千二だったのである。
千二少年といえば、彼は、火星兵団の丸木につかまって、ながいこと捕虜になっていた。丸木は、少年が逃出さないようにと、電気帽をかぶせておいた。
この電気帽というのは、電気のしかけで、人間の脳のはたらきをしばる。これは、脳のはたらきというものが、電気作用であるということをつきとめた火星人の学者がつくったものであった。千二は、これをかぶされていたために、丸木のところを逃出そうなどという考えが出ないように、しばられていたのである。
その千二が、どうして、丸木のそばを逃出し、こんなところにもぐりこんで、寝ていたのであろうか。
千二は、一体、どうして丸木のところを逃出せたのであろうか。
そのわけは、すでに気がついておいでの読者もあろうが、ある朝、千二のかぶっていた電気帽のねじが、ゆるんで下に落ちたのが、その原因であった。
電気帽のねじが落ちたことを、丸木は知らなかったのである。もし知っておれば、すぐさま千二のそばへよって、ねじを固くしめなおしたであろう。
千二は、電気帽が落ちたとたんに、夢からさめたように気がはっとした。そうしてすべてをさとったのである。――電気帽みたいなものが発明されるかもしれないことは、この前、新田先生から教えられたことがあった。
千二は、それから、丸木の目をのがれ、逃出したのであった。丸木は、そのときちょうど、警報におどろいて、外へ飛出したのであった。千二は、
(今だ。逃げるのは今だ!)
と思い、裏口から、逃出したのである。
少年の足は速い。どんどん山を下っていった。
すると、ちょうど、幸いにも、一台のオートバイが、走って来た。千二は、それを見ると、神のたすけと思い、手を上げた。
オートバイは、千二の前にとまった。操縦していたのは、一人の陸軍の下士官であった。
千二は、手みじかにわけを言って、その下士官の車に、のせてもらったのである。
東京まで、全速力で来た。
下士官は、丸ノ内の方に、急用があったので、千二は、芝公園のところで下された。それから千二は、おぼえのある博士邸あとへやって来て、地底にはいる入口をみつけ、そうしてずんずんいくうちに、とうとうこの大空艇のおくまで来てしまったが、博士も先生にもあわず、そのうちに、疲れはてて、冷却管のうえに倒れて、寝込んでしまったのであった。
千二は、こうして新田先生のところへ、もどって来たのである。
「ふうん、そうだったのか。先生は、千二君が、どうしているかと思って、いつもいつも、心配していたよ」
と、新田先生は、千二の手をとって、ためいきをついた。
「先生、ありがとうございます」
千二も、胸が、いっぱいになった。
「おうい、新田。何をしとる。用がすんだら、さっさとこっちへこんか。何をぺちゃくちゃ、ひとりごとを言っとるのじゃ」
博士が、隣の部屋でどなった。
新田先生は、千二がもどってきた嬉しさで一ぱいで、博士から言いつけられたことを忘れていた。これは大変なことをした。
「はい、ただ今。――冷却管を今調べます」
「冷却管はもういいんだ。何を間がぬけたことを言っとる」
「はあ、冷却管は、もういいのですか」
「ちゃんと、なおったよ。お前が、なおしたから、なおったのじゃないか」
「ははあ、そうですか」
先生はとんちんかんな返事をして、なおも冷却管のところを、のぞきこんでいる。
千二が、それを見て、
「先生、冷却管がどうかしたのですか」
「うむ、冷却管に、水が通らなくなって、さわいでいたのだ。そこに見える冷却管がねえ……」
と、先生は言ったが、その時、気がついて、笑い出した。
「あ、わかった。冷却管の上に、千二君が寝ていたんだ。だから、からだの重味で、冷却管がぺちゃんこになって水が通らなかったんだ。なあんだ、そんなことだったか」
58[#「58」は縦中横] 遮蔽網《しゃへいもう》
冷却管は、いつのまにか、うまくなおっていた。博士は、それで、やっとあんしんした。今や大空艇は、音たかく甲州の空をめがけてとんでいく。
「博士、冷却管の故障を見つけにいったところ、そこに、この少年がいたのです」
「なんじゃ、その少年がいたというのか。どこかで、見かけたような子供じゃが、だれだったかな」
「千二少年ですよ」
「千二少年? そうか、そうか。おもいだしたよ。天狗岩で、火星のボートを見つけたのは、この少年だったな」
「そうです」
「それから、火星人を見たのも、わしをのけると、この千二少年がはじめてじゃ。しかし、なぜ、となりにいたのかね」
そこで先生は、千二にかわって、千二の身の上を話した。
千二が、丸木につかまり、それから電気帽をかぶせられて、情心《なさけごころ》の先生をしているうち、電気帽のねじがゆるんで、下に落ちたため、われにもどり、ここまで、にげもどったいきさつを、話していると、
「もういい、話はそのくらいにしておけ。火星兵団の宇宙艇が、向こうに見えて来たわ」
「えっ、見えましたか」
「いるわ、いるわ。わが突撃隊のいる森の上に群れている。まるで鳶《とび》が喧嘩しているように見える。おお、森をめがけて、なにか怪しい光線をかけている。あれは、鉄がとける怪力線にちがいない。お前たちも、そこにある望遠鏡をのぞいて見なさい」
新田先生と千二は、博士に言われて、望遠鏡に目をあてた。なるほど、見える。博士の言ったとおりだ。
そのとき博士が、こまったようなこえで言った。
「はて、あの中で、どれが丸木ののっている宇宙艇かしらん」
「丸木の乗っている宇宙艇ですか。それなら、ぼくがよく知っていますよ」
千二が、前へすすみ出た。
「知っているか。知っているなら、おしえてくれ」
「望遠鏡でよく見ると、わかるんです。丸木の宇宙艇には、背中のところに、赤い三角の旗が立っていますよ。それが司令艇です」
「ほう、赤い三角の旗が立っているか。うむ見えた。あれじゃな。わかった、わかった」
「丸木の宇宙艇を、まっ先にやっつけるのですか」
と、千二少年は、ちょっと気の毒になって、博士にたずねた。
「悪いやつは、えんりょなく、どしどしやっつけなければならん」
すると千二が、
「博士。丸木は悪いやつかもしれませんが、ぼくは、丸木に情心をおこすことをおしえたので、ぼくは、言わば、丸木の先生です。そうなりますねえ」
「それはそうだ」
「ぼくは、丸木を、いい火星人になおしてやりたいのです」
「だめだよ。火星の生物は、植物の進化したやつなんだから、生まれつき、ざんこくだ。どんな、むごたらしいことでもやってのける。少しくらい、情の心をおしえても、たぶん、それはだめだよ」
「でも、ぼくは、きっと、それが出来るとおもうのです。しかし、丸木はあばれん坊です。ですから博士、丸木をうまく捕虜にすることは出来ませんか。そうしたら、ぼくが……」
と、千二が、ねっしんに、博士をといているうちに、博士は、はっとした顔になった。
「ああ、とうとう火星兵団は、わしたちを見つけたようじゃ。おお、方向をかえて、こっちへ向かって来るぞ。おい、新田、ガス砲の発射準備だ。その席について、ねらいをさだめるのじゃ」
丸木を兵団長とする火星の宇宙艇は、ついに蟻田博士の、大空艇の姿を見つけたようである。
さかんに、大江山ガス砲隊陣地を、怪力線で攻撃していた宇宙艇隊のなかから五箇艇ばかりが、艇の首を、こっちへ向きかえた。
「来るぞ。新田、いよいよ来たぞ」
博士は、さけんだ。老人とも見えない元気をみせた博士であった。
新田先生は、ガス砲の引金に指をかけ、敵影めがけて、ねらいをさだめた。
「博士、大丈夫です。用意は出来ました」
「そうか。まっ先にとんでくるやつから、うちおとそう」
博士は、おちつきをみせた。
千二少年は、望遠鏡に、ぴたりと目をあて、敵のようすが、どうなるかと、汗をかきながら、みている。
「博士、今、前からこっちへむかってくる艇の中には、丸木ののっている宇宙艇はまじっていないですよ」
「そうかね。お前は、そこで、そうして、丸木ののっている艇をみつけてくれ。わかったら、すぐ知らせるのだよ」
「博士、さっき、ぼくがおねがいしたことは、どうなるのですか」
「ああ、丸木を捕虜にすることか。まあ、考えておく。――そら、来たぞ」
「博士、敵は、なんだか、あやしい光線を出しました。あれは、怪力線じゃないのですか」
と、新田先生がさけぶ。
「そうだ、あれは怪力線だ」
「では、わたしたちが今のっている大空艇は、やっつけられるのではありませんか。つまり、鉄のかべが、怪力線のため、どろどろととけてしまって、墜落するのではありませんか」
「なあに、大丈夫じゃ。わしは、そんなことは、ちゃんと、かんがえてあるのじゃ」
そうしているうちに、火星兵団の怪力線は、ものすごく、大空艇にあつまってきた。
火星の宇宙艇がはなつ怪力線は、きみのわるい光をあげて、蟻田博士たちののっている大空艇に、あつまってきた。
さあ、たいへん。
怪力線は、大空艇にあたって、金属でできた胴を、とろとろと、とかしてしまうであろう。そうなったら、たいへんではないか。
しかし、博士は、大丈夫だという。
「ほんとうに、大丈夫ですか」
「まあ、見ておれ」
博士は、大空艇を操縦して、おそれげもなく、火星の宇宙艇のまっただ中にとびこんでいく。
敵の方では、おどろいた。ぱっと、四方に、とびのいて、みちをあけた。
博士は、操縦桿をひいて、飛行機のように、あざやかに、宙がえりをうった。
「新田、撃て!」
博士は、つよく、命令した。
「は」
新田は、ねらいの中に、ちょうどはいってきた宇宙艇を、これさいわいと、うでに力を入れて、引金をひいた。
ごうん、ごうん。
機関砲からは、ガス弾が、うなりをあげて、とびだしていく。
たちまち、火星の宇宙艇の胴中に、ミシンで穴をあけたような穴があいた。そうして、その穴からは、黄いろい煙が、すうっとでてきた。
それが、その宇宙艇の致命傷であった。
宇宙艇の巨体は、まもなく、胴のまん中から、ぱくりと二つにわれた。そうして、あわてふためき、空中にほうりだされる火星人が、黒豆を、ふりまいたように見えた。こんな痛快なことはない。
「撃て、撃て! 新田!」
博士は、はげました。
「やります!」
と、さけんで、先生は、ねらいを次へうつした。
「撃て、撃て!」
博士は、叫ぶ。
「やりますっ!」
新田先生は、敵の二番艇にねらいをつけて、引金をひいた。
ごうん、ごうん、ごうん。
ガス弾は、大空艇のへさきから、たてつづけに、撃ちだされる。
敵の二番艇は、たちまち、黄いろいけむりにつつまれてしまった。
「ああ、先生、あぶない。うしろから、やってくるのがいますよ」
千二少年が、叫んだ。
「なに、うしろから?」
先生は、博士の方を見る。
「うしろは、ほうっておけ。うしろから来てもかまわん」
「大丈夫ですか、博士」
「大丈夫だ」
と、言っているとき、大空艇は、突然烈しい震動をはじめた。
がらがらがら、がたがたがた――と、今にも、大空艇が、ばらばらになってしまいそうに、烈しく震動する。
「博士、あの音は……」
「あの音か。あれは、うしろから来た火星の宇宙艇が、怪力線を、わが大空艇に、あびせかけたのだ」
「えっ、この艇に、怪力線が命中したのですか。そいつは、たいへんだ。艇はこわれてしまうのではありませんか」
「大丈夫だと、いくども言っているではないか」
「しかし博士、怪力線という奴は……」
「心配するな。そんなこともあろうかと、わしは、わが大空艇の外に、怪力線よけの遮蔽網をはっておいた。あの音は、その遮蔽網が怪力線を吸いとる時に出る音だ」
「ああ、そうですか。それは、よかった」
「おい、撃て、新田。あと三台の敵艇を、はやいところ、片づけろ」
今、かれとわれとの戦闘は、火のように熱している。
二台はうちおとされ、のこる三台の火星の宇宙艇は、にげるかと思いのほか、さらにはげしく蟻田艇におそい
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