令したら、その盤の上にかいてある数字を見ながら、左へまわしてくれ」
「はい、わかりました。このハンドルをうごかすと、どうなります」
「それは、いよいよ火星へ上陸した時、この大空艇の扉をあけるためだ。扉をうまくあけないと、大空艇の内部と外部との空気の圧力がちがうから、大事な機械がこわれるおそれがあるからだ。だから、わしの言うとおり、うまくハンドルをうごかしてくれ」
「はい、わかりました。どうぞ……」
 博士は操縦席について、しきりに計器類のおもてを見まわしながら、たくみにスイッチを切ったり、目盛盤をうごかしていたが、大空艇はだんだんと速度をゆるめ、ふわりふわりと、しずかに下へおりていくのであった。
 白く光るのは、海面であろうか。そうして、その中に、象の鼻のように、ながくのびている、くろいものがある。それこそカリン岬であった。
「おい新田、はじめるぞ。用意はいいか」
「はい、大丈夫です」
 大空艇は、そのあいだにも、どんどんさがっていた。大地だ。まっくろな大地であった。その大地が、もり上って来る。
 そのうちに機関は、ぱったり止った。大空艇はたくみな滑走をつづけながら、岬の上を低くとんでいく。そうして、やがて、ごうんという音とともに、砂浜の上に着いた。
 いよいよ火星に着いたのだ!
 砂のうえに着陸した大空艇は、そのまま、じっとうごかない。
 いきおいよくまわっていたエンジンも、今やぴたりととまった。死のようなしずけさである。
 そのとき、蟻田博士は、
「おい、新田、ハンドルを二十一へ!」
「はい、二十一」
 いよいよ扉をあけるときが来たのである。
「ハンドルを十九へ」
「はい、十九!」
 どこかで、しゅうしゅうと、空気のもれるような音がきこえる。
「ハンドルを十七へ!」
「はい十七」
 千二は、目を見はって、博士と新田先生の二人を見つめていた。
「ハンドルを十三へ」
「はい十三」
「ハンドルを、あとしずかに零までまわせ」
「はい、しずかにまわします」
 しゅうしゅうといっていた音は、もう消えてしまった。
 そのとき、千二のうしろで、かたんかたんと、金属のすれ合うような、ひびきがきこえた。なんの音だろうかと、千二が、うしろをふりかえって見ると、そこには、異常な光景があった。
「あっ、ロロ公爵とルル公爵が!」
 と、千二は、おどろきのこえをあげた。
 ロロとルルとが、床のうえに、たおれているのだった。ああ、せっかく火星までもどって来たのにこの二人の貴族は、そのよろこびにもあわずに、気ぜつをしてしまったのか――と、びっくりしたが、ほんとうは、そうではなかった。そのとき千二の目のまえで、ロロとルルの胴中《どうなか》がぱっくり、たてに二つにわれたのだった。
「おや」
 と、千二がまた目をみはるとたんに、その中からむくむくと立ちあがった二人の怪物の姿!
 おお、その姿!
 千二は、目をみはった。
 ロロ公爵とルル公爵の死骸の上に立上った、二つの怪しい影!
「千二君、なにを、そんなに、おどろいているのですか」
 と、その怪しい影の一つが言った。
「えっ」
 と、千二は、胸をどきどきさせた。彼は、まだ気がつかないのだ。
 すると、その怪しい影は、千二の方へ手をあげて、
「千二君。君は、わたしが誰であるか、まだわからないらしいね。わたしは、ロロ公爵だよ。そうして、こちらはルル公爵だ」
 と言って、その怪しい影は、となりに立っているもう一つの怪しい影をゆびさした。
「えっ、ロロ公爵とルル公爵? ああ、そうだった。そう言えば、いつだか見た火星人のほんとうのすがたを、今やっと思い出しました。どうも、しつれいしました」
 千二は、やっと、ロロ公爵とルル公爵とを思い出した。
「いや、わからなかったのは、むりはありませんよ。火星へ着いたというので、あなたがたは防寒服を着たり、酸素かぶとをつけたりしました。ところが、それと反対に、われわれは今まで着ていたきゅうくつな耐圧缶をぬいで、もとの、はだかになりました。たいへんらくになったので、よろこんでいますよ」
「なるほど、なるほど。あなた方と僕たちは、ちょうど、あべこべですね」
 と、千二は、笑い出した。
 火星人の背は、千二少年よりややひくいので、ロロ公爵と話をしていると、年下のこどもと話をしているような気がする。
 そのあいだ、ルル公爵の方は、あいかわらず、だまっていたが、その時扉があいて、風がはいって来たので、ルル公爵は、ロロ公爵をふりかえって、言った。
「さあ、出かけましょうぜ」
 ロロ公爵とルル公爵は、蟻田博士のところへ、わかれのあいさつにやって来た。
「蟻田博士、いろいろおせわになりましたが、それでは、これから出かけます」
「おお、いよいよお出かけかな。では、どうぞ、おげんきにな。大勝利を、いのっていますぞ」
 と、博士は、ロロ公爵とルル公爵の手をにぎってはげました。
 いつも無口のルル公爵も、
「蟻田博士、ご恩のほどはわすれません。たとえ、これでうち死しましても、私はもう思いのこすことがありません」
 と、かんげきの言葉で、あいさつをした。
「あなたは、からだがよわいのだから、くれぐれも気をつけて下さい」
 博士の言葉は、みじかいうちにも、あたたかい情心《なさけごころ》がこもっていた。
「じゃあ、新田先生も千二君も、さようなら」
「どうぞ、しっかりやって下さい」
「ロロ公爵、ルル公爵、ばんざあい」
「ありがとう、ありがとう」
 二人の公爵は、思出多い大空艇からたち出でた。足の下にふんだのは、ひさかたぶりの火星の大地であった。
「じゃあ、いって来ます」
「いってらっしゃい、お元気で……」
 二人の公爵は、ついにくらやみの中にすがたをけしてしまった。大空艇の中には、今はもう地球から来た蟻田博士と新田先生と、そうして千二との三人きりとなってしまった。
「博士、これからあの二人の公爵は、どうするのですか」
 と、先生がたずねると、博士は、
「いよいよ旗あげをするのだ。二人はペペ山へ、いったはずじゃが、そこには二人のために、火星国を元にもどそうと考えている三角軍という、ひみつの兵がいるそうじゃ。二人の公爵がペペ山へもどったことがわかると、同志の者も、おいおい集って来ることじゃろう」
「博士、ぼくたちは、これからどうするのですか。このふき矢をもって、すぐ火星兵団の方へ、せめていくのですか」
 と、千二がたずねた。
 博士はそれを聞くと、くびをふって、
「いや、火星兵団をせめると言っても、たったわれわれ三人では、どうにもならない。結局、ロロ公爵とルル公爵の成功をまって、火星兵団へ、はなしをつけるほかない」
「おやおや、戦争をするのじゃなかったのですか。このふき矢をつかって、火星兵団をやっつけるのだと思っていましたが……」
 と、千二はすこし不満の様子だ。
「いや、それはちがう。ふき矢は万一のときに、われわれが身をふせぐ道具なのじゃ」
「じゃあ、ぼくたちは、これからどうするのですか」
「ロロ公爵とルル公爵の旗あげが、うまくいくかどうかわかるまで、まっているのさ。いや、こんどは多分うまくいくだろうと思っている」
 と話をしていると、新田先生が、とつぜんおどろきの声を発した。
「博士、いま向こうのやみの中で、なんだか、きらきらと光るものが、よこにとびました。流星のようでもありますが、よこにとびました」
 すると、博士はうなずき、
「そうか、どのへんかね」
「あのへんです」
 と、先生が窓から外をゆびさした。
「よろしい。暗視テレビジョンで、のぞいて見れば、すぐわかる」
 博士は機械室の暗視テレビジョンをかけた。すると、その映写幕の上に、まっくらな外のありさまが、まるでひるまのように、ありありと写った。
 見よ、岩山のかげから、しきりにぎょろぎょろと目を光らせている怪物がある。それも一つや二つでなく、かなりかずが多い。光っているのは彼等の目であった。
 カリン岬の岩山のかげから、こっちをのぞいている気味のわるいたくさんの目!
「ふん、やっぱり、丸木のやつ、わしたちを見つけたな」
 と、博士は、暗視テレビジョンを、うごかしながら言った。
「ああ、やっぱり火星兵団でしたか」
 と新田先生は、こぶしをにぎる。
「それでは、やっぱり、僕たちは戦争をしなければならないわけですね」
 千二は、さっきから、しきりと、ふき矢をいじっている。早く、ぷうとふいてみたくて、たまらないらしい。
 博士は、岩山のあいだから、目をぎょろつかせている火星兵団の様子を、くわしく見ていたが、
「うむ、一つ、丸木を呼出してやろう」
 と言って、マイクを手にとると、配電盤のスイッチを切りかえた。こうすると、高声機が、外にあらわれるのであった。
「おい千二、この映写幕を見ておいで。わしが今しゃべると、この岩山のかげにいる連中が、どんなことを始めるか。おもしろいから見ておいで」
 そう言って博士は、マイクに口をつけると、火星語でしゃべり出した。
「おれは蟻田だ。丸木にここへ来いと言え。いま十分のうちに来なかったら、おれは、丸木の体を水のように、とかしてしまうとそう言え」
 博士の言葉は、火星兵のあたまの上に、大きな声となってふりかかった。
 火星兵は、びっくりして、じぶんのあたまの上を見た。なんだか、丸木をつれて来いなどと、けしからんことをいう怪物が、じぶんのすぐ頭の上にいるような気がしたのである。しかし、そこには、くらやみがあるばかりで、生き物のすがたも見えなかったので、火星兵は、いよいよ気味わるがって、岩山のかげからとび出した。そうして、にげるわ、にげるわ、その奇怪な体をむき出しにして、岩山づたいに、にげ出した。
 岩山のかげからとびだした火星兵のむれは、ぴょんぴょんとカンガルーのように軽く、そうして早くとんでいく。
「おい、お前たち、逃げるのはいいが、さっきわしが言った通り、丸木に伝えるのだぞ。丸木が来なければ、こっちから丸木のところへ出かけるからそう思え」
 博士は、盛に火星兵をおどしつけた。火星兵は、いよいよ驚いて、それこそ雲を霞と逃げていく。
「あははは、逃げちまった。火星兵って、いくじがないんだなあ」
 と、千二少年は、嬉しそうに笑った。
 そばにいた新田先生は、博士に向かい、
「博士。われわれは見つけられたのです。今にここへ火星兵団の大軍が、押しよせて来るでしょう。ですから、またガス砲をうつ用意をしては、いかがでしょうか」
 と言えば、博士は首を左右にふり、
「それはそうだが、火星国へ来たら、なるべく彼等を殺さないのがいい。なるべく彼等を降参させるのがいいのだ。ガス砲をうつと、火星兵は、みんな死んでしまう。それとともに、いい火星人まで死んでしまう。わしが大勝利をいのっているロロ公爵とルル公爵も、今は出かけて、彼等の中にまじっているかも知れないから、ガス砲をうって、二人を殺すようなことがあっては、たいへんだ。だから、ガス砲は使ってはいけないのだ」
 と、博士は先生をいましめた。
「でも、やがて、こっちへ火星兵の大軍が、攻めて来ましたら……」
「まあ、心配するな。わしに、まかせておきなさい」
 と、博士は、どこまでも落ちついている。
 千二は、たえずテレビジョンの映写幕に気をつけていた。火星兵のすがたは、すっかり消えてしまった。残るは岩山ばかりであった。見るからに気味のわるい、火星の風景であった。


   68[#「68」は縦中横] いばる丸木


 千二は博士のすることを見ていたので、テレビジョンをうごかして、他の場所を映写幕のうえに、うつして見ようと思い、ハンドルをぐるぐるまわしてみた。
 岩山は、映写幕の中でうごきだした。そうして、林のようなものが映写幕の中にはいって来た。
 林といっても、千二の目には見なれない木ばかりであった。松やかえでの木などを見なれた目には火星の木は珍しい。そこに見えている木は、どこか、つくしんぼうを思わせた。つまりつくしんぼうのような大木なのであった。木はふしがついていて、すぎなのような葉が出ている
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