かかった。怪力線は、まるで大雷雨の中の電光のように、蟻田艇をつつんだ。艇を、やいてしまおうと、火星人はやっきとなっている。
しかし、博士が、あらかじめこのことを考えて、艇をつつんでおいた遮蔽網は、よく怪力線をもちこたえている。
時に怪力線は、はげしく艇の外を金づちで乱打するようにきこえる。そうして今にもこわれそうに、ものすごく震動する。そのたびに、
(もう、いけないのじゃないか)
と、新田先生は気が気でない。
だが、いつも、蟻田博士の用意しておいた遮蔽網は、怪力線をくいとめる。
「新田、どうした、早く撃てというのに……」
博士のさいそくだ。
先生は、
「ただ今……」
と、こたえる。
が、引金を引くいい時が、なかなかやってこない。敵の艇と、あまり近くによって、ぐるぐる空中戦をやっているため、敵の艇が狙いにはいって、さあ撃とうと思うとたんに外《そ》れてしまうのである。
「ガス砲は、撃放しにせよ。味方は一機だけ、敵は多い。どれにでも当ればいいのだ」
博士のことばに、はげまされて、先生は思い切って引金を引放しにしていると、当るわ当るわ、たちまち敵の二台は煙をあげてふらふらとおちだす。
そうなると、のこりの一台は、さすがに気おくれしてか、火星兵団の本隊のいる方へ、かじをとってにげだそうとした。
「待て、にがすものか」
小気味よい追撃で、その一台もとうとう黄いろい煙をふきだして下界へ……。
59[#「59」は縦中横] 命中また命中
火星の宇宙艇五台は、蟻田博士のため、みんな撃墜されてしまった。
新田先生も、千二も、ともに大よろこびであった。
「博士、うまくいきましたね。ばんざいです」
「すごいなあ、この大空艇は」
博士は、べつに、それほどうれしそうな顔をしなかった。
「これくらい、なんでもない。目ざす相手は火星兵団長の丸木だ。たたかいは、これからだよ」
博士は、気をゆるめなかった。
そのとき、千二少年が、おどろきのこえをあげた。
「あっ、きました、きました。新手の宇宙艇が、こっちへとんできます」
「うむ。森の中の大江山隊を攻めていた火星兵団が、われわれに気がついたのじゃ。そうじゃろう、宇宙艇が五台ともやっつけられたので、これはたいへんというわけじゃろう」
「こっちへきます。みんなきます」
「千二、丸木ののっている宇宙艇は、まだみつからないか」
「ああ、博士、いました!」
「え、いたか。どこに」
「先頭から三番目の宇宙艇です。左からかぞえて、三番目になります」
「うむ、あれか。なるほど、赤い三角旗のようなものが見える。――おい、新田、ガス砲の用意を! こんどは、なかなか骨が折れるから、そのつもりで……」
「はい、しっかりやります」
「千二も、しっかり見張をしているんじゃぞ」
「博士、ぼくのことなら、心配いりませんよ」
「よろしい。みんな、それでよろしい。今ここで、火星兵団を叩きつぶさないと、地球人類は、かれらの奴隷とならなければならんのじゃ。しっかりいこう」
ふしぎなのは、蟻田博士という人であった。おかしな学者といわれた人物でありながら、こうして、火星兵団とたたかっているところをみると、どうみても、千軍万馬をひきいる無敵の老将軍のおもかげがある。たのもしいかぎりである。
かんがえてみるのに、蟻田博士は、たいへん、かわった学者であった。博士は、あたりまえの学者とは、全くちがう道をとおってきた大学者であった。
博士は、ずいぶん前から、地球人類が、地球外の生物から、このように、はげしい攻撃をうけることをしっていたのである。そうして博士は、そのことを、世の人々に、それとなく注意したのであるが、だれもそれに耳をかす者がいなかった。やむなく博士は、他人をたのみにせず、自分ひとりで外敵にあたろうと、決心したのであった。
博士のながいあいだの苦労が、今ここに実をむすんで、うまく外敵をけちらすか、それとも、外敵のため、博士も、他の人間とおなじように、こっぴどくやっつけられるか、二つのうちの一つが、今きまるところなのだ。
たまたま、新田先生と千二少年とは、はからずも、博士をたすけることになった。それは、そのようになったともおもわれるが、しかし、よくかんがえてみると、それは、おもいがけない出来ごとではなかった。
なぜならば、新田先生は蟻田博士の門下であり、千二少年は、新田先生の生徒であった。博士からいうと、新田先生は、弟子であり、千二は孫弟子にあたるわけだ。師弟のえんは、このように、ふかいのであった。
なんとかして、蟻田博士隊に、凱歌《がいか》をあげさせたいが、はたして、うまくいくか、どうか。火星兵団長丸木は、今や、かんかんにおこって、全宇宙艇をひっさげ、ただ一台の大空艇めがけて、おそいかかったのである。
火星人対最後の人間の空中死闘だ!
火星人が勝つか、地球人類が勝つか。
空中において、いよいよ最後の運命をかけた一大決戦の火ぶたは切られたのである。
ああしかし、こっちは蟻田艇ただ一台、それにたいし敵の宇宙艇は、かぞえられないほど、どっと蟻田艇めがけて攻めてきた。
「博士、大丈夫ですか」
と、新田先生の顔色もかわった。
「博士、勝ってくださあい」
と、千二も一生けんめいなこえで、博士をはげました。
「勝ち負けはわからん。ただ、各員大いにふんとうするだけだ。――そら来たぞ! 新田、撃て!」
蟻田艇めがけて、火星の宇宙艇は、束になってやってきた。いつのまにか、丸木ののった司令艇は、うしろにかくれてしまった。ずるいやりかただ。
新田先生は、このところ射撃手である。先生は、なかなか責任がおもい。
「撃ちます」
引金をひいた。ごんごんごんと音がして、ガス弾は白いあとをひいて、砲門をはなれていく。
みるみるうちに、先頭の敵艇は、ま正面をひきさかれて、火をふきながら下におちていった。なにかもえやすいものが、正面のところにあったらしい。
「やった!」
先生は、さけんだ。だが、おちていく敵艇の最後を、たしかめているひまはなかった。また次なる敵艇が、もうすぐまぢかにせまっていたのである。
「きさまも、煙になれ!」
先生は、ねらいをさだめて撃つ。
見事に命中だ!
それからは、先生は、もう無我夢中で、引金をひきつづけた。今は全く火星の宇宙艇群の中にとびこんでしまったのだから。
千二は、おどろいた。蟻田艇から、どっちを見ても敵艇ばかりである。すっかり敵艇にとりかこまれてしまったのである。
「これで、よくまあ空中衝突をしないものだなあ」
千二は、蟻田博士の操縦のうまいのにおどろいた。
しかし、これは博士の操縦のうまいだけではなく、大空艇には、引力を利用した衝突をさける装置がつけてあったのだ。
これはつまり、自分のそばへ他のものが近づいて来ると、ごくわずかであるが、二つのものの間に引力がはたらいて来る、すると、装置はその引力の方向を感じ、自動的に舵を安全な方角に向けなおすのであった。
この衝突自動防止装置のおかげで、大空艇が、どんなに相手に近づいても、けっして、衝突はおこらない仕掛になっていた。だから、この装置のおかげで、大空艇は、どんなことがあっても、衝突はしないのである。
このように、引力をうまく利用した安全な自動器械は、やはり蟻田博士の考案したものだった。博士の考えでは、別に、宇宙艇相手の場合でなくとも、これからますます空中をとぶ飛行機やロケットなどの数がふえて来ると、空中衝突事件が、ますますふえて来ることを心配し、あらかじめ、このような装置をつくっておいたのである。
だが、火星の宇宙艇の方には、そんな便利な装置はなかったのである。だから、蟻田艇のまわりを、とりかこんだのはいいが、それから先、たいへんなことになった。それは、丸木の、どなっているこえを聞いていると、よくわかる。
「――やっ、また、同志うちだ。ややっ、あそこでも、宇宙艇と宇宙艇とが衝突した。あっ、あぶない。今あたまのうえを、飛びこえていったのは、誰が操縦している宇宙艇か。もうすこしで、本艇に、ぶつかるところだったじゃないか」
火星の宇宙艇群と、博士の大空艇とのたたかいは、今たけなわである。
博士の命令によって、新田先生は、ここを先途《せんど》と、ガス弾を、あとからあとへと撃ちつづける。
こうして、空中の死闘は十五、六分もつづいたが、その間に、火星兵団は、宇宙艇の半分ぐらいを失った。そうして、これはかなわんと、ようやく浮足立った。
「おお、火星兵団は、にげ腰になったぞ。そこをねらって撃ちはらえ」
博士は、いよいよ元気に、新田先生に撃方《うちかた》の号令を下す。そうして、大空艇は、横転・逆転と、あらゆる秘術をつくして、敵の宇宙艇をおいかければ、必ずその宇宙艇は、黄いろい煙をあげて撃墜される。すさまじい大空艇の奮戦のありさまは、まるで鬼神のようであった。
「おい千二、丸木艇は見えないか」
博士の声だ。
「丸木艇ですか。丸木艇は、まだどこにいるか、見えませんよ」
と言っている時、千二の目に赤い旗が、ちらりとうつった。
見ると、やっぱりそれは丸木艇であった。逃げる宇宙艇のため、うしろにいた丸木艇は、だんだんあとにとりのこされ、前の方に現れて来たのであった。
「いました、博士。丸木艇が、ちょうど正面にいます」
「なに、正面に……。ああ、あれか。わしにも見えたぞ」
「丸木艇は、うろうろしていますねえ」
「うん、そのとおりだ。よろしい、これから丸木艇と一騎打をやるぞ。新田も千二も、この際がんばってくれ」
「わかりました」
「やります」
「では、突進するぞ」
博士は、にわかに大空艇の速度をあげた。大急追である!
「おお、丸木艇め、へんなうごき方をしているぞ」
蟻田博士は、丸木艇をレンズの中にとらえて、こんどは、はなすまいと一生けんめいである。
丸木艇は、宇宙艇群のそとにとりのこされ、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、逃げようか、それとも、攻めようかと、考えに苦しんでいる様子だ。
博士は、そこをすかさず、大空艇をとばして、一直線にすすんでいく。
すると、丸木艇は、ついに決心したものとみえ、軸をたてなおすと、もうぜんと蟻田艇めがけて向かって来た。
「うむ、とうとう決戦をするかくごだな。新田、ガス砲をしっかりたのむぞ」
「大丈夫です、博士」
両艇は、だんだんと近づいた。
丸木艇のものすごいうなりが、大空艇の中まで聞えて来た。千二少年はおもわず手に汗をにぎる。
ついに、両艇は正面衝突か?
大空艇の中では、このところ、自動操縦装置を切りはなし、博士自身が操縦桿をにぎっているが、ここは、機械にまかせられない重大な瀬戸際である。
博士は、操縦桿を両手でぐっとにぎり、両脚をふんばったまま、化石の人のようであった。この際、針路をびくともかえまいと決心しているのであった。
正面衝突らしい。正面衝突をしたら、どんなことになるのであろう。
新田先生は、ここぞとガス弾をとばせば、向こうの丸木艇では、怪力線をうちかけて、ガス弾をたたきおとす。そのもうもうたる煙の中に、両艇はついに衝突かと思ったが、間一髪のところで、丸木艇は、舳をぐっと上に向けて、ひらりとかわした。すぐその下を、蟻田艇が、砲弾のように通りぬけた。
60[#「60」は縦中横] 追撃《ついげき》
丸木艇と蟻田艇の一騎打はつづいた。
だが、勝負はなかなかつかない。
丸木艇が、怪力線をうちかけると、蟻田艇は、遮蔽網《しゃへいもう》でふせぐ。また、蟻田艇が、ガス砲弾をぶっぱなすと、丸木艇は、たくみにこれをかわして逃げてしまう。
まるで巴《ともえ》のように、敵味方は、ぐるぐると、うちつ、うたれつ、上になり下になり、追いつ、追われつ、死闘をくりかえした。だが、勝負はつかない。
「博士、丸木艇に、一つもガス弾が、あたらないのですが……」
と、新田先生が、ついに悲鳴に似たような声をあげた。
「あたらぬとはおかしい。おちついて、一発必中と、よ
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