あ、かわいそうに……」
「その時、わしは、森の中の一本の木の上にのぼって見ていたのだが、あまりかわいそうなので、何とかして、せめて子供だけでも助けてやりたいと思い、いろいろと助けてやる方法を考えたのじゃが、どうも、なかなかいい智慧が出ない。ところが、そのうち、ふと、思いついたことがあった」
「何です、その思いつかれたことは?」
「それはほかでもない、わしが持っていた長さ五十メートルの長い巻尺《まきじゃく》じゃ」
「巻尺? あのぐるぐるまいて、ケースにはいっているあの巻尺のことですか」
「そうじゃ、その巻尺じゃ。わしが火星へ持って行ったやつは特別につくらせたもので、丈夫な鋼鉄で出来ている。わしは、その巻尺の一端に、わしが護身用に持っていた猟銃をゆわいつけると、木の上から、やっと掛声をして、十メートルばかり離れた牢へなげこんだのじゃ」
「あはははは」
と、新田先生は笑い出した。
「なぜ、お前は笑うのか」
「博士、ほら話はいけませんね。いくら博士がその時お若かったにしろ、そんな重いものを、十メートルも離れた遠いところへ、やすやすと投げられるものですか」
「お前こそ、何をたわけたことをいう。火星の上では、物の重さが約三分の一に減ることを、お前は知らないのか」
「火星の上では、物が軽くなる? なるほどそうでしたねえ。うっかりしていました」
新田先生は、頭をかき、
「博士は、巻尺のさきに銃をつけ、牢の天井から投げこまれ、それからどうしたのですか」
博士は、口をもぐもぐさせながら、
「うふふん。わしの計画は、うまく行ったのだよ。投げこんだ巻尺を、今度は手もとへたぐって、引上げてみると銃身に二つの青黒い塊がついていた。それは火星人の――いや、女王ラーラの子供だった。つまりここにいるロロとルルが、その時に巻尺を力にして、おそろしい寄生藻の牢獄をぬけ出た幸運な女王の遺児たちなのだ」
「な、なるほど。それはいいことをなさいました」
「わしが、ロロとルルとを引上げた時は、二人とも、頭から足まで寄生藻をかぶって真青だった。そのままでは、どんどん体がまいるから、わしは二人をかついで急いで木の上から下りると、二人を連れて、さらに森の中深く分入り、川の流れをさがして歩いた。小川が見つかった。わしはさっそく二人を流れにつけ、ごしごしと洗ってやったよ」
「そうでしたか。二人はよくも助かったものですね」
「ロロは割合に元気だったが、ルルの方はだいぶん弱っていた。その時は、かなりひどく寄生藻にやられていたのだ。でも、わしは出来るだけの手をつくした。その結果、ともかくも二人の体を、すっかり元のように、なおしてやった。わしは火星人に二人をうばいかえされることをおそれ、わしの宇宙艇の一室に二人をかくして、外へ出さなかったのだ。――こうして、ロロとルルの二人を、この地球へ連れて来ることが出来たのだ」
と、蟻田博士は、深いため息とともに、不思議な話を語り終ったのだった。
44[#「44」は縦中横] 時おそし
火星人ロロとルルとを助けた蟻田博士の話は、新田先生をたいへん感心させた。博士を、つめたい心の持主だとばかり思っていたのに、これをみると、なかなかやさしい心がけであった。
「ねえ、博士。博士は、火星人ロロやルルにたいして、そんなにしんせつならば、人間にたいしてももっと思いやりを持って下さってもいいではありませんか。やがて四月四日、モロー彗星に衝突されて、むなしく死んでしまわねばならぬ地球人類にたいして、危難をまぬかれる何かいい方法を考えて下さいませんか」
「人間は大きらいじゃ」
と、老博士は、にがにがしく言って、
「それに、もうすでに時おそしじゃ。何をやっても、もう間に合わないだろうよ」
「そこを、何とかならないものでしょうか。何千年・何万年という輝かしいわが人類の歴史を考えると、このまま人類を絶滅させるには、しのびないではありませんか」
「人間たちの心がけがよくないから、そんなことになるのだよ。今ごろになって言っても、もう始らないが、わしは三十年このかた、地球人類に警告をして来たのだ。近ごろになっても、あの『火星兵団』についての警告放送をやったりしたが、誰も本気になって、それを聞かないのだ。対策を考えようとしないのだ。万事、もうおそいよ。自業自得だ」
と、博士はあいかわらず人間たちにたいして、ひややかな言葉をはいた。
(そうでもあろうが、ここで何とかして、博士の心に、人類愛・同胞愛を起させなければならない)
と、新田先生は自分の心を自分でむち打った。
「すると博士はどうされるのですか。四月四日の前に、ロロとルルを連れて、火星へお帰りになるのですか」
「何をばかなことを! 火星へ行くのは、ロロとルルを処刑場へ連れて行くようなものだ」
(火星なんぞへ行くものか!)
と、蟻田博士は、はっきり言った。
「じゃ博士は、どこへ行かれるのですか。まさか四月四日に、この地球の上にとどまっていて、地球人類と共に死滅せられるわけではないでしょう」
と、新田先生はつっこんだ。
「ふん、わしの心はきまっている。しかしそれをお前に話をするわけにはいかん」
「なぜ、話して下さらないのですか」
新田先生は不満であった。
「わしは、そのような大切な計画を、誰にも知られたり、じゃまされたりしたくないのだ。何しろ、四月四日の大危難を切りぬけるのは、なまやさしいことではないからのう」
博士はため息をついた。
蟻田博士にとっても、モロー彗星の衝突事件は、たいへん困ったことらしい。新田先生は、これ以上博士をときふせることが出来なくなって、口をつぐんで、少しうつ向いた。
「ほう、ほう、ほう」
博士は、奇妙な笑い声を立てた。
「何だ、お前はいやにしょげてしまったじゃないか。若い者のくせに、そんなことでどうなるのか」
「ですが、博士。博士のお言葉は、私から元気をうばい取ってしまいます」
「誰でも、最後まで勇気が必要だ。わしを見ろ。この通りの老人だが、どんな時にも、勇気をうしなわないで、たたかって来た。――そうだ、お前にいいものを見せてやろう。こっちへお出で」
博士は、新田先生を手招きすると、立上って、暗くてせまい地下のわれ目を奥のほうへと、はいって行った。
(何を見せてくれるのだろう?)
新田先生は、好奇心にかられながら博士のあとを追った。
しばらく行くと、急に地下道がひろびろとして、りっぱな廊下や階段があらわれたのには、先生はびっくりした。
(何を見せてくれるのだろうか!)
と新田先生は、蟻田博士のうしろについて、不思議な長い地下道を、どこまでも下りて行った。
(全く不思議だ。こんなりっぱな地下道があるとは……)
地上は、地震で見るかげもなく、くずれてしまったのに、地下はこの通りちゃんとしているのである。地震の害は、地上の方がひどく、地下は割合に害を受けないと聞いていたが、新田先生は今それを、この地下道において、この目で見て、はっきり知ることが出来た。
それにしても、博士はいつの間にこのようなりっぱな地下道を作ったものであろうか。先生は、底知れない博士の力に、あきれる外なかった。
「この部屋にあるのだ。さあ、わしについて、はいって来い」
博士は、一つの部屋の扉をあけると、中へはいって行った。電灯がぱっとついた。
先生は、どんなものが、ならんでいる部屋であろうかと、中へはいって、あたりを見まわした。
その部屋はたいへん広かった。そうしてわけのわからぬいろいろな機械がぎっしりならんでいた。町の工場の機械室でも、これほど機械や工具のととのった部屋はあるまいと思われた。
その部屋で、先生が一番おどろいたのは、奥まった正面に、形は魚雷のお尻に似て、非常に大きいものが、壁の中から、にゅっと出ていることであった。そのかっこうは、まるで、大きな魚雷を壁に打ちこんだようだ――とでも言おうか。
博士は、つかつかと、その魚雷のお尻のようなもののそばによると、その下にしゃがんで、しきりに金属音を立てていたが、やがて先生に、
「さあ、こっちへ来い。頭を打たないように気をつけて、ここからはいって来い」
と言った。先生は、腰をひくくして、そこをのぞき込んだが、あっとおどろいた。
形は魚雷のお尻のようであるが、大きさはとても魚雷どころの騒ぎではない。大きな舵器のように見えるが、その隣にぱっくりあいている穴には、上からはしごが下っている。
蟻田博士は、そのはしごを上って、中にはいってしまった。新田先生はおどろいたが、博士におくれないようにと、はしごを上っていった。
「おお、これは……」
新田先生は、又もおどろきの声をあげた。
それもそのはず、博士についてはいりこんだ魚雷のお尻みたいなものの中は、たいへんに広いのであった。
室内は、どこのかべも安楽椅子の背中のようにじょうぶにされ、ゆびでおしてみると、中には強い「ばね」がはいっていた。つまりかべ全体が――いや、かべだけではなく、天井もとびらも――安楽椅子の背中のようにつくられてあった。それから、やたらに電車のつり皮みたいなものがぶらさがっていた。それもかべだけではなく、天井にもついているし、床にもそれがついているのだった。
床についているつり皮! 新田先生は、こんなところにつり皮がついているなんて、じつにへんだとその時は思った。だが、それにはわけがあったのである。いずれ後にわかるが、この魚雷のお尻のようなものが、一体何であるかがわかると、何もわかってしまうのだ。
「おい、新田。何をしとる。早く来ないと見えなくなるぞ」
蟻田博士が呼ぶので先生は気がついてふりかえると、いつの間にか博士は、おくの壁についている丸窓のような形のとびらをあけ、もう一つおくの部屋にはいって、先生をさしまねいているのであった。はたしてそのおくの部屋には、何があったであろうか?
(早くしないと、もう見えなくなるぞ)
と、蟻田博士は、奥の部屋から新田先生をよぶ。一体何が見えるというのであろうかと、先生は、丸窓のような形をした入口をくぐって、博士のそばへ近よった。
室内は暗かった。暗室なのだ。
ただ、標示灯のあかりが、ぼんやりと機械の一部を照らしていた。それはのぞき眼鏡のようなものであった。博士の手が、そのあかりの中にあらわれて、のぞき眼鏡のようなものを指す。
「おい、新田。この中をのぞいて見ろ」
蟻田博士の声だ。姿は見えないが、声だけ聞える。うすきみがわるい。
先生は、博士の手が指さすのぞき眼鏡のようなものに、目を近づけた。
「右の横につまみがある。それを廻して、焦点を合わせるのだ」
先生は、そののぞき眼鏡の奥に、何だか、ななめになった光り物をみとめた。しかしそれは何であるかわからないので、右手の指でつまみをさぐって廻してみた。
すると、その光り物はだんだんはっきりして来た。
「ほう、これは彗星だ!」
と、先生は思わず、おどろきを声に出してさけんだ。
「そうだとも、もちろん彗星だ」
「すると、この彗星はもしや……」
「もしやも何もない。それがモロー彗星なのだ。おどろくべき快速度をもって、刻々地球に近づきつつあるモロー彗星なのだ」
博士の声が、くら闇のかべにあたってひびいた。
ああ、モロー彗星!
これが、モロー彗星であったか。地球人類、いや地球上の全生物のいのちをうばっていこうとする魔の彗星はこれであるか! 新田先生は、真暗な空に異様なすがたを見せているこの彗星を、食いいるように見つめている。
「どうして、こんな地底からモロー彗星が見えるのでしょう。博士、これは、どうしたわけですか」
新田先生は、博士にたずねた。
「よけいなことは聞かないがいい。それよりも、モロー彗星をよく見ておくがいい。間もなく、雲にさえぎられて見えなくなってしまうから……」
博士は言った。
新田先生は、博士に叱られながらも、地底から見えるこの望遠鏡の不思議について考えた。空が見えるからには、この望遠鏡のあたまは空へ向けて出ていなければならない。
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