で、ついに火星兵団に勝つことは出来なかったばかりか、地上における火星兵団の基地攻撃さえ、うまくいかず、大損害を受けた。
「どうにも手段がない。どんなことをしてみても、火星兵団を打破る見込は立たない」
「仕方がない。この上は世界同盟をつくり、各国の智慧者を集めて、火星兵団の暴力に手向かう方法を考え出すことにしようじゃないか」
「それがいい。それの外はない」
 その昔、地球の上で、互にはげしい戦争を交えた各国も、こうなっては、にらみ合ってもいられず何とかして手をにぎり合って地球総力戦の体制を作り、火星兵団に対抗するより外途のないことが、彼らにも、はっきりわかって来た。
「そんなことを言っても、今から寄合をして、いい考えを出したんじゃ、もうおそいよ。そんなことは、もっと早くから気がつかなければならなかったんだ」
「だって仕方がないよ。今になって、やっと地球総力戦の体制をつくることに気がついたんだ。それに、今まではお互に各国とも、にらみ合っていたんだから、そうかんたんに一しょにはなれないよ」
 各国の足並は、まだみだれがちであったが、とにかく、日一日と、地球総力戦の体制が、まとまって来た。
 その結果、あと二日後には各国のロケット隊が、連合の編隊をつくり、その数も五百台というたいへんな数で、一気に地球を飛出し、金星へ向けて飛行しようという相談がまとまった。そうして、この連合脱出隊のことは、火星兵団には、ぜったい洩れないように気をつけ合ったのである。
 連合脱出隊のことは、極力秘密を保たれてあった。
 いよいよその日、各国のよりすぐったロケット隊は、空中の某点に集合することを、あらかじめよくうちあわせておいて、めいめいその基地を出発したのであった。
 その基地といっても、一国に一箇所では目に立つからというので、方々に分けた。アメリカのごときは全国六十五箇所に基地を作り、そこから二台または三台ずつのロケットを、同時に飛出させたのであった。
 彼らは、無事に空中の某点に集合することが出来た。
「ふむ、うまくいったぞ」
 と、乗組員たちは、五百台からのロケットから成る堂々たる脱出隊の威容をながめて、にっこりと笑ったのであった。
 そこで、連合脱出隊は一せいに舵をとりなおして、金星を目あてに飛行を始めたのであった。
 ところが、それからものの五分もたたないうちに、
「ああ、あそこに見える黒いものは何だ」
「え、ああ、あの黒い点のようなものか。風船でもなさそうだが、事によると……」
 と、首をかしげているうちに、空中に浮かんでいる黒い風船のように見えた黒点は、見る見る大きく広がり出した。
「あっ、火星兵団だ!」
「うん、やっぱりそうだったか。おい、火星兵団の大襲来だ!」
 と言っているうちに、その大きく広がった黒い斑点の中には、さらに小さい粒々の黒点が、たくさん集っていることがわかり、襲来した火星兵団の宇宙艇の数は二、三百だということがわかった時には連合脱出隊のロケットは完全に針路をおさえられてしまった。そうして次の瞬間には、火星兵団の宇宙艇隊は、ロケット隊のまん中を刺貫《つら》ぬくように飛込んで来た。勝ち負けは、その瞬間にきまってしまった。
 せっかく力を合わせて編成した連合脱出隊のロケット五百台は、火星兵団のため、空中に全滅してしまった。
 この悲報は、全世界を打震わせた。
「今度は、大丈夫だと思っていたのに……」
「あれでいけなかったら、われわれ地球人類は、絶対に火星人に降服する外はない」
「もっと早くから、対火星戦を、考えておくんだったな」
 と、各国の責任者たちは、無念の涙をはらはらと落しつつ、この惨敗のあとをふりかえった。
 ロケットに乗せて貰えない連中は、ロケットが、地上から飛出していくたびに、自分がいつまでたっても、地上に取残されていることを不満に思い、飛んでいくロケットのあとをうらめしそうに、そうしてうらやましそうに見送ったものである。ところが近頃になっては、彼らはもうそのような、うらめしそうな目附はしなかった。それは出ていくロケットというロケットが、ことごとく火星兵団のため空中でとけてしまったり、地上に追帰されたからである。彼らはニュースにより、うまく地球から脱出したロケットが、まだ、ただの一台もないことを、はっきり知ったからである。
 打続く火星兵団の勝利! そうして地球軍の惨敗。
 しかも、モロー彗星は、そんなことにはおかまいなく、刻一刻と地球に近くなって来た。
 地球の上には、こうして二重の苦難がおおいかぶさって来たのである。地球と地球人類とは、もはや、自分たちの『死』を覚悟しなければならない時が来たように見える。
 だれか、この大危難を救う者は出てこないであろうか。救世の英雄の足音は、まだ少しも聞えないようである。
 ああ、絶望の地球!


   51[#「51」は縦中横] 博士の大決心


 新田先生は、蟻田博士の地下研究室の中にあって、ただもういらいらしていた。何とかして心を落着けたいと思うが、今までのように心がしずまらない。そうでもあろう、モロー彗星との衝突の日まで、あとわずか一週間しか残っていないのであるから……。
 新田先生は、落着きはらって仕事をつづけている蟻田博士が、うらやましくもあり、腹が立っても来る。
「博士。もうあと一週間で、この地球が粉々にとびちってしまうというのに、博士は何をそんなに熱心に研究しておられるのですか」
 博士はしきりに電気火花をじいじい言わせて、ガラス管の中にある青黒い紐のようなものにあてていた。
「しずかにしていてくれ。わしの研究の、じゃまをしてはいかん」
 博士は、目盛を直しては、またじいじいと電気火花をとばし、ガラス管の中をのぞきこんでいる。
「しかし、博士。……」
「こら、だまっておれというのに……」
 博士は、新田先生が話しかけるごとに、きびしく叱りつけた。一体博士は、何をしているのであろうか。
 新田先生は、ついにだまってしまった。
 博士は実験をくりかえしていたが、そのうちに、たいへん驚いた様子で口を大きくあけ、手のひらを打った。
「うむ、やっと思うように行ったぞ!」
 博士は、ひとりごとを言った。
 新田先生は、博士のうしろから実験台をのぞきこんだ。
 博士はガラス管を指先につまみあげて中をのぞきこんだ。青黒い紐のようなものの一部が、赤く焼けたようになっている。
「これだ、これだ」
 博士は子供のようにおどり上った。博士は実験に成功したらしいが、それは一体どんなことであったろうか。
 蟻田博士が躍り上って喜ぶなんて、よくよくのことである。
 博士の研究は、ついに完成したらしい。
 一体、博士は、何を研究していたのであろうか。
 新田先生は、博士が喜んでいるそばへ、恐る恐る近づいた。
「博士、御研究が、うまくまいりましたか」
 と、先生が声をかけると、蟻田博士は後をふりかえって、
「ややっ、お前がいたのか……」
 と、急に不機嫌になった。博士は、自分の研究を他人に知られるのが、いやなのらしい。
 新田先生の心は、ちょっと重くなった。博士と自分とは師弟の間がらであるのに、なぜ、こう博士はいやな顔をするのであろうか。
 先生は、この間から、言いたいと思っていたことを、この際言ってみようと決心した。
「博士」
「何じゃ」
「博士は、私が、博士のおためにならないようなことをする人間だと思っておられますか」
「さあ、どうかな」
「さあ、どうかな――とは、おなさけないお言葉です。博士、あなたは、私にとっては尊い師です。師のためにならないようなことを何でしましょうか」
「そうかね」
「……私は、博士の冷たいお心をなおして、今死の直前に立っている地球人類のために、大いに力を貸していただこうと毎日|力《つと》めているのです。しかし博士は、一向、そういう気になって下さらない。博士、私は、そんなに信用出来ない人間でしょうか」
「人間には、もうこりごりだよ」
 と、蟻田博士はぶっきらぼうに言った。
 新田先生は、これ以上博士を動かすことは出来ないと知って、涙が出た。
 新田先生は、どうかして、蟻田博士の心を直し、地球人類のために博士のすぐれた智力を出してもらおうと、永らくつとめて来たのであるが、今度という今度は、先生も、さじをなげてしまった形であった。
(だめだ。蟻田博士こそ、人間の形はしているが、心は人間ではない。博士は、心を火星人などに売ってしまっているのであろう。すると、博士はまず鬼だと言ってよろしかろう。そういう博士の心を、自分の手で、何とかいい方へ直せると思っていたのは、たいへんばかだった!)
 新田先生は、そう思って、顔をつたって落ちるくやし涙を、とどめることが出来なかった。
「博士、私はいよいよ博士にお別れして、ここを出ていきます」
 先生は、ついにそう言った。もうこんな所にとどまることは出来ない。いくらここにいても、むだである。博士は、地球人類のために力を貸そうとはしないのである。
「今になって出ていくか。いよいよこの恩知らずめが!」
 博士は、口ぎたなく先生をののしった。先生は、すっくと立上った。一分間でも、こんなところにいては、身のけがれだと思った。
 ところが、その時、思いがけないことが起った。それは、何であったか?
 博士が、いきなり新田先生の手を、ぐっと握ったのである。
「あっ!」
 新田先生は、びっくりした。博士の心をはかりかねて……。
 その時、博士の唇が、先生の耳もと近くにあった。
「新田、だまって、わしについて来い!」
 博士は、聞取れないほどの小さい声で先生の耳にささやいた。
「えっ!」
 新田先生は、自分の耳をうたがった。
(新田、だまってついて来い!)
 と、博士は言って、先に立った。
 新田先生は、博士の言葉つきの中に、何かしら、いつもと違った感じを受取った。
 博士は、部屋の片隅にある犬のくぐり戸のようなまるい形の扉をあけて、次の部屋へ這《は》いこんだ。先生も、そのあとに続いた。
 這いこんだところは、紫色の電灯がついていたが、実に奇妙なところであった。まるで、鉄管の中にはいったような感じがした。なぜまあ、このように変なところばかりが、あるのであろうか。
 先生の前には、博士が、ごそごそと音をさせて這っていく。後から声をかけたくて、しかたがなかったが、博士におこられてはたいへんと、先生はがまんして、あとからついていった。
 二メートルばかり、いったところで、小さな部屋に出た。部屋というよりは大きな樽の中にはいったという感じである。
 曲面をもった壁は、にぶい金属的な光をもっていた。この部屋の中にはバンドのついた腰かけと、天井から吊革のようなものが、ぶら下っているだけで、外に何もない。
 博士が、何かごそごそやっているうちに、先生の後で、ぎいっと音がした。ふりかえって見ると、今這いこんで来た鉄管の出口が、すっかりふさがれていた。全く妙な部屋であった。先生は博士の心をはかりかねた。
「うむ、これで安心だ。もう、大きな声を出してもいいよ」
 博士の声は、いつもとは違って、たいへんやわらかに響いた。
「博士、私をこんなところへ連れて来られて、何をなさろうというのですか」
 さっそく、先生はたずねた。
「おお新田。これからわしは、お前に、はじめて本心をうちあけるよ」
「えっ、本心?」
 先生は驚いて博士の顔を見つめた。
 本心を打明ける!――と、博士は言ったのである。
「どういうのが、博士の本心ですか」
 と、新田先生は、せきこむようにして問いかえさずにはおられなかった。そう言えば、さっきから博士の態度が、いつもとは、たいへん変っている。何か重大なわけがあるのだ。
「のう、新田」
 と、博士は両手をきちんと膝の上において語り出した。
「わしは、いよいよこれから火星兵団とたたかいをはじめるよ。いや、お前の驚くのももっともだ。わしは、いつも地球の人間のことを悪く言って、むしろ火星人の味方のようにさえ見えた。これにはわけがあるのだ」
 と、博士は
前へ 次へ
全64ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング