぎわら帽子が丸木なんですか」
「だって、帽子の下をごらん。目が光っているじゃないか。丸木のからだが、みどり色だから、みどりの林の中では、帽子だけしか見えないんだよ」
「ああ、そうか」
 博士に言われて、千二は林の中を、もう一度よく見直した。とたんに千二は、あっとおどろきの声をあげた。林の中には何があったのであろうか。
 蟻田博士と新田先生と、そうして千二少年とが、いかめしい服を着て立っている前に、とつぜん、ぬっと顔を出したむぎわら帽の火星人は、これこそ丸木であったのである。
「おい、丸木。きさまよく逃げおったな」
 博士は叱りつけるように言った。
 すると丸木は、ふてぶてしく、むぎわら帽子をゆすりあげて、
「逃げたわけではない。この火星に、もどって来た方が得だということが、わかったからだ」
「ふん、負けおしみを言うな」
 と、博士がやりかえした。
「負けおしみではない。げんに、おれは、こうして博士よりは、得な立場に立っているのだ。ふふふふ」
「得な立場だって。なにが得な立場だ。きさまを、やっつけようとすれば、すぐにも、やっつけられるのだ。大きなことを言うまいぞ」
 博士は、丸木をたしなめた。
「なに、大きなことを言うなだって。ふん、それはこっちで言うことだ。地球の人間がこの火星にやって来て、大きな顔をしているやつがあるかい。お前たち三人を、やっつけるなんて、それこそ一ひねりでいいのだ」
 丸木も、なかなか負けていない。
 だが、蟻田博士は、そんなおどかしに、びくともせず、
「おい、丸木よ。からいばりは、もうよして心をあらためてはどうか。一体、火星の生物が、地球の人類よりもえらいと思っていることが、あやまりだったと、はっきりわかったはずだ。きさまは、地球の上でわしたちのために、さんざんな目にあったではないか。一つここで心を入れかえ、前の火星女王の遺児であるロロとルルの味方となるつもりはないか。もしお前がそうするつもりがあれば、わしからよく話をしてやろう。それが、きさまの身のためだぞ」
 博士は、丸木を、なんとかして、正しいみちへもどしてやりたい考えだった。
 また、そうすることによって、博士はロロとルルの二人の王子に、大きな兵力をつけることが出来ると思ったのだった。丸木は地球へ攻めて来たわるいやつだが、しかし彼は、なかなかの武将であった。そのことは博士もよく知っていた。だから丸木に心を入れかえさせると、たいへんロロとルルとは助かる。いや、ほんとうのところを言えば、ロロとルルの力だけでは、とても今の火星王を敵にまわして、これを征服することはむずかしいのだ。
 だから、博士は丸木を味方に入れたかったのである。
「えへへん。笑わせるなよ、蟻田博士」
 と、丸木は心をあらためるどころか、いよいよたけだけしいようすになって、
「おい、博士。ここを一体、どこと思っているのか。ここは火星の上だぜ。あの地球の上とはちがうぜ」
「それが、どうしたというのか」
「あれっ。まだわからないのか。いいかね。おれは地球へでかけていって、お前などとたたかい、まず五分五分の勝負で引上げた。おれたちは火星人だから、地球の上でたたかっては、たいへん勝手がわるいのだ。それでも五分五分の勝負だった。ところがここは火星の上だ。わかるだろう」
「火星の上だから、きさまは、わしたちに勝てると思っているのか」
「そうだよ。火星人は火星の上でたたかうのには不自由をしない。お前たちはどうか。まず自分のからだを見ろ。そんな不便のものをつけているし、人数は少いし、われわれに勝つ見込はないじゃないか。早く降参した方がいいぞ」
 丸木は、いばり散らしている。それを聞いた博士は決心の色を浮かべ、
「よし、まだ目がさめないようじゃから、言葉で言うよりは腕前を見せてやろう」
 博士は、丸木を改心させたいとつとめたが、とうとうさじをなげだしてしまった。このうえは、丸木をいたい目にあわせるほかない。
 丸木の方は、あいかわらず、いばりくさっている。
「なに、腕前で来いと言うのか。ふん、ここは火星の上じゃ。腕前なら、こっちがつよいことが、わかっている」
 丸木はそう言って、手をあげて、あいずをした。
「おい、みんなかかれ」
 丸木のあいずで、彼のうしろに、ぎょろぎょろと目をひからせていた火星兵は、にわかに、うごきだした。
「なにをぐずぐずしている。早くかかれと言うのに……」
 丸木は部下を、しかりつけた。
 火星兵は、かねがねこの蟻田博士の手なみを知っているし、それに地球へいって、人間からひどい目にあっているところだから、少々しりごみをしていたところであった。しかし丸木に、しかりつけられては、もうしりごみをしておられない。
 ひゅう、ひゅう、ひゆう、ひゅう。
 ぷく、ぷく、ぷく、ぷく。
 火星兵は、へんな声をあげて博士たちにせまって来た。
 そこで博士は大声でしかりとばした。
「来るか。来るならいつでも、あいてになってやるぞ。おい、新田、千二、ふき矢をふけ」
 新田先生と千二は、さっきから、ふき矢をもって、いつ命令がくだるかと待っていたところだから、すぐさま例の酸素かぶとの下にある口にあてて、ぴゅう、ぴゅう、ぴゅうと矢をふきだした。
 そのとき、博士が言った。
「丸木は、わしがひき受けた。丸木にはあてないがいいぞ。ほかの火星兵はみんなやっつけてしまえ」
 博士はなかなか元気であった。
 蟻田隊と丸木隊とのたたかいははじまった。
 火星兵は、どこにかくしもっていたか、先の太いこんぼうのようなものを、ほそながい手に、にぎって、蟻田博士たちをめがけて、おしよせて来た。
「おちついて、ふき矢を放て!」
 博士は、新田先生と千二少年とを、はげまして言った。
 先生と千二とはさっきから、ふき矢を、おしよせる火星兵のむれを目がけて、ふきつけているが、なれないこととて、なかなか思うように、ふき矢があたらない。
「しまった、また、はずれた」
「おい千二君。ふき矢のくだを、あまりかたくにぎっていると、いけないよ。そうして、こういうぐあいに、ふうっとふくといい」
 やっぱり先生の方が上手であった。
「なるほど。そうやると、うまくいくんですねえ。僕たちがいつも作って、あそんでいたふき矢とは、やりかたが、ちがうんだな」
 千二は先生におしえられ、そのとおりにやってみると、なるほど、ふき矢はぴゅんととんで、林のはしから顔をだしたばかりの火星兵のむなもとに、ぷすりとつきたった。
 すると、火星兵はねずみが、ねずみおとしのわなにかかったように、ぴょんとはねて、どたんと下にたおれた。そうして手だか足だかわからないが、首の下についている細いものを、にゅうっと四方へのばした。と思うと、こんどは急にその手足をくるくるっと短い胴の下へまいた。そうして、まるで青い南瓜《かぼちゃ》を二つかさねたようなかっこうになって、うごかなくなった。千二は、それがあまりふしぎであったので、あとのふき矢をふくこともわすれて、見とれていた。
「おい千二君。火星兵がだいぶん、たくさん来たよ。早くふき矢をとばすのだ」
 と、新田先生は千二にちゅういをした。
「はい。ふき矢を飛ばしますよ」
 千二は、先生にさいそくされて我にかえると、こんどは、つづけざまに、ふき矢を飛ばしはじめた。
 しゅうっ、しゅうっ、しゅうっ。
 こんどは、よくあたる。調子さえわかれば、千二の方が先生よりも上手であった。なにしろ千二はふき矢をこしらえて、森の中で小鳥をとるのが、なかなか自慢であったのだから……。
 火星兵は、わめきながら、こっちへ向かって来る。こんぼうみたいなものを、ふりあげて来るところは、なかなかすさまじいものであった。
 そこへ、ふき矢が飛んでいって、ぴしりぴしりとあたる。おもしろいほど、よくあたる。あっちでもこっちでも、火星兵がからだをちぢめて、ごろごろころがっている。
 ふき矢があまりよくあたるので、火星兵は少しおそれをなしたようすであった。今まで勢いよく突撃して来たのが、いつとなく足もとがみだれ、そのうちに、森の中から一歩も出て来なくなった。そうして、木の幹の間や岩のかげから、あたまだけを出して、こっちをじろじろと見ている。
「先生、こっちが勝ったようですね」
 と、千二は、先生に声をかけた。
 ところが、先生のへんじがない。
「先生。おや、先生は、どこへいったかな」
 千二は、びっくりして、あたりを、きょろきょろとみまわした。
 さあたいへん。先生の姿は、そこになかった。先生の姿だけではなく、博士の姿もないのだ。見えるのは、前面からこっちをにらんでいる十数人の火星兵のあたまばっかり……。
「あれっ、先生も博士も、どこへいってしまったんだろうな」
 千二は、急に心ぼそくなってしまった。これは一体どうしたというんだろう。


   69[#「69」は縦中横] まきつく触手


 千二は、わすれられたように、ひとりぼっちになってしまったが、博士と先生とは、どうしたのであろうか。
 新田先生は、ふき矢をもって火星兵とたたかうことに一生けんめいだった。
 なにしろ、火星兵は、新田先生が一等つよい敵だと思ったので、これをたおせばいいと思い、先生をめがけて、さかんにせめたてたのである。
 そこで先生は、千二のことを気づかっているひまがなくなった。
 ふき矢をこめてはふき、こめてはふき、いきのつづくかぎり向かって来る火星兵をなぎたおした。もし、ただの一人でも近づけたら、たいへんなことになるであろう。それというのが、火星兵のもっているこんぼうみたいな武器は、先生の酸素かぶとを、上から、うちくだいてしまうだろう。火星兵は小さいくせに人間よりも、ずっと力がつよいのであった。
 ひゅう、ひゅう、ぷく、ぷく、ぷく。
 火星兵はますますいらだって、先生めがけておしよせて来る。
「まだ来るか。来るならいく人でもやって来い」
 先生は、そう言って自分をはげましながら、どんどん前へ出ていった。少しでも、こっちがひるんだようすを見せると、火星兵はそこをつけこんで、一度に、わあっとせめて来そうである。だから先生は、あくまでつよ気を見せ、むしろこっちから、すすんでいくのがいいと思った。
 それはたしかにききめがあった。火星兵どもは、とおくから奇声をあげてさわぎながら、だんだん森の中へあとずさりをはじめた。
「うむ、ここだぞ。火星兵どもが二度と出て来ないように、こっちから、おしていってやれ」
 新田先生は、なおもぐんぐんと前に出ていった。そうしているうちに、しぜん千二のいるところから、へだたってしまったのである。
 蟻田博士はどうしたのであろうか。
 博士は、丸木と向かいあっていた。
 どっちも口をきかないで、睨《にら》みあっていた。聞えるのは博士の息づかいと、そうして丸木のからだのどこからか、しゅうしゅうと響いて来る怪しいもの音だけだった。
 丸木の目は、へんにとびだしている。一体丸木の顔というのがでこぼこしている。松の木の根もとを掘ると松露《しょうろ》というまるいきのこが出て来ることがあるが、それを、もう一そうでこぼこしたような感じの顔であった。目は三つあったが、正面から見ると二つしか見えないから、これは人間の顔とそっくりであった。もう一つの目は顔の後にあった。だから、後を見ようと思えば見える。
 目のついているところは、河馬《かば》の目のように
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