ばかりつつ、マイクに口をよせて、宇宙電話で佐々によびかけたのであった。
 蟻田博士は、この宇宙電話機をうまく合わせておいたものらしく、
「はいはい。佐々刑事は、ここにこうして聞いているが、私をよぶ君は、全体何者かね」
 と、まぎれもなく佐々の声で返事をして来たのである。
「あっ、しめた!」
 と、先生は喜びのあまり、今にもおどり出しそうである。
「おお、佐々さん。私の声が火星へ聞えたのですね。私は新田ですよ。おわかりですか。新田です」
「おう、新田先生か。やあ、いいところで返事をしてくれた。ああ、なつかしいねえ」
 と、佐々刑事は、うわずった声で、喜びをぶちまけた。
 さあ聞え出した。宇宙電話だ!
 新田先生は、うれしさのあまり、急に胸がどきどきして来た。
「ああ、うれしいです、佐々さん。あいさつはぬきにして、今ほろびんとする地球のために、必要なことだけを話し合うことにして下さい」
 先生は、ねっしんに呼びかけた。
「ああ、わかった、わかった。僕はさっきもこの宇宙電話で放送したんだが、火星人は、ゆだんが出来ないやつだよ」
「そのことですが、私は一つの推理を立てました。火星人というのは、植物の進化したやつで、動物のような情心を知らないです。だから生まれつき、たいへん残酷なんです。どうですか、その通りでしょう」
 と、先生が言えば、佐々は非常におどろいて、
「えっ、そうかね。火星人は、植物の進化したやつで、情知らずか。なるほど、そう言えば、いろいろ思いあたることがあるよ。この火星では道ばたなどで、仲間同志が殺し合うことを、平気でやっているよ。全くものすごいところだ」
 と、たいへんなことを言う。
「先をいそぎますよ。それについて佐々さん、火星人は、まだたくさん地球に攻めて来るのでしょうか」
 先生は、しんぱいなことをたずねた。
「そうとも、そうとも。火星兵団は、たいへんな人数だ。甲州の山奥で見た火星兵団なんか、ほんの一部分だ。兵団にいる兵士の総数はたいへんだ。何十億何百億人だ。何しろ火星人の子供は、一度にずいぶんたくさん生まれるのだ。子供のふえ方では、とても人間なんか、かなわないね。だから人間軍とたたかって負けるようなことはないと、火星兵団の連中は言っているよ」
 佐々刑事の言葉は、聞けば聞くほど恐しい意味を伝えて来るのであった。
 火星にいる佐々刑事と蟻田博士の地下室にいる新田先生とが交す宇宙電話は、なおも続いた。
「もしもし新田先生、聞いているかね」
「聞いていますよ、佐々さん。――で、どうなんですか、火星人の考えは? 我々地球の人間をどうするつもりなんでしょうか」
「それは、さっきもちょっと言ったが、地球の人間をひっぱって来て、飼って利用しようと思っているんだ。ちょうど、人間が豚や鶏を飼っているように、火星人は、人間を飼って、自分たちの勝手なことに使おうとしているのだ。そうなれば、地球人類の降服だ。火星人の奴隷になることだ。いや、奴隷以上のはずかしめを受けることになるだろう。だから、火星兵団に対しては、一歩もゆずってはいけない。彼等が、人間をすくってくれると思っていては大まちがいだ」
 佐々刑事の言葉は烈しい。
「でも、困ったですなあ。モロー彗星には衝突されるし、火星人にすくわれれば奴隷になるし、それじゃ地球の人間は助からない」
 と、新田先生は、ほんとうに困ってしまった。
「だから、だんぜん、火星兵団と戦うんだ」
「戦っても、どっちみち人間は助からないではないですか」
「助かるか助からないか、とにかくやってみなければわからない。戦ってたおれれば、もともとだ。もうだめだからと言って、負けるつもりになっていることがいけないんだ。せめて日本人は、建国精神によって、はなばなしく戦ってもらいたいなあ。火星兵団に降参してしまったなどという、ふがいない歴史なんか、残してもらいたくない」
 佐々刑事は、火星の上に、ただひとりがんばって、はるかに地球の人々を励ましたのであった。


   46[#「46」は縦中横] 彗星対策《すいせいたいさく》


 三月の十何日ごろから、肉眼でもモロー彗星が見えるようになった。
 モロー彗星の位置は、南東の地平線に近い空であった。太陽が西に沈んで、あたりがほのかに暗くなると、うっすり[#「うっすり」はママ]と青白い光の尾をひいたこの妖星は、急にかがやき始める。
 日が暮れかかると、誰も彼も言い合わせたように南東の空に首を向けた。家々の窓には家族中の顔がならび、道行く人は立ちどまり、あっちに一かたまり、こっちに一かたまりと、不安な面をそろえる。
 モロー彗星は、そういう地球の上の騒ぎを知ってか知らないでか、絵にかいたようにしずかに、低い空にかかっているのであった。無言の威圧だ。
「あれが、モロー彗星ですか」
「そうですよ。今にあれがどんどん大きくなって、月よりも大きくなるそうです」
「もしもし、月よりも大きくなるどころじゃありませんよ。彗星は自分で光っているんですから、太陽よりも明かるくなりますよ」
「ほんとうですか。あれは自分で光っているんですか」
「そうですとも。今に空いっぱいに彗星がひろがりますよ」
「ええっ、何ですって」
「つまり、空というものが見えなくなってしまうのです」
「えっ、よくわかりませんなあ」
「さあ、どう言ったらいいか。つまりですな、空が見えなくなって、その代り彗星の表面ばかりが見えるようになるでしょう。その時は、他の星は全く見えなくなりますよ」
「へええ、驚きましたなあ。太陽も月も見えなくなるのですか」
「そうですとも。太陽も月も、地球から言うと、モロー彗星の向こう側になってしまうのですからねえ」
 俄か天文学者が急にふえた。
 モロー彗星が肉眼で見え出すと、騒ぎは、いよいよ大きくなった。
『モロー彗星対策相談所』とか、『延寿相談所』などという珍妙な看板が、どこの都会にも、十や十五はあらわれた。
 人々の中に、何とかしてこの際、自分たちの命を全うしたいものと思い、この珍妙な看板をかけた家の門をくぐる者が少くなかった。いや、少くないどころか、その門前は、順番を待つ人々で、長い列を作っていた。
「さあ、お次は九十番、九十番のお方!」
 と、受附の男が呼ばわると、待っていた人は番号札をにぎって、その延寿相談所長室へはいって行くのであった。
「まず、相談料をいただきます。相談料は先払で百円です」
「百円? 高いですね」
「高いと思えばおよしなさい。何しろここで、あなたの家の御家族の命が助かるか、助からないかという場合ですからな。別に私どもは、こんなことでお金をもうけようとは思わないのです。ただ、この通りたくさんのお客さんに押寄せられ、門や家がこわれそうなので、その混雑を防ぐために、少しばかり高いお金を支払ってもらって、入場整理をやっているのです。気に入らなければおよしなさい。ただし、命のせとぎわですからな」
 と、へんなことを言って、困っている人を困らせたり、おどかしたり。
 それで客は、せっかく決心をしてここまで来たのでもあるし、百円はちょっとこたえるが、それで命が助かるなら、まあ安いものだと思ってその金を支払い、さて、モロー彗星の害からのがれる方法は? と相談所長にうかがいを立てると、
「それはいい方法があります。しかし、決して、ほかの人に洩らしてはいけませんよ。つまり鉱山――銅や石炭やそういう鉱物の出る山の坑道の、奥深く逃げこんでいるのです」
「鉱山の坑道にはいっておれば、かならず助かりますでしょうか」
 と、客はふに落ちない顔である。
「そりゃもう、たしかにうまく行きますよ」
 と、モロー彗星対策延寿相談所長は、大きくうなずいた。
「モロー彗星が、地球に衝突した時を考えてごらんなさい。地上なんかにおられやしませんよ。彗星が衝突したとたんに、地上は、一せいに火事になってしまいますよ。とても熱くて、おられるものではありません。おまけに彗星は地球をこわして行きますよ。ビルヂングであろうが、岡であろうが、山であろうが、ぶっかいて行きますよ。その時人間が地上におれば、一しょに持って行かれますよ。だから、今お教えしたように、坑道の底におれば、助かるわけです。つまり地球が一皮むけたくらいでは、坑道の底におれば、まず大丈夫ですからね。どうです、たしかな方法でしょう」
 と、相談所長はとくいである。
「なるほど、なるほど」と、客は感心してうなずいたが、
「しかし所長さん、地球が粉々にこわれるだろうという話ですが、その時は、坑道の底にいても地表にいても、やられることは同じことでしょう」
「いや、同じではありません。地表にいる人間がやられる時、坑道の底にいる人間は、まだ生きています」
「しかし、遅かれ早かれ、坑道の底にいても、やられるではありませんか」
「それは仕方がありませんよ。少しでも、いのちが長くのびれば、それでいいとしなければならんですぞ。まず五、六分は長くのびます。あまりよくばりなさるな」
 客は、あっけにとられた。百円は、ただどりをされたようなものだ。
 また別の相談所では、海中へ逃げる方法を売っていた。それは……。
「海へ逃げこむのが一ばんよろしゅうございますよ」
 と、別の相談所長は言うのであった。
「つまり、陸は安心がならないのです。陸はモロー彗星につきあたられると粉々に飛散ってしまうし、地上は、大地震の起ったように大ゆれにゆれるから、人間はつぶされてしまいますよ。そこへいくと、海の中にはいっておれば、ずっと安全ですな。どうです、おわかりかな」
 その相談所長は、そう言って鼻をうごめかすのであった。
「どうもわかりませんが、先を話して下さい。海の中に逃げこむと言っても、どうすればいいのですか」
 と、客は不思議がる。
「つまりその、潜水艦に乗っているのです。陸はいくらぐらぐらしようと、また海上にどんなに波が立とうと、海の中は、あんがい静かです。たとえぐらぐらしても、潜水艦なら、どんなにゆれても大丈夫です。上と下とがあべこべになっても、心配はありません。だから命が助かりたいと思ったら、ぜひ潜水艦の中へ、ひなんをなさるのですな」
「なるほど、潜水艦はなかなかいい思いつきですなあ」
 と、客は言ったが、
「しかし、わたしたちを乗せてくれる潜水艦は、どこにいますかねえ」
 と、たずねた。すると相談所長は、
「さあ、そこまでは知りませんよ。手前のところでは、命をのばす御相談にあずかるだけで、あなたを乗せてくれる潜水艦がどこにいるか、そんなことまで世話をやくわけにはいきませんよ」
 と、つっ放すように言った。
 人々が難儀をしている時に、ろくでもないことを言って金もうけをしようという、けしからん者がたくさん出て来た。
 モロー彗星の光は日とともにつよくなり、そうしてますます大きくなっていった。
 地球の人類の不安は、モロー彗星の大きさとともに増していった。町には気が狂った人が、だんだん人数を増していった。
 しかし、一部の人間はおちついていた。すっかり覚悟をきめてしまったのであろうと思われるが、いつものように平然として仕事をつづけていた。
 その人たちが言っている話を、横あいから聞いてみると、こんな風であった。
「どうです、モロー彗星も、だいぶん大きく見えるようになりましたね」
「そうですねえ。あなたは、どちらへ御ひなんなさいますか」
「いいえ、べつにひなんはいたしません。このままにしています」
「ははあ、どうして、ひなんなさらないのですか」
「いや、さわいでも、どうなることでもないのです。何しろ相手は彗星ですからねえ。我々に、彗星を動かす力があればともかくもですが、そんな力はないのですから、後はもう自然の成行にまかせておくよりほか仕方がありません」
「たいへんおちついておいでですね。しかし、死ぬことはおいやでしょう」
「べつにいやとも思いません。いやだと思っても、どうなることでもないのですから。それよりも、わたしは、たいへん楽しいことに思っています。つまり、地球は生まれてから八十
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