を守るその職責のため、死を覚悟してこの大敵に向かって、とびこんでいったのだ。
「おい、がんばれ。死んでも一歩も引くな!」
警官隊長らしいのが、金切声で叫んでいる。しかし部下の多くは深い傷を受けて、地上に倒れてしまった。隊長はそれを見ると、剣をとりなおして、みずから大力の火星人にぶつかっていった。
「あっ、あれは大江山さんだ、捜査課長だ!」
と、新田先生がさけんで、思わず前へ、とびだした。
大江山捜査課長だ!
課長は、怪人にとびついた。
火星人は、おこったような声を出して、課長をどうんと、つきかえした。
課長は地上にひっくりかえった。体をひどく打ったらしく、課長はしばらく地上に体をくの字なりに曲げていた。――何しろ火星人の力ときたら、人間の十人力ぐらいのは、ざらにいる。
「くせ者! まだ降参せぬか!」
課長は、やにわに起上ると、また火星兵団の怪人にとびついていった。
火星人は、目を光らしたかと思うと、とびついて来る課長を、横あいから触手で強くはらった。
「あっ!」
課長は、顔を押さえて、その場にどうと倒れてしまった。
その時突然、木陰から五、六人の火星人が現れた。
新田先生は気が気でない。早くガスピストルで火星人を撃ってやりたいと思ったが、博士がピストルを撃つまでは、決して撃ってはならないということになっているので、こまってしまった。
「博士、早くピストルを……。今、倒れたのは大江山課長ですよ」
と、博士の耳もとで早口に言った。
「博士、課長や警官を見ごろしにするのですか。私はもう、がまんが出来ません。ガスピストルを撃ちますが、いいですか」
「待て、ガスピストルを撃つには、いい折がある。火星人のゆだんするまで待て」
と、博士は先生の手をしっかりとにぎって放さない。
その中に、課長も動かなくなる。他の警官たちも、火星人にかなわず、みんな長くのびてしまう。立っているのは火星人だけになった。それを見た博士は、
「今だ!」
とさけんで、黒マントの下から、ガスピストルの口を出して引金をひいた。
ついに蟻田博士の手によって、ガスピストルから第一弾が撃出された。
ごうん。
ぱかっというような音がして、その弾丸は一番いばっていた火星人の横腹に見事命中して、黄いろいけむりが、弾丸のあたったあたりから、もうもうとたちのぼった。
火星人たちは、思いがけない出来事にあって、その場に茫然と立っていた。気をのまれたかたちである。
弾丸が腹に命中したその火星人は、
(おや、へんだぞ!)
というような身ぶりをして、黄いろいけむりがたちのぼる自分の腹を、触手でしきりに撫でまわしていた。この火星人こそ、大江山課長をやっつけた火星人だったのだ。
そのうちに、ひどく大きな音で、
しゅうっ!
と、へんな音がした。
とたんに、その火星人の体は、ふらふらと前後にゆれたかと思うと、積重ねてあった樽をたおすように、どすんと横たおしに、たおれてしまった。
それを見て、他の火星人はまたびっくりしなおしたらしかった。彼らは、たおれた火星人のそばへ駈けよった。
すると彼らは、そこで不思議な有様を見た。それはたおれた火星人の大きを腹の上から、黒いけむりがもやもやと盛に立ちのぼりつつ広がっていくと見ているうちに、あの丈夫なドラム缶のような胴が、どんどん湯気のように蒸発していって、やがてその下から、みにくい火星人の体が、小さくちぢこまって、あらわれたのであった。
胴が蒸発して、なくなってしまったのである。さあたいへんである。どうしてこうなったのか、訳がわからないが、火星人たちは、びっくりしてそこをとびのいた。
「撃て! 今だ!」
博士の声だ。ごうん、ごうんと、博士と先生とは、残る火星人めがけてガスピストルを撃出した。
十号ガスのききめはものすごかった。
蟻田博士と新田先生とは、のこりの火星人めがけて、ガスピストルを、どんどんぶっぱなした。
ごうん、ごうん、ごうん。
ぱかっ、ぱかっ。
弾丸は、おもしろいほど火星人の胴中《どうなか》にあたる。そうして黄いろいけむりがむくむくと出て来る。
火星人はそのけむりにおどろく。
ひゅう、ひゅう、ひゅう。
ぷく、ぷく、ぷく。
妙な声を出して、火星人たちがさわいでいるうちに、あっちでもこっちでも、しゅうっ、しゅうっと音がして、火星人のかぶっている固い胴が、湯気のようにとけてしまうのであった。
どたり、どたりと火星人たちは、黄いろいけむりに包まれ、大地の上にころがる。
けむりが少し消えて来ると、その下に、火星人は、たこのひもののように、赤黒い体を小さくちぢめて、固くなっているのであった。
火星人のかぶっていたあの固い胴は、地球の空気の圧力に対して、よわい体を持った火星人が、その圧力を防ぐためだった。その防圧胴が、蟻田博士発見の十号ガスのため、とろとろととけて、湯気のように蒸発してしまうものだから、火星人は赤はだかの上に、地球の空気の強い圧力を受けて、一たまりもなく押しつぶされてしまうのであった。
何という痛快な出来事であろうか。
「博士、すばらしいですなあ。これこの通りに火星人のやつ、みんな死んでしまいました」
と新田先生は、喜びに声をふるわせて言った。
「うん、これなら、まず使いものになるわい」
蟻田博士は、死んだ火星人の体を、前かがみになって、よく見ながら言った。
「蟻田博士、そのあたりに、もっと火星人がおればいいのですがねえ」
と、新田先生は、ガスピストルを手にして、ものたりない顔で、あたりを見まわした。たった二、三発撃ったくらいでは、あまりにもの足りない。
「火星人よりも、そこに倒れている大江山課長を助けてやれ」
博士は地上を指さした。
「そうだ、大江山捜査課長が、火星人にやられていたのでしたね。ガスピストルが、あまりよくきくものだから、つい忘れていました。失敗失敗」
と、新田先生は赤い顔をした。
そこで二人はまず第一に、気をうしなって倒れている勇敢な大江山課長をだきおこし、背中をさすって、えいと活を入れた。
「ううん、ああ、さあ来い!」
課長は、きかない体をむりに動かして立とうとする。
新田先生は、それを押さえて、
「大江山さん、そう興奮しないで気をたしかにもって下さい」
と言えば、課長は先生を見るより、さらに強く興奮して、
「いや、放せ。火星人などに負けてたまるものか。よくもおおぜいの部下を殺したな。日本人は、最後の一人となっても戦うぞ」
と、なおも先生に、つかみかかろうとする。
「大江山さん。そんなに興奮しちゃいかん。わたしだ、新田ですぞ」
「新田だ? 新田の声のまねをしても、きさまは火星人だ」
「ちがう、ちがう」
蟻田博士が、ふと気がつき、
「おい、新田、火星人とまちがえられるのは、その服装がいけないのだ。もう火星人はいないから、服装をぬいだがいい」
「ああ、なるほど。どうも今日はあわてていけない」
と、新田先生はあわてて帽子をぬいだ。
帽子をぬげば、ははあ新田先生だなと、誰でもわかる。大江山課長も、そこではじめて、ほんものの新田先生に、かいほうされていたことに気がついた。
そこへ、先生と博士が寄って来て、傷口に、マントを破って、かりの繃帯をする。
「これは新田先生、たいへんめずらしいが、どうしたのかね」
「いや、お話をすれば長い話があるのです。しかし、短く言えば、課長、喜んで下さい。蟻田博士が、火星兵団の奴らをやっつける、すばらしい熔解ガスを発明されたのです。そこらにころがっている赤黒い怪物は、みんな蟻田博士の発明された十号ガスのため、やっつけられてしまったんです。どうか喜んで下さい」
新田先生が、早口で説明すると、課長は、
「なに、蟻田博士が発明したって? あの博士がかね」
新田先生は驚いて、そばにいる博士の顔を見た。
博士は、ただ笑っている。
「ねえ、課長。わたしたちは思いちがいをしていたのです。博士はりっぱな人物です。そうして人類の大恩人ですぞ」
「それは、どうかな」
博士は、にが笑いをして、やむなく課長に声をかけた。
「おい、大江山さん。そのおかしな博士は、ここにいて、あんたの手に繃帯を巻いておるよ。わしのことは後でゆっくり新田から聞くがいい」
「やあ、あなたは蟻田博士……」
「驚くことはないよ。それよりも、いよいよ明日から全国の火星人征伐をやりなさい。十号ガスはたくさん用意があるから、いくらでもあげる。今夜は休んで、明日突撃隊でも作って、その先頭に立つがいい」
と言って、博士はすたすた引返した。
ああ、十号ガスのすばらしいききめ!
ガスピストルやガス銃を持った突撃隊が、警視庁に勢ぞろいをしたのは、翌日のおひる近くであった。
ガス弾の原料は、博士の屋敷あとへいくと、いくらでも出て来る。博士は地下の原料タンクから地上まで鉛管を何本も出して、ポンプで吸出すように仕掛を作っておいたから、雷管のついた薬莢《やっきょう》さえあれば、いくらでもガス弾は作れるのであった。
「突撃隊、集れっ」
勇ましい号令をかけているのは、大江山課長だ。
昨夜課長は何事ももうこれまでと思い、部下のとむらい合戦のつもりで火星人の中に斬込み、死力を尽くしてはなばなしく戦い、そこで死んでしまうつもりだった。そんな悲壮な決心を固めた課長は一夜明けるとたちまち元気を取返し、さっそく博士にすすめられた通り突撃隊を編成し、これに博士の発明したガス弾を持たせ、火星兵団に大逆襲をこころみようということとなった。そうして今や一切の用意は出来上ったのだ。
「今からまず帝都附近一帯に出動して、火星人と見たら、今一同の手に渡したガス弾でやっつけてしまうのだ。火星人を見つけたら、決して見逃さないようにすること。ここで一人の火星人を逃せば、十人、二十人の尊い日本人の生命を犠牲にする上、もしも火星にまで逃帰られたら、それこそどんな新兵器を持った新手の火星兵団が、この地球へ攻寄せて来るかわからないのである。だからわが突撃隊員は、火星人を見たら仕損じなく、そうしてすばしこく火星人を倒すよう心がけることだ。わかったか、わかったろうな」
「はい、わかりました」
「よろしい、各隊、出発!」
突撃隊長大江山課長は、ついに前進の号令を発した。
55[#「55」は縦中横] 突撃隊《とつげきたい》
突撃隊の出発だ。
めあては、まず甲州の山奥にかまえている、火星兵団だ。
そこには怪人丸木が隊長として、幾十幾百とも知れぬ火星の宇宙艇を、さしずしているのである。
地球がモロー彗星にこわされる前に、この宇宙艇の中につみこんで火星へさらっていこうというあわれな捕虜たちが、附近の穴の中にたくさん押しこめられていた。人間もおれば、馬や牛や豚や猫や犬もいる。すべて火星では見られない、まことに不思議な生物なのである。
火星人は、人間や馬や牛を火星へ連れていって、家畜とするつもりである。馬や牛が家畜とされるのはまだいいとして、人間たちが、火星人のため家畜とされて、たまるものではない。
大江山捜査課長を隊長とする突撃隊は、火星兵団の手から、捕虜になっている人間をとりかえそうと、甲州の山奥をさして押しかけたのであった。
「ははあ、また麓の方から人間隊がやって来たぞ」
「おお、また来たか。人間というやつは、なかなかしぶといやつだな」
火星人が二人、山のいただきに監視兵として立っていたが、突撃隊が下からのぼって来るのを見て、ばかにした。
そうでもあろう。これまでにこの山をめざして攻めのぼって来た警官隊や青年団などの数は、じつにおびただしい。しかし、彼らはいつも火星人の敵ではなかった。いつも、こっぴどく火星人のために撃退されてしまったのである。今度も、きっと人間隊は、山の斜面をころがって、逃出すであろうと、火星人は、ばかにしきっていた。
火星人は、おいおいと山のいただきに、すがたを見せはじめた。突撃隊は静かにのぼって来る。さて、どんな戦いがはじまるのであろうか。
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