の中へ、おちこんだような気がしたからである。
 まっくらなんて、嫌なものである。大空艇の外は、なんにも見えない。
「さっきまで見えていた火星が、急に見えなくなるなんて、へんだなあ。火星に近づいたから、もっと見えなければならないわけだがなあ」
 千二は、顔をしかめている。
「それはね、土けむりの中に、はいっていると向こうが見えないが、土けむりの外からだと、土けむりをとおして、向こうが見えるのと同じだよ」
「へえ、そうですか」
「だから、いまに火星塵を通りぬけると明かるくなる。火星の表面がはっきり見えるようになる」
「そうですかね」
 と言っているうちに、あたりは急に明かるくなったような気がした。
「あっ、火星がまた見えだした。ああ、きれいだなあ」
 千二は、驚きと喜びとが一しょになった。
 火星は、もう大きな鏡のようになり、そうして、まぶしいほど明かるかった。それは火星塵を通り越したからであった。始めて、すきとおった空をとおして、火星を見るのであった。
 ああ火星のすがた!
 火星は、地球と同じように海らしいものもあるし、また陸のようなところもあった。ただ不思議なのは、真白に光る、かなり広い円形のところがあった。
「ああ、あれかね。あれは、火星の極だよ。大変寒いところで、あの白いところは雪と氷がつもっているのだ。そこへ太陽の光が照りつけて、あんなに美しく光っているのだ」
 ああわが太陽! このはるかな火星に来てみても、あの太陽だけは、この地球と同じ太陽が照りつけているのだと思えば、何だか急に、太陽がなつかしくなった。


   66[#「66」は縦中横] ふき矢


「おお、お前たち、どこへいったのかと思って、さがしていた」
 そう言って、はいって来たのは、蟻田博士であった。
 新田先生と千二が、ふりむいて博士を見るとともに、おうと声をのんだ。
「博士、ものものしい、おすがたですね」
 博士は、まるでサンタクロースかエスキモー人のように、厚い毛皮の服に、ズボンに長靴といういでたちだった。しかも、そのうえに、例の大きな酸素かぶとを、かぶっているのであった。
「さあさあ、もうすぐ火星につくぞ。お前たちも、このとおりのかっこうをしなければならないのじゃ。服やなにかも、むこうに出しておいた。酸素かぶとは先に教えたとおり、かぶり方がむずかしいから、気をつけてやれよ。服やズボンや靴は、あたりまえにつければよろしい。さあ、いそいで、やりなさい」
「はいはい」
 先生と千二とは、博士にいそがされて、別室へいった。
「博士、服と酸素かぶとと、どっちを先につけるのですか」
 と、千二がたずねた。
「それは、わかっているじゃないか。先にズボンをはき、それから服を着、そのうえから、酸素かぶとをかぶるのじゃ」
「靴は、いつはくのですか」
「わかっているじゃないか。靴は、ズボンをはいてから、はけばよいのじゃ。酸素かぶとをかぶってからでもよいぞ。なかなかせわのやける奴じゃ」
 博士は、千二をしかりつけながらも、にこにこしている。博士にとっては、二度目の火星訪問だが、たとえこれから、たいへんな戦闘がはじまろうとも、大空艇で宇宙の旅をつつがなく終え、ついに目的地の火星までやって来たことが、うれしくてしかたがないらしい。
 先生と千二は、博士にならって、ものものしいすがたになった。
(こんな重いものを着て、どうなるであろうか。重すぎて歩けないであろう。これで千メートルも歩けばへとへとになるであろう)
 千二は、はじめ、そう思っていた。
 ところが、不思議なことに、それを着てみると、思いのほか軽かった。
「おや、不思議だ。これは、みんな紙で出来ているのかしら」
 まさか、紙で出来ているとは思わなかったけれど、思いのほか、たいへん軽いのであった。それをからだにつけて歩いてみても、平気であった。
 博士は、千二が感心しているのを聞いて、
「それは、軽いのがあたりまえだ」
「へえ、なぜかしら」
「それは、つまり、重力というものが、火星の上では減るからじゃ。地球の重力よりも、火星の重力の方が軽いのじゃ。だから、火星の上では、ものが軽くなったような気がするのじゃ」
「はあ、そうですか」
 すると、新田先生が、
「そういえば、このごろなんだか、からだが軽くなって、ふわりと飛べそうな気持がすることがあるのですが、重力が軽くなったせいですね。うっかりしていて、それを忘れていましたよ」
 と言った。
「今ごろ気がつくようでは、たよりがないねえ」
 と、博士が、かぶとの中で、にやにや笑った。ところが、それと反対に、火星人のロロ公爵とルル公爵とは、着ていたものを、ぬぐ話をしている。
「やれやれ、やがてこれをぬいで、はだかになれると思うと、ありがたいなあ」
「僕はからだが弱いから、よけいに、そうなる日が待ちどおしい」

「あははは、丸木艇は、やっと火星に着いたようじゃ」
 博士はテレビジョンの幕を指しながら笑った。
「さあ、丸木先生、これから何と言って火星王に報告することじゃろうか。さだめて、大きなほらを吹くことじゃろう」
「火星には、火星王というのが、いるのですか。丸木が、火星で一番いばっているのでは、ないのですか」
 千二は尋ねた。
「いや、別に火星王というのがいるのじゃ。その火星王は、たいへん悪い奴で、ロロ公爵とルル公爵の母にあたる前火星女王をほろぼし、位を奪ったのじゃ。丸木は、その軍部大臣の役をしているのじゃ」
「では、これからロロ公爵とルル公爵は火星へ帰ると、火星王のために捕えられはしませんか」
「もちろん、両公爵が帰って来たことを知ったら、捕えに来るのであろうなあ。だが、ロロ公爵もルル公爵も、今は、りっぱな大人になった。そうして、わしのところでいろいろと勉強もした。だから、火星王が攻めて来ても、そうかんたんに、やっつけられないよ。わしも今度は出来るだけのお力になり、ロロ公爵やルル公爵が、ふたたび火星をおさめるようにしてあげたいと思っているのじゃ」
「それはいいことですね。僕もそうなる日を祈っています」
 日本語がよくわかる二人の公爵は、それを聞いて大変喜んだ。
「まあ、見ていて下さい。僕たちはやりますよ。そうして火星を、りっぱな国にしたいと思っているのです。今までの火星は、文化こそ進んでいるが実に恐しい国です。悪いことをする者がえらいのだと考えている。早く言えば、丸木などは、どろぼうをするために、地球へ攻めていったようなものですからね」
 大空艇は、針路を左へ曲げた。
 火星の大地は、それとあべこべに右へまわっていく。
 しばらくすると、火星の端が、黒くふちをとったように、見えはじめた。それは火星の夜の部分であった。
 大空艇は、どんどん左へまわる。
 火星の表面から、明かるい部分が、どんどん小さくなる。そうして、やがて、全く暗くなった。
「このへんでいいだろう。消音装置を働かして下りていこう」
 蟻田博士は、目盛盤のつまみを動かした。すると、大空艇は、ほとんど垂直に下りはじめた。
「わざわざ暗いところへ、下りるのですか」
 と、千二が、博士に尋ねた。
「それはそうだ。明かるいところを下りていくと、丸木たちがうるさいからね」
「では、火星の夜のところへ大空艇を着けるのですね」
「そうだ、カリン岬に着けるよ」
「博士、丸木は、僕たちが後を追いかけて来たことを、知っているでしょうね」
「もちろん、知っているよ。だから、火星へ上陸しても、なかなかゆだんはならないよ」
「そうですね。僕たちも、丸木と戦わなくてはならないのですね」
「それくらいの覚悟はしている必要があるね。もっとも、ロロ公爵の旗の下へ集って来る兵も少くないであろうが、とにかく、はじめのうちは、あぶないぞ」
「博士、火星兵と戦うには、何をつかうのですか。もう、ガス弾などは役にたたないのでしょうねえ」
「ああ、ガス弾か。ガス弾をつかえば、火星兵はやっぱり死んでしまうよ。しかし、味方の兵まで殺してしまっては、なんにもならないから、今度は、また別の兵器をつかうのだ」
「別の兵器? それは、どんなものですか」
「火星の上で使う新兵器は、ここにあるこれだよ」
 そういうと、博士は、うしろの壁にかけてあった長さ一メートル半ほどの黒い管《くだ》のようなものをとり、千二に見せた。
「これは何ですか。中に穴が通っていて、こっちの太い端には、ゴムの口あてのようなものがついていますね」
「わからないかね。君たちの得意なものだろうと思うが……」
「僕たちの得意なものですって。ははあ、そういえば、思い出した。これ、ふき矢をいれる管みたいですね」
「そうだ。あたったよ。そのとおりだ」
「博士、ふき矢をいれる管を、どうするのですか」
「やっぱり、ふき矢をいれて、ふくのだよ。火星人にあてるためだ」
 千二は、なあんだという顔で、
「ふき矢ぐらいで、火星人がまいるかしらん。だいいち、遠くから攻めて来た時に、こっちは、ふき矢をふいたのでは、届かないじゃありませんか」
 すると博士は、軽く笑って、
「千二君は、大事なことを忘れているよ。火星の上でふき矢をふくと、ずいぶん遠くまでいくのだ。地球の上で機関銃を撃った時よりも、もっと遠くまでいくのだ」
「そんなことはないでしょう。人間のいきは、そんなに強くありませんからね」
「わからん子供じゃなあ。千二、火星の上では重力が小さいのじゃ。ぷっと上にふけば、かなり長らく落ちてこないのだ。だから、ふき矢だとて、ばかにならない。遠くへ飛ぶのだ」
 言われて、千二はやっと気がついた。先生からも聞いたが、火星の上では重力が小さいから、上へ放りあげたものは、なかなか落ちて来ないのであろう。すると地球の上では、つまらないふき矢も、ここでは強い兵器だ。
 ふき矢問答はつづく。
「博士、ふき矢が火星の上では、なかなかつよい兵器だということは、わかりました。しかし、どうして、このふき矢を使えばいいのでしょうか」
 と、千二は、ふしぎそうに言った。
「なんでもない。口でぷうとふけばいいのさ。お前たち、とくいのふき矢ではないか」
 千二は、そこが問題だという顔で、
「だって、博士。こんな酸素かぶとを、かぶっていたんでは、ふき矢を口にあてようとしても、あてられないではありませんか」
 博士は、なるほどとうなずき、
「ああ、そのことかね。それは、しんぱいなしさ。かぶったままでも、らくにふけるのだよ。かぶとの中に、口のあたるところがある。そこへ口をつけるのさ。それから、ふき矢の口は、かぶとの外に穴がある。ほら、ここのところだ。口よりすこし下のところに、へそみたいなものがあるだろう。この穴にあてればいい。そうして、口で、ぷうとふけば、ふき矢は、ちゃんとあたりまえに、とんでいくのだ。わけなしのことだよ」
「ああ、そうですか。なるほど、この穴ですね」
 と、千二は、かぶとの下についている、へそのような穴に、さわってみた。
「しかし、博士。こんなところに、穴があいていると、かぶとの中の酸素が、みんな外にもれてしまいませんか。また、外から、火星の空気がはいって来ませんか」
「それは大丈夫だ。人間の心臓に、べん[#「べん」に傍点]というものがついている。そのべん[#「べん」に傍点]は、一方からは通るけれども、その反対の方向からは、通らないのだ。これをべん[#「べん」に傍点]といって、心臓だけではなく、世の中にある機械にも、べん[#「べん」に傍点]のはたらきをするものが、よくつかわれている。このかぶとの中につけてあるのは、つよい特殊ゴムでできたべん[#「べん」に傍点]である。だから、お前のいうしんぱいはないよ」
 と、博士は、べんのしかけを説いた。


   67[#「67」は縦中横] 出陣


「カリン岬が見えました」
 と、ロロ公爵が、博士のところへ知らせて来た。
「もう見えますか。おい、新田、操縦室へ来い」
「はい」
 千二も、あとからついていった。
「そこにあるハンドルを、しっかりにぎっておれ」
「はい、これですね」
「そうだ。わしが命
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