だん下へ舞下りて来た。これはちょうど、おあつらえむきだと思っているうちに、偵察艇はどんどん高度を下げ、ついにガス砲の射程内にはいったのである。
(そら、しめた! 今だ、撃て、撃て!)
というわけで、森の中から、はげしい砲撃が、火星の偵察艇に向けて始ったのであった。
大江山突撃隊は、おどり上って喜んだ。
森の上へ舞下りて来た二隻の偵察艇は、いずれもこっちが放ったガス弾が命中して、あのかたい外壁が、黄色い煙を上げてとけ出した様子である。
「そら、もっと撃て!」
突撃隊は元気づいて、さらに巨弾の雨を二隻の偵察艇に集めた。
「もういけない。非常信号を丸木兵団長に!」
消えゆく偵察艇から無電が放たれた。それは丸木兵団長のところへ、もちろん聞えた。兵団長はそれを聞くと、たいへんおこり出した。
「よし、今度は、おれが出かけるぞ」
丸木は、司令艇の中で、はげしくおこっている。
「兵団長、お待ち下さい。人間隊のガス弾は、なかなかつよいききめをもっていますから、おいでにならぬ方が……」
と、幕僚が言えば、丸木は、またもやおこり出して、
「だまれ。こっちの偵察艇はゆだんをして低空におりたから、ガス弾のために、あんなむざんな最期をとげたのだ。うんと高空から、怪力線をおとせばいいのだ」
「しかし、万一のことがありましては、火星へもどりました時に、われわれは……」
「われわれはおもく罰せられると言うのだろう。いや、とめるな。ここで、わが火星兵団が人間隊に負けたとあっては、火星軍の恥である。どうせ地球人はもう永いことはないのだから、きっと、こっちが勝つにちがいない。全艇に出動命令を出せ」
丸木は、なんと言っても聞かない。
「それに、困ったことが起ると思います」
「困ったこととは……」
「宇宙艇がとびあがると、中にはたたかうどころか、さっさと、また火星へにげてかえる艇が出るにちがいありません」
「そういう艇兵は、あとできびしく罰するから、ほうっておけ。とにかく高空へのぼり、全艇同時に敵の砲兵陣地へ向けて、怪力線を出せば、きっとこっちの勝だ。おい、早く命令しないか」
「はい」
丸木の決心はかたかった。
そこで仕方なく、幕僚は全艇出動の号令をつたえた。全艇出動と言っても、捕虜の番をするため、十名ばかりの火星兵が、あとにのこることとなった。
こうして、ついに火星兵団の全艇は、ものすごい音をたてて、一時に空中にまいあがったのであった。
丸木はぷりぷりおこっている!
57[#「57」は縦中横] 大空艇《だいくうてい》
大江山突撃隊長は、ガス砲陣地のあるところから、すこし離れた小高い岡の上に立って、数名の観測員などを、さしずしていた。隊長をはじめ、いずれもみんな草や木の枝をあたまからかぶって、擬装していたものだから、空からは、これが人間だとは、見えなかった。
観測員の一人が、しきりに、空を見上げている。彼の目の前には、一本のつながたれていた。そのつなを、下から上へ見ていくと、二百メートルばかり上に、一羽の鳶《とび》のような形をした鳥が、つばさをひろげて、とんでいる。――いや空中に、ほとんど、じっとして、うごかないのであった。
それは、もちろん、ほんものの鳶ではなかった。それは、たいへんにかるい気体をつめた一種の風船であって、その風船には、光電眼《こうでんがん》がついていた。
光電眼は、テレビジョンと同じような、はたらきをもっている。球形のレンズに、外の景色はみんなおさめられる。すると、内側で、これが電気になって、つなの中をつたわって地上の観測員のところまでおくられる。あとは、テレビジョンと同じに、再び物の形にして、景色が見える。これも蟻田博士の発明品だった。
この光電眼をつけた鳶は、二百メートルの高さのところから、火星の宇宙艇の基地をにらんでいた。宇宙艇の全部がとびだしたところが、この光電眼を通じて、観測員に、よく見えた。
「隊長、いよいよ全艇そろって、まい上りました。あとに、宇宙艇は、一つも、のこっていません」
「そうか。よろしい。どうも、蟻田博士の予言したことが、いちいちそのとおりになるねえ」
「はあ、そうですかねえ」
「いまに、全艇が、高空から、われわれめがけて、まい下りて来るだろう。これも博士の予言だ」
「ははあ、博士は、そんなことまで、見とおしていられるのですか」
どこまで、えらい蟻田博士であろう。
このように、えらい博士を、おかしいと思っていた大江山課長は、ときどき、それを思い出して今でも冷汗が出る。
「ああ、博士ですか。全艇そろって、ただ今、高度一千メートルのところを、急上昇中です。よろしいですか」
大江山は、とびあがった火星の宇宙艇の様子を、刻々に、博士のところへ、電話でつたえるのであった。
博士は、どこにいるのであろうか。
博士は今、例のせまい研究室の中に、新田先生と一しょにいる。
博士は、そのせまい室内にある操縦席みたいな椅子に、ふかく腰を下している。博士の前には、たくさんの計器が並んでいる。
新田先生は、その隣の座席に、腰を下している。
大江山隊からの電話は、博士の頭の上の高声機から、ひびいて来る。
「大丈夫だよ、大江山君。やがて火星兵団が、君の陣地を攻撃するだろう。しばらく、がんばっていてくれたまえ。あとは、こっちでいいようにやるから……」
蟻田博士は、座席の下から、ぬっと、口のところまでのびている送話機の中に、声をふきこんだ。
「じゃあ、博士、どうかお願いします」
「よろしい。引きうけました」
博士は、たのもしい言葉を、もらした。電話は、そこで切れた。
「博士、ほんとうに、大丈夫ですか」
「うん、自信はあるのだ。まあ、見ているがいい」
「この部屋に、いつまでも、こうしているのですか」
「そうじゃ。じゃが、間もなく、この部屋もろとも、出発じゃ」
「え?」
先生は、ふしぎそうに、聞きかえした。
(この部屋もろとも、出発じゃ!)
博士のいったことは、新田先生には、わけがわからなかった。そこで、えっと、ききかえしたわけであった。
「新田、この部屋が、かわった作りかたをしてあるのが、お前にはわからないか」
「えっ、かわった作りかたといいますと……」
「なぜ、こんなにせまいのだろうかと、考えなかったかね。また、なぜ、こんなにトンネルのように、奥行ばかりふかいのだろうかと、うたがわなかったかね」
博士は、そういって、新田先生のけげんなかおを、たのしそうに眺めた。
「博士、わかりませんなあ」
「わからんか。よほど、お前は血のめぐりが悪い。じゃあ。これを見よ」
博士は、そういって、前の計器盤の下についている押ボタンの一つを、指さきで押した。
すると、にわかに、大きなエンジンが、まわりだしたような音がした。そうして部屋全体が、こまかくふるえているのだった。
新田先生は、耳をすました。そうして、ふしぎそうに、あたりを見まわした。
博士は、第二のボタンを押した。エンジンらしいものの廻転が、また一段と、早くなったようである。
「まだ、わからんか。――新田、お前の坐っているところの正面に、やがて窓があくから、よく気をつけていろ」
「はあ、窓ですか」
そのとき、博士は、第三のボタンを押した。
とたんに、新田先生は、ひどい力で、ぐうんとうしろへ、引かれたと思った。あたまが、ふらふらとした。なんだか、部屋が、走りだしたようである。ここは、ふかい地下だというのに、ふしぎなことである。
「ほら、外を見ろ」
「えっ!」
先生の前のかべに、円い窓のようなものがあらわれ、明かるい光が外からはいってきた。先生は、その窓をのぞいて、あっとおどろいた。
ゆれる部屋だ!
新田先生は、窓から外を見て、びっくりしてしまった。というわけは、窓の外に、いきなり、市街が見えたからである。
いや、走る市街であった。
「博士、これは、どうしたのでしょうか」
それに対して、博士はおちついたこえで答えた。
「わからないかねえ。われわれは今、大空艇にのっているのだ」
「大空艇? 大空艇というと……」
「これは、わしが、かねてこしらえておいた新式の飛行艇だ。麻布の高台の下に、うずめておいたが、トンネルのような長い部屋と見せて、実は、魚雷を大きくしたような形の飛行艇なのだ」
「そんなりっぱなものが、地底にうずめてあったのですか」
「そうだ。しかしこの大空飛行艇は、飛行機ともちがうし、ロケットともちがう。わしが、苦心をして作った原子弾エンジンをつかっている世界無比――いや、ことによると、外の遊星にも、あまり類のない飛行艇じゃ。小型のくせに、今までのロケットなどの速度よりも、十倍でも二十倍でも早くなる。空気のないところへ出れば、もっと桁ちがいの快速度が出る」
「それが、どこから、とび出したのですか」
「研究所の横に、崖があったね。あの崖をつきぬけて、とびだしたのだ」
「じゃあ、今、窓の下にみえる市街は、東京市なのですか」
「そうじゃ。もう今は通りすぎて見えないが、あれは東京市じゃった。――そんなことは、おどろくに足りないが、この大空艇のすばらしい性能は、地球の引力圏外にとびだしてみれば、はっきりわかるのだ」
「え、引力圏外へ? すると、火星までも、とべるわけですか」
新田先生は、目をまるくして、このおどろくべき新飛行艇の中を見まわした。
新田先生は、感心している。なんというすばらしいこの大空艇であろうか。
そういえば思いだしたが、このまえ、地底に変な長細い部屋が、しきってあると思った。あの時見た魚雷のしっぽのようなものは、実に、この大空艇の尾部だったのか。
だんだん見ているうちに、これが空飛ぶ大空艇であることが、はっきりしてきた。
博士のすわっているところは、たしかに操縦席であった。その前に、たくさんならんでいる計器は、空を飛ぶ時、ぜひとも、よく見ていなければならない速度計やコンパスや、そうして原子弾弁や加速度計などであったのである。
「おや、こいつは困ったぞ」
新田先生が、おどろいてふりむくと、博士は、にがい顔をして、しきりに、ボタンを押したり、スイッチを開いたり閉じたりしている。
「どうしました、博士」
「どうも、変だ。せっかくの原子弾エンジンが、ちょっと工合が悪いのだ」
「そうですか。困りましたね。どこが悪いのでしょうか」
「おお、ここがいけないのじゃな。冷却用の水が、うまくまわらないのだ。冷却管《れいきゃくかん》のいい材料がなくて、仕方なしに、つなぎ目に、ゴム管を使ってある。そのゴム管が、どうかしたのじゃないかと思う。ゴム管というやつは、折れたり、または上から重いものがのると、平ったくなってしまって、穴がふさがってしまう」
「博士、私が見てきましょう」
「お前に、わかるかなあ。しかし、わしは、ここをちょっと離れられないから、とにかくお前にたのもう。となりの部屋に、あかりをつけて、見てくれないか。ここに図面がある。ここのところだ」
先生は、図面を持って、操縦室よりも先の方にある部屋を開いた。
(冷却管の故障だ)
と、蟻田博士は、言うのであった。
新田先生は、ほんとうに、そうかしらと、うたがいながら、図面を片手に機械室の中をのぞいた。そこは、せまいところへ、ごてごてと機械がならんでいて、電線やパイプが、まるではらわたのように壁や天井を、いっぱいにはいまわっていた。
新田先生は、冷却管は、どこであろうかと、機械の間を見廻した。
そのとき、先生は、
「おやっ」
と、さけんだ。
「だれか、寝ている。人間だ!」
先生は、機械のうしろに、せなかを円くして、たおれている人間を発見して驚いた。
だれであろう? 何者であろうか?
先生はちょっと尻ごみしたが、やがて、勇気を出して、その寝ている男をひきおこしてみた。
「ああ、千二くんじゃないか!」
先生は、びっくりして[#「びっくりして」は底本では「びっくりしして」]大きな声を出した。意外にも意外!
この思いがけない大空艇の客は、彼の教え子の
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