、今度がはじめてであった。
 大江山隊長以下、まず、たいした損害もなく、山のふもとまでひきあげることが出来た。しかし隊長をはじめ、突撃隊の一同は、ざんねんでたまらない。そこで隊長は、蟻田博士にこのことを相談した。
「蟻田博士、火星兵団の怪力線をふせぐ方法はないものですかなあ」
「それは、わしも道々考えて来たことだが、大きな反射鏡をつくるか、それとも、電気か磁気をうまく使って、怪力線を途中でまげるかだな」
「それはいいですね。さっそく、つくっていただきたいものです」
「そう君の言うように、かんたんにつくれるものか。いくら早くつくっても、二週間や三週間はかかる。それでは、モロー彗星に衝突されたあとのことになるから、もう間にあわんよ」
「いけませんか。外に方法は……」
「博士、十号ガスを爆弾の中に入れ、飛行機を使って空中から火星兵団を爆撃してはどうでしょうか」
 と、新田先生が横から口をはさんだ。
「おお、それはいい考えだ」
 と大江山隊長は喜んだが、博士は、かぶりを振って、
「だめだ、そんなことは。なぜって、飛行機がとんでいっても、火星兵団が怪力線を出せば、飛行機がとけてしまうではないか」
「ああ、なるほど。困りましたね」
「ただ一つ、わりあいに早くやれる方法がある。多分、うまくいくじゃろう」
 と、蟻田博士が、眉をあげて言った。
 一度は十号ガスのピストルで火星兵団を退却させた。
 ところが、火星兵団は怪力線を使って、あべこべに大江山突撃隊を逆襲した。そこで残念ながら、一同は、蟻田博士のすすめで、いそぎ山を下りるしかなかったのである。
 残念がる大江山隊長を、博士はなぐさめて、明日を待てと言った。博士には、怪力線を使ってあばれる火星兵団にたいし、後にただ一つの攻めかける方法が残っているから、その用意を明日までにしようというのであった。
 さて、そのあくる日となった。
 ここは、宇宙艇が林立している火星兵団の基地の朝であった。
 火星兵どもは、宇宙艇の扉をあけて、地上を蟻の大群のように、思い思いの方向に歩きまわっている。
「いないよ。全くいないよ」
「みんな、逃げてしまったらしいね。不意打に怪力線をひっかけてやったので、人間どもの持っていた金属製のものが、みんなぐにゃぐにゃになっちまって、きもをつぶしたのだろう。人間のくせに、我々高等生物をやっつけようなどとは、ふらちな奴どもじゃ」
 何が、ふらちであろう。地球へ攻めて来て、人もなげな振舞をする火星兵の方が、よほど、ふらち千万である。
 しかし世の中は実力がものを言う。いくら、相手がけしからんと口でおこってみても、相手が実力で攻めて来れば、こっちに実力がなければ、むざんにふみにじられる。実力を持っていないもの、実力を用意することを忘れていたものは、いつの世にも、あまりにみじめである。
 しかし、地球人類は、火星兵団の怪力線のために、全く手も足も出なくなったわけではない。少くとも、ここにわが蟻田博士がいる。
 一夜のうちに、博士は火星兵団をやっつける新しい用意をととのえ終ったのであった。さて、何が出て来るであろうか?


   56[#「56」は縦中横] 負《ま》け戦《いくさ》


 その朝、火星兵団長の丸木は、例の通り千二少年に起された。
 丸木は、いつになくきげんがよかった。それはきのう大江山突撃隊のため、あやうくやっつけられそうになったが、怪力線を使ってそれをうまく撃退したので、それで、きげんがよいのであった。
(ふん、きのうは人間隊のために、すっかりやられてしまったかと思ったよ。あのまま、こっちへ人間隊に来られると、こっちも、かなり苦戦におちいったかも知れん。人間隊が退却してくれて、幸いだった)
 と、丸木は、きのうのことを思い出して、ふふふふと、うす笑いをした。
 千二少年は、丸木の身のまわりを、かたづけて出ていこうとした。それを見ていた丸木は、
「おい千二、ちょっと待て」
「はい、兵団長」
 千二少年は、あいかわらず、丸木のため電気帽をかぶらされ、電波囚人となっているから、何でも丸木の命令にしたがう外ない。
「お前、きょうは顔色が悪いが、どうかしやしないか」
 丸木は、めずらしく少年に、やさしい言葉をかけた。
「はい。けさから頭が、われるように痛いので、こまっています」
「なに、頭がわれるように痛いか」
 丸木は、何か考えていたが、やがてうなずき、
「電気帽で、あまりきつく、この少年の脳をしばったせいかも知れん。千二に今死なれては、おれは困る。じゃあ、すこしゆるめてやるかな」
 とひとりごとを言って、千二のそばへ近づくと、電気帽に手をかけた。
「あ、痛っ、痛い痛い」
 千二が飛上った。
「いま、痛みをとめてやるから、がまんしろ」
 と、丸木は、千二のかぶっている電気帽のねじを、ゆるめにかかった。
「あれっ! これは、ねじがさびている。なかなかうまく、まわらないぞ。うん、うん」
 丸木は、うなりながら力いっぱい触手でもって、ねじをゆるめたのであった。ところが、あまり力を入れすぎたものだから、ねじの一つが、ぽろんともげ、こつんと音を立てて下に落ちた。
「ああっ、痛っ!」
 千二が、悲鳴を上げた。
「おお、かわいそうに……」
 丸木はあわてた。
 千二は、もだえながら、ぱたりと下に倒れてしまった。
「しまった。千二よ、死んじゃいかんぞ」
 丸木が、少年のそばへ、かけよろうとした時、この室にとりつけてあった警報のベルが、けたたましく鳴り出した。
 じゃん、じゃん、じゃん、じゃん。
「おお、警報ベルだ。どうしたのかな」
 丸木はびっくりして立ちすくんだ。
 その時、かべにしかけてあった高声器から、大きな声で火星語が鳴り出した。
「兵団長、たいへんです。わが兵団は、ただ今大損害を受けつつあります。すぐお出でを願います」
「大損害とは、どうしたんだ。何事がはじまったのか」
「たいへんです。宇宙艇がぽかぽかこわれていくのです。どんどんかけて、煙のように消えていくのです」
「なんじゃ、宇宙艇が煙に……。そうか、それはたいへんだ。今、そっちへいくから、みんなに、しっかりしろと言え」
 兵団長丸木は、びっくりして部屋をとび出していった。あとには、千二一人が、床の上に長くなっている。
 たいへんだ!
 原因はわからないが、火星兵団の乗って来た宇宙艇が、今一大事である。しゅっしゅっと宇宙艇が、はしから煙になって、くずれていくという報告であった。
 火星兵団長の丸木も、これを聞いておどろいた。彼は、あわてて外へ飛出した。
「おお、こいつはゆゆしい一大事だ!」
 丸木は、ぼんやりしてしまって、煙を上げている宇宙艇を不思議そうにながめている。
「兵団長、あのとおりです。あっ、こっちの宇宙艇からも煙が出て来ました。やられた宇宙艇は、これで、もう六隻か七隻になります。どうしましょう、兵団長」
 参謀とも見える火星人が、あわてくさって丸木の肩をたたくのであった。
「おおこいつは、ゆゆしい一大事だ!」
 と、丸木はまるで夢を見ている人のように、ひとりごとをくりかえした。
「兵団長、命令を出して下さい。急ぎ地球から引上げろ! とでも、おっしゃって下さい。このままでは、我々の火星まで乗って帰る宇宙艇が、全滅してしまいます」
 参謀の声は恐しさにふるえていた。
「うーん、こいつはよわった。敵のやつ、蒸発ガスを砲弾にこめて砲撃して来たんだな。こっちにゆだんがあった。おい、逃出すことよりは、敵の砲兵陣地を探しあてることだ。早くいって、この砲弾を撃出している陣地を探して来い」
「敵の砲兵陣地ですか。へーい」
 一度言出したら引かない丸木だった。それを心得ているから、参謀の一人は駈出していった。観測台のある宇宙艇のところへいって、人間隊の砲兵陣地を探させるためだった。
「参謀、よくわかりません。山のかげになっていて、陣地など見えはしません」
「そうか、山のかげになっとるか。それは困ったなあ。なんとかして知る方法はないか」
「さあ、困りましたな」
 火星兵団は、めずらしく負け色である。
 観測台のある宇宙艇の下で、参謀と観測兵とが押問答をしている時、ばたばたと音がして、また二名の火星人がかけつけて来た。
「おい、兵団長が返事を待っておられるではないか。どうしたんだ。人間隊の砲兵陣地がある場所は?」
「おい、早くしろということだ。ぐずぐずしているから、また宇宙艇が三隻ばかり煙になってしまったぞ。これでは約束が違う。こっちの命があぶない」
 参謀は、ううんと、うなっていたが、
「よし、仕方がない。この上は兵団長に言って、少しも早く宇宙艇を全部、空に舞上らせることだ。それしか助かる方法は考えられない」
「じゃ、早く兵団長にそう言って下さい」
 そこで三名は、一かたまりになって、丸木の待っているところへ、もどって来た。
 参謀がそれを言うと、丸木はきげんを悪くして、
「なんだ、たったこれだけのことで兵団全体が引上げるなんて、そんな弱いことを言っちゃいかん。第一、今全部の宇宙艇が飛出せば、せっかくあそこに捕虜にしてある人間や家畜なんかが、みんな逃げてしまうじゃないか。よろしい、観測をするために、二隻だけ空中へ飛出せ」
 二隻だけ飛出せ!
 そういう命令だったけれど、やがて空中へ飛出した宇宙艇は二隻ではなかった。その数は、およそ三、四十隻、いずれも逃足のついた臆病連中ばかりであった。
 そうでもあろう。命と頼む宇宙艇が煙となってしまい、その時、自分たちも一しょに、しゅっしゅっと煙をはいて、死んでしまったのではやりきれない。
 十号ガスを砲弾につめて、火星兵団を射撃する作戦は、蟻田博士が考えついたものであったが、そこまでは大成功だった。
 空中に飛上った火星の宇宙艇は、その数三、四十隻であった。
 高い山々にせばめられたせまい空を、この宇宙艇は、怪音を立てて飛びかうのであった。
 その中の二隻は、火星兵団長の丸木から、偵察を命ぜられた宇宙艇だった。
「どこにいる? 人間隊は? そうしてガス砲隊は?」
 偵察の艇は、山を一つ飛越えて、しきりにその向こうを探しまわっていた。
 ところが、空中に舞上ったほかの宇宙艇は、ごうん、ごうんと、ものすごいひびきを立てて、どんどん高空へ上っていった。
 これを見て、突撃隊は、さっと喜びの声をあげた。
「ああ、宇宙艇の一部が、逃出したのじゃないかな」
「おお、逃げていく。鬼のような火星兵団が、そろそろおじけづいたぞ」
 ところが、偵察任務にある二隻の宇宙艇は、勇敢にもだんだん低空に舞下りて来て、どこまでも人間隊のガス砲陣地を、さぐろうという様子が見えた。
「どうしたのだろうか。人間隊は、どこにも見えないようだが……」
 偵察艇の火星兵には、人間隊が見えなかった。見渡すと山には木がしげり、白い道がくねくねまわっているのと、それから、はるかに下の方に、畠が見えるばかりであった。
「おかしい。どうもわからぬ。もっと下って見よう」
 ちょうど山のふもとに、こんもりした森があった。宇宙艇はだんだん舞下り、千メートルぐらいの高度をとってこの森の上まで来た時、にわかに森の中から、まぶしい火光がつづけざまに走ったと思ったら、どどどどん、どどどんと大きな音を立てて、高射砲弾が宇宙艇のまわりに炸裂した。
「あっ、しまった!」
 と、火星兵たちはびっくり!
「ああ、しまった!」
 と言ったのは、偵察艇に乗っていた、火星兵であった。
 ちょうど森の真上まで来た時、下から不意打に、もうれつなガス弾の砲撃を受けたのであった。
 蟻田博士の作戦にもとづき、突撃隊はこの森に放列をしき、ここから砲撃していたのであった。そこへ偵察艇が飛んで来たものであるから、しばらく鳴りをしずめていたのである。しかもこの時偵察艇はたいへん高く飛んでいて、とても森からガス弾を飛ばしても、とどかないことがわかっていた。だから今も言ったように、鳴りをしずめていた方がよかったのだ。
 そのうちに何も知らない火星の偵察艇は、大砲のありかを探すため、だん
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