億年もたっているのに、地球が崩壊するところが見られるのは、今日の時代の我々だけにかぎられているということは、なかなかすばらしいことではありませんか。わたしは、地球がどんなに崩壊し、そうして人間などが、どんな風に死んでいくか、ゆっくり見物しようと思っていますよ」
と、その人は、口のあたりに微笑さえ浮かべて、そう言うのであった。
47[#「47」は縦中横] ピート大尉
怪人丸木は、甲州の山中で、しきりに火星兵団を指揮していた。
彼は、日本上陸兵団の指揮者であるとともに、地球遠征軍の隊長でもあった。だから、世界中から兵団のことや何かについて、知らせが集って来た。
「わが火星兵団は、たいへん優勢であります。この分ではモロー彗星に衝突する日までに、地球をすっかり占領してしまうことが出来ると思います」
と、丸木は火星に向けて放送をした。彼はもう地球を、すっかり自分の手におさめてしまったつもりでいる。
「マルキ総兵団長!」
と、アメリカ上陸兵団から、電話がかかって来る。
「どうしたのかね」
「ただ今、当地からロケットが一台飛出しました」
「ふん、それは人間が乗っているロケットかね」
「そうであります。アメリカ一流の飛行士ピート大尉が乗りこんでいるのです。そのロケットは、火星に向けてとんでいるものと思われますが、すでにもう成層圏を通り越して、ぐんぐんとまっくらな宇宙に光の尾を引いて走っていきます」
「そうか。では、こっちからも見えるじゃろう。よろしい」
丸木は電話を切ると、火星の宇宙艇の中にはいって、ラジオの箱のようなものの前に腰をかけた。
その機械には、たくさんの目盛盤《めもりばん》がついていたが、丸木はそれを器用な手つきでまわした。そのうちに、ぱっと緑色の電灯が光り出したと思うと、とたんにそのラジオの箱のようなものの真中に、映画のようなものがうつり出した。その中には一台のロケットの姿があった。丸木は言った。
「ふふん、こんなロケットなら一ひねりで片附くわ」
怪人丸木は、箱の中に映っているロケットを睨んでいる。そのロケットは、アメリカのピート大尉の乗っているものであった。
「おい、宇宙艇司令所!」
と、丸木は電話を、別のところへかけた。
「はい、宇宙艇司令所です」
返事があった。
「すぐ一隻を、宇宙へ飛ばすのだ。そうして、ピート大尉のロケットを追撃するのだ。そのロケットの位置は……」
と、怪人丸木は、訳のわからぬ符号をしゃべって、ロケットの位置を知らせ、
「すぐ、そのピート機をやっつけてしまえ!」
火星へ飛ぶロケットを撃落《うちおと》せという命令である。もしもこのまま火星へ着かせたなら、それは丸木の手落ということになるのであった。だから、そういう人間のロケットは、すぐにやっつけてしまわねばならない。
怪人丸木の命令一下、間もなく真暗な宇宙において、すさまじい惨劇が起った。ピート大尉のロケットが、白いガスを吐きながら、真一文字に、ぐんぐんと進んでいくところは、まことに勇ましいものがあったが、そのうち、後から、異様な形をした大きな宇宙艇が現れた。それはもちろん火星兵団の宇宙艇であった。
火星兵団の宇宙艇は、前と後とに、大きな魚の目のような窓がまぶしく光っており、艇全体が、薄桃色の光の霧のようなものでおおわれていた。形から言っても、ピート大尉のロケットを金魚ぐらいにたとえると、火星兵団の宇宙艇は、一メートル以上もある大きな鯉のようで、とても、くらべものにならなかった。宇宙艇はどんどんロケットに追いせまり、やがて、
「あっ!」
という間に、ピート大尉の乗ったロケットは、氷の塊が熱した鉄板の上に置かれた時のように、外がわからどろどろととけ出した。
どろどろととけ出したロケット!
全く不思議な光景だった。
ピート大尉の乗ったロケットは、見る見るうちに、空間から消えてしまった。
ロケットのあとをここまで追いかけた火星の宇宙艇は、任務を果したので、うしろへもどりながら、マルキ総兵団長のところへ電話で報告をして来た。
「ピート大尉のロケットは、完全にとけ終りたり」
怪人丸木は、それを聞いて、
「ふん、そうか。それで一先ず片づいた。火星まで行かれてたまるものか」
と、安心した。
しかし、安心はまだ早かった。
ピート大尉が火星兵団の宇宙艇にやられてしまったことが、まだ人間の世界には知れていないと見え、同じアメリカのところどころから、別のロケットが、火星の方に向いて出発した。その数は五箇であった。
怪人丸木のところへ、この報告がとびこむと、彼はまたそのロケットの追撃を命じた。そうしてロケットは、いずれもピート大尉の時と同じく、不思議にも、どろどろとけてしまって宇宙から消えて行った。
「ほう、そうか。今度もまた片づいたか。あと、ゆだんがならないから、見かけたら、すぐ追いかけて、人間の乗っているロケットをとかしてしまえ」
怪人丸木は、そう言って、部下にしかと言いつけた。
こうして、ロケットは、いくつとなく、火星兵団のために怪しい最期をとげてしまった。
地球の人々にも、ロケットの最期のことがだんだん知れて来た。そうしてついに、宇宙へとび出すことが、たいへんあぶない状態にあることがわかった。
48[#「48」は縦中横] なさけの先生
さて、ある朝のことであった。
怪人丸木は、まだ宇宙艇内の寝室の中で、しずかにねむっていた。
火星人は、一体どうしてねむるのか、たぶん、人間はそれをよく知らないであろう。
怪人丸木は、寝室の二重戸を下すと、大きな一つの袋の中にはいる。それは、蚊帳《かや》のように四角になっていた。だが、空気は、もれないような仕掛であった。
その袋のすそにポンプがあった。
そのポンプを動かすと、袋の中の空気がどんどん出ていく。そうして圧力が低くなる。圧力計の指針がぐっと左に動いて、赤いしるしのついているところまで来ると、そこでポンプは、しぜんにとまるのであった。
それまで怪人丸木は、ぼんやりと立っていたが、ポンプがとまると、彼は急に元気になる。
彼はまず例の長いマントを、するりとぬぐ。マントの下は例の通り、太いドラム缶の胴に、西瓜《すいか》のような頭がのっており、手や足と来たら、針金の少し太いやつを組立てて作ったような、妙に細いものであった。
彼は、手を上にのばして、まず大きな頭をすっぽりとぬぎ、下におく。
これがすむと、胴中《どうなか》に手をかけて、こそこそやっていたかと思うと、そのドラム缶のような胴が、真中から、たてに二つにわれる。
すると中から、赤黒い異様な生物が、大きな目をぎょろりと光らせて、はい出して来る。まるでたこのようなかっこうだ。頭の下には、胴がほとんどなくて、たくさんの根のようなと言うか、触手《しょくしゅ》のようなと言うか、へんにぐにゃぐにゃした触手が生えている。
彼はそのぐにゃぐにゃした触手を、袋の底にいっぱいに広げる。その時頭は、もちろん敷物の上においたフットボールの球のような有様だ。そこで彼は目をあいたまま、ねむりはじめるのだった。そうして、今も彼はよく眠っているのである。
怪人丸木は、蚊帳のような形をした減圧箱《げんあつばこ》の中に、だらしなく眠っている。――
朝日が、天井窓からさしこんで来た。何の音も聞えない。静かな朝であった。人間たちの、さわぎをよそに、丸木はすっかりいい気持で眠っているのだ。
するとその時、天井からさしこんで来た光が動いた。
朝日の光が動いたのではない。光の中に、別の人がはいって来たのである。
影法師の人間が、減圧箱の上に影をなげかけた。大きな頭がうつった。その頭には、不思議にも鬼の角のようなものが生えていた。
鬼か?
鬼でもなさそうだ。角は、二本よりも、もっとたくさんあった。そうして束ねた髪の毛のように、ぶらんぶらんゆれていた。
やがて一本の梯子が、上から下りて来た。そうして床の上についた。
その梯子を、つたわって、下りて来る者があった。さっき影を見せていた、あの鬼のような人物だった。
黒いマントを着ていたが、下に下立《おりた》ったところを見ると、それは外でもない千二少年であった。
ああ、千二少年!
千二は、今までどこにいたのであろう? 今、千二はただ一人で下りて来た。だが、かわったすがたをしている。黒マントはまだいいとして、たいへんかわっているのは彼の頭部であった。
角が生えているのかと思ったが、そうではなかった。千二は、妙なかぶとのようなものを、頭にかぶっているのだ。そのかぶとのようなものは、きっちり千二の頭にはまっていたが、そのかぶとの上には、あちらこちら螺旋《らせん》のようなものがぶらさがっていて、千二が歩く度にゆれた。
とつぜん、あらわれた千二少年!
妙な形のかぶとのようなものを、かぶっている千二少年!
その千二は、少し様子がおかしかった。目と言えば、うすく半分だけあいている。歩くかっこうと言えば、頭の方が先に出る。操り人形みたいである。
その千二少年は、よろよろとよろめきながら、怪人丸木の眠る減圧箱のそばによった。
「ねえ、隊長。もう起きる時間ですよ」
と、千二は火星語ですらすらと言った。
丸木は、それが聞えないのか、まだ、眠っている。
千二は、もう一度同じような調子で言った。
すると、眠っていた丸木は、ぶるぶると長い手足をふるわせた。と思うと間もなく、丸木は大きな頭を持ち上げて、ぐらぐらとふった。それは、まるで猫がひる寝から目がさめて、背のびをする時のかっこうに、よく似ていた。
「おお、もうそんな時間か」
丸木はそう叫ぶより早く、体をぐっとちぢめると、床の上を目にもとまらぬ早さで這出した。そうして、あっと思う間もなく、かたわらにおいてあったドラム缶のような、胴の中にとびこんだ。胴はたちまち左右から寄って、ぱちんと、しまってしまった。
すると、胴中に生えていた手足が、急に勢いよく、ばたばた動き出した。そうして、かたわらにおいてあった首の方へ手をのばすと、それをひょいと肩にのせたのであった。――とたんに、完全な丸木氏が出来あがってしまった。
不思議な丸木の朝の日課であった。
千二少年は、少しも驚く様子がなく、そばにじっと立っていた。
不思議な日課を終えた丸木は、減圧箱の中から出て来た。
そこで彼は、減圧箱を足でぽんと蹴った。
すると減圧箱は、ゴム風船がちぢむ時のように見る見る小さくなった。そうして誰もさわらないのに、ポストぐらいの大きさのものになると、ことことと音を立て、ひとりで部屋のすみのところへいった。そこでは、どうしたわけか、かたりと音がして、その折りたたまれた減圧箱を、部屋の隅に、動かないようにくくりつけてしまったのであった。――火星人が持って来た宇宙艇には、このような不思議な働きをするものが、いくつもあった。
「おう、千二。きょうはきげんはどうかね」
丸木はそう言って、千二のそばへ寄って来た。
「はい、上きげんであります」
千二は、あざやかな火星語でそう答えた。
丸木は、手足をばたばたと動かした。それは、うれしいという気持をあらわしているのだった。
火星人は植物だから情心《なさけごころ》などはなかった。しかし丸木は、火星人の中でもすぐれた人物だったので、このごろ情心というものを自分の心にも植えてみようと思った。丸木はそのために、千二を使っているのであった。
千二少年は、あれからずっと丸木のため、きびしく監禁されていたが、少年は一度は大きな悲しみに沈み、その後あきらめたのか、ほがらかになった。とにかく、このいつわりのない少年の心が、怪人丸木を、たいへん動かしたものらしい。
(自分も、この少年のように、情心を持ちたいものだ!)
そう思った丸木は、それから後、いつも千二少年をそばにおいて、少年の悲しみや、笑いや、それからいきどおりや、かわいがることなどを手本にして、自分もそのような感情を湧かそうと、つとめたのだっ
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