た。爪さきで、のび上ってみても、目の高さが、窓にとどかなかった。そこで千二は、そこにあった木箱をつんで、その上にのって、はじめて窓に目をあてることが出来た。
「あっ、ほんとうだ。あっ、火星兵だ。火星兵が二人、博士と話をしている」
 千二は、おどろいて、口の中で叫んだ。
 博士のそばに立っている二人の火星兵は、例のとおり、大きいあたまを、ふとい胴の上にのせていた。つまり、その胴は、地球の気圧にたえるように、つくられてあったのだ。火星兵は、しきりに、例の細い手足を、いそがしく、うごかしていた。
 なにを話しているのか、さっぱりきこえない。しかし博士は、二人の火星兵を、たいへん、ていねいにとりあつかっているようすだ。
 蟻田博士は、二人の火星兵と向きあって、しきりに話をつづけている。
(博士は、火星兵団と、ひそかに手をにぎり合っているのだ)
 と、新田先生は、そう思いこんでいた。だから、寝ていた千二少年を、ゆりおこして、博士のこのけしからぬ有様を見せ、さいごのかくごを、きめるようにすすめたのである。
 千二も、まさかと思ったが、窓の中をのぞいて見ておどろいた。
「ほんとですね。あれは、たしかに、火星兵です」
「君にも、そう見えるだろう。さあ、これから、われわれは、どうしてあの火星兵をやっつけるかという問題だが……」
「先生、ガス砲弾を、あの火星兵に、ぶっつけてやればいいではありませんか。手榴弾《てりゅうだん》をなげつけるような工合にねえ」
「さあ、そいつは、どうかな。手榴弾をなげつけるようにはいくまい。なにしろ、ガス砲というやつは、外を飛んでいるやつをうつには都合がいいが、こうして、敵が艇内にいるのでは、ガス砲の向けようがない。どうも工合がわるいね」
 先生と千二が、顔をよせて、そんなことを言っているとき、いきなり、扉があいて、蟻田博士が顔を出した。
「お前たち、そこでなにをしているのか。一体、どうしたわけじゃ」
 と、博士は聞いた。
 先生と千二とは、困ってしまった。
 なにしろ、だしぬけに扉があいたものだから……。
 先生は、もう仕方がないと、かくごして、
「博士。私たちが、ここでなにをしていたかというよりも、博士、あなたこそ、その部屋で、なにをしておられたのですか。あそこにいる二人の火星兵は、一体どうして、ここへはいって来たのですか」
 それを聞くと、博士は、
「なんだ、あの火星人のことか」
 と、意外にも、にっこり笑った。


   63[#「63」は縦中横] ロロとルル


 新田先生が、蟻田博士を、するどく問いつめると、意外にも、博士はにこにこしているのだ。
「博士、わたしは、まじめに申しているのですよ」
 先生は、しんけんな顔で言った。
「いや、わしもまじめだよ。まあ、こっちへはいれ。ここにおられる二人の火星人のことなら、そんな心配は無用じゃ」
 博士はそう言って、先生と千二との顔を、おだやかな目つきでながめた。
(一体、これはどうしたんだろう?)
 と、千二少年は、先生のうしろで目をぱちくり。
 博士と話をしていた二人の火星人は、さっきから、何か頭をよせて、ひそひそと語りあっていたが、この時二人して、博士のそばへやって来た。
 二人は、博士に何かしゃべった。それは火星語であった。何かたずねたようすである。
 博士はうなずいた。そうして、火星語でこたえた。
 すると、二人の火星人は、一しょに、頭をふって、うなずいた。それは、安心しましたという風に見えた。
 博士は、先生と千二の方に向かい、
「いま、こちらが心配して、わしにあいさつがあった。『この二人の人間は、何かおこっているようだが、どうしたのですか』と、言われるのだ。わしは、『どうぞ、ご心配のないように。この二人は、わしの子供と孫みたいなものですから、べつに、けんかをしているのでも、なんでもないのです』と、言ったのだ」
「なに者ですか。博士が、そんな、ていねいなことばをつかう火星兵は……」
 と、先生が言うと、博士は、
「火星兵ではないよ、火星人ではあるけれども……」
「では、なに者……」
「ロロ公爵とルル公爵だ。火星から、地球へ亡命して来ておられる方だ」
「ああ、ロロとルル……」
 新田先生は、気がついた。
 博士は、ロロ公爵とルル公爵と言ったが、この二人の火星人は、先ごろまで火星をおさめていた女王さまの二人の子供であった。この二人が、博士邸の地下室で、うごめいていたところを、新田先生は、見たことがあった。あのとき、ロロの方は、丈夫であったけれど、ルルの方は、大けがをしていた。博士はルルをなおすために、アルプスまで、くすりになる草をとりにいったことがあった。
「ああ、あのロロさんとルルさんなら、私は、お話をしたことがあります。ああ、そうでしたか」
 と、先生は、はじめて、安心のいろをうかべた。
 しかし千二には、なんのことやら、わけがわからない。千二は、先生のそでをひいた。
「先生、どうしたのですか。なにが、安心なんですか」
「ああ千二君。ロロさんとルルさんなら、こういうわけだ」
 と、そのときのことを、かいつまんで千二に説明した。
「そうですか。博士はこの前、火星へいったとき、この二人の遺児をたすけて、地球へつれてきたのですか。すると、博士は、この二人の火星人には、大恩人なんですね」
「そうだ。だから、火星兵とは、ちがうのだ。安心していいよ」
「でも、このロロさんとルルさんは、火星兵と同じすがたを、しているではありませんか。なぜでしょう」
「なるほど、これはどういうわけかな。ひとつ、博士にうかがってみよう」
 先生が、このことを博士にききただすと、博士は、
「いや、地球と同じ空気の中では、こうしたものを着ていないと、からだにさわるのだ。わしは、火星兵が着ているのに似せて、特別製のを作ってさしあげたのだ」
 と言った。
 大空艇の中は、だいぶん、にぎやかになった。博士と先生と、ほかに千二が加わり、今またロロ公爵とルル公爵という二人の火星人があらわれて、一行は五名となった。
 はじめは、ちょっと気まずい思いをしたけれど、よく考えてみれば、おたがいに、火星兵団の丸木を敵にまわしている身の上だから、やがて、まもなく仲よしになった。
 ふしぎな光景の晩餐会が、この大空艇でひらかれた。そこは、天文に関係のある写真額が四方の壁にかかっている部屋で、この大空艇の中で、一番ひろい部屋であった。まるいテーブルが、真中にあって、五名は、これをかこんだ。
 博士が正面、その右に先生、左に千二少年。そのお向かいに、ロロとルルの二人の火星人が座をしめた。
 はじめ、テーブルの上には何もなかった。
(これは、どうなるのかなあ。天井から、お料理の皿が、降ってくるのかしら。へんな宴会だ)
 と、千二はふしぎに思って天井を見上げたり、博士の顔を、よこ目でみたり。
 すると、博士が、
「では、これから始めます。今日は、とくべつに、とっておきのいいお料理を出して、ロロ公爵とルル公爵の御健康を祝すことにいたします」
「どうもありがとう」
 ロロ公爵とルル公爵とは、おぼつかない日本語で、あいさつをした。
(へんだなあ。いいお料理というが、なんにも出てこないじゃないか)
 千二は、先生の顔を見た。そのとき、先生は目顔で、しっと叱った。それで、千二は、しまったと思った。手をきちんと膝の上におき、顔を前に向けた。ところが、おどろいたことに、いつの間にか千二の前には、お料理をもった大きな鉢がある。
「うわあっ、いつのまに、こんなごちそうが、出てきたのだろう」
 と、千二は、自分のまえに、とつぜんあらわれたごちそうの鉢をながめて、目をぱちくり。
「千二。それほど、驚くことはないよ。ほら、テーブルの真中を見ているがいい。ごちそうの鉢が、どんなふうに出てくるか、よくわかるじゃろう」
「え、テーブルの真中ですか」
 博士に言われて、千二は、テーブルの真中を見た。
 テーブルの真中に、とつぜん、ぽかりと穴があいた。それは、大きな丸いおぼんが、はいるくらいの大きな穴であった。
 すると、下から、ごちそうの鉢が、せりあがってきた。
「おやおや、出てきたぞ」
 鉢が、テーブルのうえまであがると、こんどはその鉢は、すうっと走りだして、新田先生のまえへいって、ぴたりととまった。
「やあ、このごちそうの鉢は、化物の一種だな。鉢が、ひとりで、テーブルのうえを走るんだもの」
 千二は、驚いて言った。
「なあに、鉢が走るのじゃない。テーブルのうえに張ってある耐水セロファンの帯が、鉢をのせたまま、うごくのじゃ。つまり、工場でつかっているベルトコンベヤーみたいな仕掛じゃ」
「ベルトコンベヤーって、なんですか」
「それを知らんかね。工場へいけば、どこでも使っているよ。たくさんの職工さんが並んでいる仕事机のよこを、はばのひろい帯が、たえずうごいているのじゃ。一人の職工さんが、自分の加工した製品を、このベルトの上にのせると、ベルトは、たえずうごいているから、その製品をのせて先の方へはこんでいく。ベルトの端には別の職工さんがまっていて、ベルトではこばれた製品をおろすといったわけじゃ」
「ああ、名は知らなかったけれど、その仕掛なら、知っていますよ」
 千二は、ベルトコンベヤーのことを、一つおぼえた。
 つまり、このベルトコンベヤーと同じことに、テーブルの真中からあらわれたごちそう入りの鉢が、それをたべる人の前まで、はこんでくれるのであった。動く帯と、テーブルの地の色とが、同じ黄色であったから、その帯が動いていることが、千二にはわからなかったのである。
「博士、やっと、わかりました。そういう仕掛のあることを知らないと、まるで魔術をみているようですね」
「そうだ。科学知識のない人や、勉強の足りない人は、なんでも魔術だと思うのだよ。百年も前に死んだ人を、今の世の中に、もう一度息をふきかえさせてみると、この大空艇などはもちろんのこと、ロケットでも飛行機でもテレビジョンでも、みんな魔術としか、見えないだろう」
 と、蟻田博士は、しみじみ言った。
 その間に、ごちそうは、順番に、みんなの前に並んだ。あとからあとへと、いろいろなごちそうが、穴の中から、せりあがってきた。いずれもみな深い器の中にはいっていた。これは大空艇が、ときどき左右にゆれるせいであった。
「さあ、始めましょう。ではロロ公爵とルル公爵の御健康を祝して、乾杯します。おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 一同は、杯をあげた。
 そのとき、ロロ公爵が立ちあがり、
「ちょっと、ごあいさついたします。わたくしと弟ルルとは、すでに命のあやういところを、蟻田博士に、助けていただき、地球へつれてこられました。それからこっち、五年という長い月日を、いろいろと力づけてくださったり、ことに弟の病気をなおしてくださって、まことにありがたいことです」
 と、ロロ公爵は、頭を下げた。
 ロロ公爵のあいさつは、なおもつづいた。
「わが火星には、生物がいます。地球にも、人間というりっぱな生物がいます。このひろびろとした宇宙をみわたしますと、ずいぶんたくさんの星が見える。何億か何十億か、ほんとうのところは、とてもかぞえきれないでしょう。しかるに、そのうえに、生物がすんでいることがわかっているのは、わが火星と地球だけである。しかも、火星と地球とは、きわめて近くにいる。現在の距離は、たった五千六百万キロである」
 ロロ公爵は、たった五千六百万キロだと言った。
(五千六百万キロが、たったかしら)
 と、千二は、目をぱちぱち。
 公爵は、ことばをつづけて、
「そういうわけで、火星と地球とは隣組同志であります。もし宇宙に隣組とか隣保班とかをつくるのだったら、わが火星と地球とは、同じ組にはいるべきはずです。助けられたり助けたりの、そういうお隣同志でありながら、両方がけんかをしているのは、よくないことです」
「なるほど」
 と、新田先生が言った。すると、ロロ公爵は、先生の方へ、ちょっと
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