た。
 怪人丸木のため、情の心を教えている千二少年こそ、不思議な役割の人であった。
 丸木は植物であるから、植物には持合わせがなく、動物にかぎり持合わせている情の心がうらやましくてたまらないのである。だから丸木は、情の心を自分のものにして、更に高等な火星人となろうとしたのであった。
 火星の王様にペペというのがいた。彼は広い火星を自分一人の手でおさめているという、たいした王様だった。丸木はそのペペ王さえ持っていない情の心を、自分は持ちたかったのだ。そうすれば、丸木はペペ王よりも、高等な生物になれると考えたのであった。
 丸木は千二少年をそばにおいて、少年といろいろの話をしたり、それからまた少年をおこらせたり、悲しませたり、それから、ほんのちょっぴりではあるが、少年を喜ばせたり笑わせたりして楽しんでいるのであった。勉強のかいが、あったとでも言うのであろう。このごろでは丸木はだいぶん情の心が湧いて来るようになった。
「おい、千二。わしはお前に金でこしらえた、おもちゃをやろうと思うよ」
「ほんとう? ほんとうならうれしいなあ」
 千二は喜んだ。千二が、喜ぶと、
「千二、お前が喜ぶと、わしも、うれしくなるよ。うれしいという気持は、なかなか値打のあるものだな」
 と、そんなふうに丸木は言うのであった。
 そうかと思うと、丸木は、時には、とつぜん少年に、お前を殺してしまうぞ、などと言って悲しませて喜ぶこともあった。とにかく、丸木は情の心をもてあそんで喜んでいる。感情を持つようになった植物は、はたして幸福であろうか、それとも不幸であろうか。
「わしは、高等火星人になったぞ!」
 と、丸木ひとりは喜んでいるが……。


   49[#「49」は縦中横] 電気帽《でんきぼう》


 人間ではない植物の丸木のそばで使われて暮している千二少年は、決して楽しいはずがなかった。なぜ、千二は丸木のところから逃出さないのであろうか。
 見たところ、千二は、別にくさりでつながれているわけでもなく、また、番人がついているわけでもなかった。それなら、千二少年は、いくらでも逃出すことが出来るはずであった。
 しかし千二は、もうずいぶん長いこと怪人丸木につかまったまま、逃出しもしないで暮している。なぜ彼は逃げないのか。
 それには、わけがあった!
 そのわけというのは、千二少年が頭にかぶっているかぶとのようなものに、わけがあったのである。
 いや、彼は好きで、あのかぶとのようなものを、かぶっているのではなかった。怪人丸木が、あれを少年の頭にかぶせたのであった。
 あれは電気帽という。
 電気帽には、ふさのようなものが下っているが、あれはアンテナのようなもので、外から電波をかけると、その電波はアンテナに感ずる。丸木は、千二を逃さないために、千二にその電気帽をかぶせ、そうして、また宇宙艇の中にある電波機械から、ある不思議な電波を出している。その電波が電気帽に感じると、千二は逃げる気持がなくなってしまう。つまり、電気帽は千二の脳髄の働きを一部とめてしまうのだ。
 脳髄の働きは一種の電気作用だから、こんなことが出来るのであった。
 つまり、千二には、逃げたいという気が起らないように、し向けてあるのだった。千二の体には、鎖こそつないでなかったが、彼こそ電波でしばられた囚人《しゅうじん》であったのである。
 千二は、怪人丸木のもとから逃出す気は少しもなかった。それは丸木が、千二の頭にかぶせた電気帽の働きであった。千二の心には、まったくそういう気が起らないように仕掛けられてあったのだ。
 火星人という奴は、どこまで、ざんこくなことをするか、底が知れなかった。
 千二は電波囚人だから、今度は新田先生がいくらさがしても、待っていても、先生のもとへ戻って来ないのであった。千二は、いつまでこうして、電波囚人になって、こころの自由をしばられているのであろうか。
「ああ火星から無電がはいったようです。おお、ペペ王からの電話です」
 と、千二は急に壁のところへ、かけ出して行った。
「何だ、はやペペ王から電話か。はてな、いつもの通信時間とは違うようであるが……」
 と、丸木はふしん顔。
「そうです。特別通信です。何かペペ王の方で、急がれることがあるのでしょう」
 こういう話になると、千二の頭はあたり前に働いた。千二が今かぶっている電気帽は、ただ『ここを逃出す』という気だけを、ぜったいに千二に起させないように、機械を合わせてあったのである。
 千二は、壁のところに出ている小さなボタンを押した。
 すると、壁の上に、ぽこんと四角な窓があいた。窓ではない、一種のテレビジョンの幕だ。無電をかけて来た火星の景色が、うつっているのであった。
「おい、マルキよ」
 画面一ぱいに、いきなり、例のトマトに目をつけたような火星人の顔があらわれた。ペペ王だった。画面のペペ王が口を開くと、そこからペペ王の声が出て来るのであった。
 千二は、かくべつおどろいた様子もない。
「はい、ペペ王。何の御用ですか」
 丸木は、椅子に腰をかけて、落着いて言った。
「こら、マルキ。お前の監督はよろしくないぞ」
 と、とつぜんペペ王のお叱《しか》りだった。
「はて、何をしくじりましたかな」
 丸木は、口ほど驚いていない。
「きのうだったか、そっちから火星へ戻って来た宇宙艇があった」
「なるほど」
「お前も知っているのだな。――その宇宙艇は、着星したのはいいが、いつまでたっても誰も出て来ないのじゃ。入口の扉をどんどん叩いても、中からあけようともしない。仕方がないから、こっちから通信でもって、『おい、早く扉をあけて出て来んか。何をぐずぐずしているのか』と言っても、さらに答えなしじゃ」
「ほほう。それは、けしからん」
「通信が中へ聞えないかと思うと、そうでもない様子だ。中には、火がついたり消えたりもするし、それからまた中から電波を発射していることもわかっている。そのくせ扉をあけないのじゃ」
「逆乱軍でしょうかな」
「えっ、逆乱軍? おいほんとうか。そんなものが起るわけはないのだが……。とにかく宇宙艇の扉と来たら、内側からあけないかぎりは、外からはどんな事をしても、あかない仕掛になっている。全く困ってしまったよ」
「それは困りましたな」
「おいおい、マルキ。お前が涼しい顔をしていては困るじゃないか。お前の監督が悪いから、このような命令を聞かない者が出来るのじゃ。しかも、この宇宙艇は、たしかに、地球派遣軍の火星兵団に属している宇宙艇だから、お前が責任をとらなければならないぞ!」
 と、ペペ王はかんかんにおこっていた。
 でも、丸木は言った。
「なるほど、それは、私の責任かも知れません。しかし実際を考えてみて下さい。今地球と火星との間を連絡するために、火星兵団は、毎日のように宇宙艇を幾台も飛ばしているのです。中には、内側からあかない宇宙艇もあるかも知れません」
「何を言う、マルキ!」
 ペペ王は、大きな声を出した。
「わしがお前に言いたいことは、宇宙艇の警戒を怠って、むざむざ人間に取られてはならぬと言うことだ。人間とて、相当頭が進んだ生物だから、宇宙艇の中を知れば、同じものをまねしてつくるかも知れない。もしそんなことがあったら、我々は人間から、さらに強い手向かいを受けることになって、困るのじゃ」
「大丈夫です。そんなえらい人間はいませんよ」
「そうではない。むかし、この火星へアリタ博士というのがやって来たが、彼などは、なかなかすぐれた頭を持っていた。ああいう連中に見せたら、後がよくない」
「ですがペペ王、モロー彗星は、あと十日ぐらいして地球を粉々にこわしてしまうのですよ。ですから、たとえ宇宙艇を人間に見せたところで、あと十日では、そのうちの一台だって作り上げられませんよ。心配は御無用です」
 丸木は、落着き払って言った。
「ふん、まあ、せいぜい気をつけてくれ」
 と、ペペ王はようやく折れた。
「で、その占領された宇宙艇は、この後どうなさるのですか」
 と、今度は丸木がたずねた。
「うん、仕方がない。中にいる火星人には気の毒だが、宇宙艇ごと、粘液で、とかしてしまうつもりだ」
 と、ペペ王は放言した。


   50[#「50」は縦中横] 連合脱出隊


 中天にかかる恐怖の星モロー彗星は、日ごとに大きくなり、光力を強めていった。
 もうそのころには、夜間だけではなく白昼でさえも、モロー彗星が空に浮かんで見えるのだった。
 夜になると、モロー彗星は、にわかにらんらんと輝き出すのであった。その大きさは、もう月の半分ぐらいになった。月が空に二つ、かかっているようにも見える。全く怪しくも不思議な光景であった。地球の人々は、モロー彗星の光が強くなればなるほど、興奮の度をたかめた。
 半分おかしくなっている者や、道ばたで一日中泣きどおしの者が、だんだんふえて来た。そうかと思うと、盛にステッキや剣を空に向けてうちふり、
「モロー彗星なんか何者じゃ」
 と、見えすいた強がりを言っている者もあった。
 その一方において、科学者や技術者たちは、その大半が工場につめて、わきめもふらずに、地球脱出用のロケットを製造することに、一生けんめいであった。彼らは、時にモロー彗星のことを忘れているかのように、製造に熱中した。
 ドイツでは、いつの間に揃えたか、ロケット兵団をつくった。それは、百台の大ロケットで編成せられていた。このロケット兵団は、アルプス山脈地帯にかたまっている火星兵団を尻目に、空中高く飛出し、示威飛行《しいひこう》を始めた。
 ところが、その挑戦に応じて、アルプスの方角からは火星兵団の宇宙艇五台が飛出した。そこでロケット百台と宇宙艇五台の大空中戦が始ったが、気の毒にも、ロケットは見る見るうちに空中でとろりとろりと溶けだした。やがて四十台ほどのロケットは空中で溶けて散って、あとかたもなくなり残りの六十台のロケットは基地へ引きかえした。科学国ドイツの技術を総動員しても、火星人のつくった宇宙艇には、かなわなかった。
 モロー彗星は、いよいよ近づいた。
 地球から見ると彗星の頭は満月の二倍ぐらいに大きくなった。
 夜分だけしか見えなかったその彗星は、このごろでは、昼間も空中にうっすらと姿が見えるのであった。
 地上の人間は、日毎夜毎《ひごとよごと》にモロー彗星の怪奇な姿におびやかされ、神経衰弱にならない者はないと言っていいほどであり、おかしくなる者が平年の百倍千倍にもふえていった。
 モロー彗星の尾は気味のわるい青白い光を放った。天空を大きな川のように流れていたが、その形はいつも同じではなく、風にふかれる煙のように方向が変り、形が変った。それは太陽の影響によって、ふき飛ばされるのだと学者は説明した。
 このような、怪しげな天空の下に、地上の人々がだんだん望を失って来たのも、無理のないことであった。
 しかし、いつの世にもそうであるように、どんな悪い世の中のありさまの時にも、決して負けない人間もいた。いや、かえってそういう苦しい困った時に、元気や勇気が出て来る人間がいた。
 日本人とドイツ人とイタリヤ人とアメリカ人とは、なかなか勇敢な人種であった。
 ドイツでは、前にも言ったように、かなりすぐれたロケットを百台も空に飛ばしたけれど、火星兵団の宇宙艇のために、すっかりやっつけられてしまった。しかしそれにもこりず、ドイツでは、また二回目の地球脱出ロケット隊が編成せられ、またもや大空に飛出した。
 だが、気の毒にも彼らは、やはり火星兵団の敵ではなかった。最後は、この前と同じように、語るも悲惨なことになり終った。
 しかし、負けじ魂を持ったドイツ人は、さらに、次から次へと地球脱出隊を編成していったのである。もしや、ただの一機でも無事に地球外にのがれてくれるかと、彼らはそれを心待ちにしていたのだ。
 ドイツのすぐれたロケットによる地球脱出隊が、次から次へ悲惨な最期をとげている一方、イタリヤでも、アメリカでも、同じような脱出がこころみられた。が、その結果は似たりよったり
前へ 次へ
全64ページ中43ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング