静かに、だまりこくって、じりじりと山道をのぼって来る大江山突撃隊であった。
これを上から見ている火星兵たちは、がやがやさわぎたてている。
「また性こりもなく、人間どもが攻めて来やがった。見ろ、たたかわない前から元気がないや」
「そのようだな。負けるとわかっておれば、攻めて来なければいいのに、人間は、頭がわるいね」
「みな殺しにされるまで、ああやって攻めて来るつもりなんだろう。さあ、今日は人間を何人やっつけてやるかなあ。十四、五人を手だまにとって、谷底へ投げこんでやるかな」
「おれは、火星へみやげに連れて帰るのだから、よく働きそうな奴をよって捕えるつもりだ。そして奴らの体に、おれの名前を焼きつけておこうと思う」
などと、火星兵は、ずいぶん勝手なことを言合っていた。
実のところ、このごろ火星兵たちは、人間があまり弱いので、本気になってたたかう気がしなくなった。
宇宙の中で、火星人が一番えらいのだという考えが、一そう彼らの心をおごらせ、そうして、ゆだんをさせた。
だから、山のいただき附近には、まるで蟻のけんかでも見るような気で、たくさんの火星兵が集って来た。彼らはいずれも、かっこうのわるい、あの太い胴をゆすぶり、そうして針金のように細い手足を振りまわして大きな頭をぐらぐらさせながら、楽しそうに下をのぞいている。――まことに失敬きわまる火星兵どもであった。
ちょうどその時、彼らのそばへ、黒い帽子に黒マントの火星人が二人、近寄って来た。黒い帽子に黒マントのすがたをしているのは、火星人の中でも、幹部級の者とか、とくべつ任務の者であった。だから、火星兵たちは、この二人を見ると、手をあげて敬礼をするのであった。
「あいつ、いやな奴だなあ。敬礼をしてやっても礼を返さないよ」
「ふん、きっと地球の空気を吸いすぎて、おかしくなっているのじゃないか」
火星兵たちが、こんなうわさをして、黒い帽子に黒いマントの二人づれのあとを見送っている。
このいやな奴と言われた二人こそ、じつは蟻田博士と新田先生とであったのだ。二人は、突撃隊よりも一足先にこの山中にまぎれこみ、大胆にも、今こうして火星兵のいるまん中を、のっしのっしと歩いているのだった。もちろん二人ともだまって歩いている。黒い目がねの下から、二人の目があやしくぎらぎらと光っている。二人は何をしようというのであろう。
(もう、このへんでよかろう。おい、新田、一、二、三で、例のことをはじめるぜ)
と目くばせをしたのは、蟻田博士であった。
新田先生はうなずいて、早くもマントの下のガスピストルをにぎりしめた。
(それ、一、二、三。そら、はじめ!)
博士は、ピストルをマントの下から出すと、新田先生の方に手を上げて合図をした。それと同時に、博士はガスピストルの引金を引いた。
今日はピストルの音がしなかった。今日博士は、消音のしかけをピストルにつけ加えたのであった。
ガス弾は、無音のうちに火星兵の胴中《どうなか》に命中していく。火星兵どもは、はじめのうちは何にも気がつかない。そのうちに自分の胴から黄いろい煙が出たなと思ったとたんに、
しゅうっ、しゅうっ。
と、大きな音がして、全身が破れそうに痛くなる。そうしてあとは、気がとおくなってしまう。その時には、彼はもう地上に倒れているのであった。
火星兵は、次々に倒れていく……。
火星人にばけた蟻田博士と新田先生とは、ガスピストルを、さかんにぶっぱなしている。
山のいただきに集り、近づく大江山突撃隊を見おろして、がやがやおしゃべりをしていた火星兵どもは、かたっぱしから怪音を発して、ぶったおれる。あたりは、十号ガスの煙がもうもうとたちこめて、まるで煙幕をひいたようである。
そのうちに、火星兵の方でも気がついた。
「どうも、おかしいぞ。あやしい奴が、はいりこんだらしい。おいみんな、気をつけろ」
「気をつけるどころじゃないぞ。これを見ろ、たいへんだ。いつの間にか防圧の壁がとけてしまって、みんな、はだかになって死んでいくぞ。どうもへんだ。わしもやられたらしいぞ。た、助けてくれ」
「この煙がおかしい。おや、あそこにいる二人の火星兵めが妙なものを手に持って、わしらの仲間の胴中に、何かしきりに撃ちこんでいるぞ。こら、お前たちは何をしているのか。おい待て」
「うん、さっきから、その二人は、あやしい奴だと思っていた。やい、手に持っているものを、こっちへわたせ」
蟻田博士と新田先生とは、ついに火星兵のため、ばけの皮をはがされてしまった。
「博士、どうやら、こっちの正体を見やぶられたようですよ。どうしましょうか」
「なあに、かまわん。今のうちに、手あたりしだい、ぶっぱなしておけ。こいつらをたおしておけば、向こうにいる本隊の火星兵どもは、まだ当分、気がつかないでいるだろう。そら、そこにいる火星先生にも一発……」
と、博士は楽しそうにピストルを音もなく撃ちまくる。そのうちに、火星兵の誰かが、これを知らせたものと見え、宇宙艇が林立する本隊の方から、火星兵部隊がどっと押しだして来た。
ちょうどその時、大江山捜査課長のひきいる突撃隊の先頭が、ついに山のいただきに顔を出した。さあ、大合戦だ!
火星兵と人間突撃隊との大合戦の幕は切って落された。
大江山隊長は、こんどこそこの山に屍《しかばね》をさらすつもりで、自ら突撃隊の先頭に立って、おどり上って来た。
「突撃隊、つっこめ! 恐れてはならん、おちついて、一発ずつ正確な射撃をしろ! 第一隊は正面、第二隊・第三隊は左へいって、横合から攻めろ。第四隊以下は、我らにかまわず、敵の本隊へ突入せよ!」
「うわあっ、うわあっ」
のどもはりさけよとばかり、突撃隊は、ときの声をあげて、火星兵の中におどりこんでいった。
ひゅう、ひゅう、ひゅう。
ぷく、ぷく、ぷく。
火星兵部隊の方でも、何だかわからないが、しきりに怪しい声をあげ、人間突撃隊を踏みにじろうと、押出して来る。まるで人間タンクの大群が、どんどん前へ出て来たようである。
ごうん、ごうん。
突撃隊の持っているガスピストルやガス銃は、消音式になっていないから、さかんに大きな音を立てる。
ぱかっ、ぱかっ、ぱかぱかっ。
あちらでもこちらでも、火星兵の胴中が破裂する。しゅうっ、しゅうっと、えらい響である。
たちまち、あたりは黄いろい煙に閉じこめられて、まるで先が見えなくなった。
しかし、ガスピストルの音と、火星兵のかぶっている胴がとけて爆裂する響と、それに交って、双方の死物ぐるいの叫び声が、ものすごく山々をゆすぶった。一体、どっちが勝っているのか負けているのか、さっぱり見当がつかなかった。
そのうちに、ピストルの音が、はたとやんだ。しきりに聞えていた火星兵の胴の爆裂音も、にわかにとまった。はて?
珍しい大合戦だ。
火星人と人間との、追いつ追われつの合戦だった。いつも人間隊が、みじめにやっつけられていたが、今度という今度は、人間隊は、強きをほこる火星人隊を向こうにまわして、かなり有利にたたかった。
急に静かになったのは、どういうわけであるか。
大江山隊長、蟻田博士、新田先生の三人は、一つところに集って来た。
「博士、新田さん。何だか火星兵の様子がおかしいですぞ」
「おお、大江山さん。にわかに静かになりましたね。博士、これはどういうわけでしょうか」
「さあ、わしにもよくわからん。だが、とにかく今度は、人間部隊の勝ったことには間違なしだ。ひとつ、ここらで威勢よくときの声をあげろ」
「いいでしょう。おい、突撃隊! 大勝利を祝って、大声で、ばんざい三唱だ。それ、ばんざあい」
ばんざい、ばんざあいと、突撃隊の一同は声をそろえて、ばんざいをさけんだ。
そのうちに、もうもうとたちこめていた十号ガスのかたまりが、風に吹かれて、だんだん谷あいの方へすべっていった。そうして、そのあとから、大合戦のあとの血なまぐさい戦場が、あらわれ出たのである。
ああ、何という奇妙な光景であろう。
褐色がかった火星兵の、あかはだかの死体が、あたり一面に、ごろごろころがっている。味方にも多少傷ついた者はあったが、火星兵のため、殺された者はいない。
「おお、あれを見よ。火星兵はみんな宇宙艇の中に逃げこんだのだ!」
博士がさけんだ。
なるほど、火星兵は、もうすっかり宇宙艇の中に逃げこんでしまって、窓からのぞいている。もはや地上には一人の火星兵もいない。かくして、ぶきみな、にらみあいがはじまった。
火星兵団と大江山突撃隊とが向きあって、気味の悪いにらみあいを続けている。
火星兵は、一人残らず林立する火星の宇宙艇の中にはいってしまった。そうして窓から、こっちをのぞいている。
突撃隊のほうでも、これ以上ちょっと進みかねている。
「蟻田博士」
と、大江山隊長が博士をよんだ。
「なんじゃの」
「火星兵どもは、すっかり、宇宙艇の中に逃込んでしまいました。この上は、宇宙艇の中へ攻込んで、火星兵を残らずやっつけたいのですが、何かいい方法はありますまいか」
大江山隊長は、あくまで火星兵団をやっつける気である。これまでに、火星兵団がした悪いことのかずかずは、そのまま許しておけなかったし、この上、ほうっておけば、どんなことになるかわからない。
「そうだのう。わしは、火星兵が思いのほか、あっさりと引きこんでしまったので、あてがはずれたところじゃ。はてな、どうしてやろうか」
そう言っている時、林立している火星宇宙艇の上の方がぴかりと光った。それが、合図ででもあるかのように、並ぶ宇宙艇から、ぴかぴかぴかと、目もくらむような光が、いなずまのように、烈しくきらめきだしたのであった。
何事が始ったのか?
「あ、こいつは、いかんぞ。大江山隊長、残念ながら、早いところ山を下りたがいい。火星兵団に何か、たくらみがあるぞ!」
博士が、いつになく、あわてて注意した。
「え、一度引上げるのですか」
「うん、早くせい」
そう言っている時、突撃隊の中に変なことが起った。
火星の宇宙艇が、ぴかぴかやっているうちに、突撃隊の中に、へんなことがおこった。――とは、どんなことだったか?
「隊長、ピストルがぐにゃぐにゃになってしまいました」
「わたしのもそうです。いやそればかりではない。腰についていた剣がどろどろにとけて、地面に落ちてしまいましたぞ」
「わたしのも、とけてしまった。これはどうも、へんなことになったものだ」
と、隊員たちは、さわぎ出した。全く不思議な出来事であった。かたい金属で出来たものが、いずれも、ぐにゃぐにゃになって、とけて流れるのであった。
「博士、えらいことになりました。一体、どうしたのでしょう」
と、新田先生が、横から心配そうにたずねた。
「うん、察するところ、火星兵団では、金属をとかす怪力線を使っているらしい。あのぴかぴか光るのがくせものだ。とにかく、ここにいては、きけんだから、ひき上げたがよい。おい、大江山隊長ざんねんだろうが、ここはひとまず、ひき上げたがいいぞ」
「そうですか。ひき上げなければなりませんか。ここまで攻めたてたのに、ざんねんだなあ」
そうこうするうちに、ありとあらゆる金属がぐにゃぐにゃになり出した。十号ガスのピストルは、ことごとく地上に落ち、帽子のきしょうも、金ボタンも、みんなとけて落ちるのであった。
「こいつはひどい」
「これでは、火星兵をなぐりつけることも出来ない」
そこで大江山隊長は、ついに心を決し、
「総員、いそぎひき上げろ!」
と、命令を出した。
一同は、その命令にしたがって、ひき上げをはじめた。すべるように、山の斜面を下りていく。蟻田博士も新田先生も大江山隊長も……。すると、火星兵どもは、あやしげな声をあげて、はやしたてるのであった。
ざんねんながら、大江山突撃隊は、一たんひきあげる外なかった。
火星兵団が、あやしい光線を出して金属をとかすということは、これまでにも、外国の例にあったことでもある。しかし、日本において、これがはっきり見られたのは
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