と土のくずれる音とともに、そのまま下へすべりおちていった。
 やがて、先生の体は、下にとまった。とたんに上から土や石ころが、ばらばらとおちて来て、先生の目といわず口といわず、さかんに飛込んで来た。
「ああっ――」
 先生は、いきぐるしくなって、土や石ころをかきわけて立上った。が、頭をしたたかに打たれたので、先生はしばらく、ぼうっとしていた。
 ひゅう、ひゅう、ひゅう。
 ぷく、ぷく、ぷく、ぷく。
 先生が、気がついた時、そういうあやしい叫び声が、すぐ間近に聞えた。

 先生が、気がついてみると、その前には、丈夫な檻《おり》があった。
 檻の中には、不思議な生物がいた。それは犬ぐらいの大きさであったが、犬ではなく、形は、たこによく似ていた。――大きな頭に、ぎろぎろと動く大きな目玉、それから、胴中がほんのちょっぽりしかついていなくて、すぐ手足みたいなものが生えている。
「あっ、まだ生きていたな。この前、穴からのぞいた時に、下にうごめいていた怪物は、こいつらだ!」
 先生は、急には言うことをきかぬ体を、むりやりに動かして、檻からすこし後に下った。
 ひゅう、ひゅう、ひゅう。
 ぷく、ぷく、ぷく、ぷく。
 怪物は、二匹であった。その二匹の怪物が、檻の中から、しきりに、新田先生のかおをながめつつ口をとがらせて、何か叫んでいるのだ。
 先生は、はじめびっくりした。それは、あまりに気味のわるい怪物のそばへ、近よっていたからである。
 ところが、怪物は、檻の中で吠えたてているが、べつに先生に飛びかかろうという風ではなく、どうやら何か訴えているようだ。
 そこで、新田先生は、変話機があったことを思い出して、こころみにそれを耳にかけてみた。すると、はたして、
「もしもし、私たちを助けて下さい」
 と、はっきりした日本語が、変話機を通じて聞えたのであった。
「おお、こいつらも、火星語をはなすぞ。すると、やはり火星人なのかな」
 先生は、もう恐しさも何も忘れて、変話機のたいした力と、目の前にかわった姿をさらしている地底の怪物とに、たいへん心をひかれた。
「どうか、我々のために、力を貸して下さい。蟻田博士を見ませんでしたか」
 と、かの怪物は、先生になれなれしく話しかけるのであった。


   41[#「41」は縦中横] 謎! 謎!


「不思議な生物だ!」
 と、新田先生はつぶやいた。
 博士邸跡の地底にひそんでいるその檻の中の動物は、大きな、たこのようなかたちをしていて、火星語を話す。
(火星語を話すからには、火星にいるもののようであるが、しかし火星人とは、形がちがうようだ)
 新田先生は、怪人丸木を始め、山梨県の山中で見たたくさんの火星人の、あのいかめしい姿を思い浮かべた。
 丸木たちは、ずっと形が大きい。背も、人間とほとんど同じくらいだ。ところが、檻の中の怪物は、それよりずっと小さい。大体、半分ぐらいの大きさしかない。
 それから、まだ違うところがある。丸木たちは、まるでドラム缶のような、かたい胴をもっているが、それに引きかえ、この地底の怪物は、胴などはあるのかないのか、わからないくらい小さい。
 こう考えて来ると、先生には、この地底の怪物と丸木たちの火星人とは、全く別の生物のように思われて来るのだった。不思議な動物だ。蟻田博士は前からこの怪物を飼っていたらしいが、どうしてこんなものを生けどったのであろう。そうして、また、なぜこんなものを飼っているのだろうか。
 新田先生の頭の中には、いろいろと疑問が泉のように湧いて来て、とめようもなかった。が、先生は、ここで決心をかため、この怪物とよく話をしてみようと思った。
「私でよかったら、助けてあげようが、どうすればいいのかね」
 新田先生は、例の変話機を口にあてて、ものを言ってみた。
 怪物は驚いた。新田先生が、思いがけなく火星語を使ったので……。しかし、それは別に驚くことはない。先生は火星人から分捕った変話機を口にあてて、使ってみただけなのだから。
「ほんとうに、私たちを助けてくれますか」
 怪物は、新田先生の顔を見て、喜びの声をあげた。
 が、急にがっかりした様子で、
「いやいや、だめだ。蟻田博士でないと、私たちの取扱い方がわからない。せっかくだが、あなたでは、だめですよ」
 そう言って、怪物はしおれてしまった。
「何、わけがないじゃないか。私は、この檻を破って君たちを出してあげよう」
 そう言って先生は、そばに落ちていた鉄の棒を拾いあげると、檻の弱そうなところを打とうとした。
「ま、待った、待った」
 と、怪物は叫んだ。
「えっ」
「そんなもので打っては、減圧幕に穴があいて、こわれてしまう。減圧幕に穴があけば、私たちは、一ぺんに死んでしまう」
 と、怪物たちは、声をそろえて、新田先生が鉄の棒をふりおろすのをとめた。
「ええっ、その減圧幕とは、どんなもの?」
 いきなり減圧幕というのが、とび出して来たので、先生は面くらった。
「減圧幕というのは――つまり、私たちの体を、まもってくれているすきとおった幕だ。地球の空気は、たいへん濃いのだ。私たちは地球の空気の中に、そのままはいることは出来ない。強い空気の圧力のため押しつぶされて、小さくなって死んでしまうのだ」
 怪物は自分の体の秘密について、不思議なことを語り出した。先生は、それを聞いているうちに、重大なことに、気がついた。
「じゃあ、君たちの国では、もっと、うすい空気の中で暮しているのだね」
「そうだとも」
「君たちの国というのはどこだ。もしや、君たちの国は火星じゃないのかね」
 と、新田先生は、地底の怪物に尋ねた。
 地球にくらべると、ずっと、うすい空気の中に住んでいるというから、火星ではなかろうかと思ったのだ。
 すると怪物は、
「そうだとも。我々は、火星人なのだ。私はロロという名前だ。そばにいるのはルルだ」
 と、たいへんなことを白状してしまった。
 それを聞いた新田先生の驚きは、非常なものであった。
「ええっ、君たちは火星人か。あの、火星人……」
 と、先生は思わず大きな声で叫んだが、その後で首を左右に振り、
「うそだ、そんなことはうそだ。私は、これまでにたくさんの火星人を見たが、君たちのような、そんなぐにゃぐにゃの体をしてはいないし、またそんなに小さくはない。だから、うそだ」
 と言った。すると怪物は、たいへん不満らしい言葉つきで、
「私たちが火星人でなければ、どこにほんとうの火星人がいるものか。私たちは火星人だ」
「いや、違う。火星人は、大きな強い胴を持っていて、背も我々人間と同じくらいだ。それから、ちゃんと人間と同じような首を持っている。もっともその首は、よくころげ落ちるので、ちょっとへんだが……」
 と、そこまで言うと、先生の話を聞いていた火星人は、急にからからと笑い出した。
「何がおかしい」
「いや、それでわかった。あなたの言うのは、火星兵団の隊員のことだろう」
「君たちは、火星兵団を知っているのかね」
「もちろん知っているよ。しかし、人間なんて、ばかなものだね。私たちと火星兵団の隊員とが、同じ火星人だということに気がつかないのかしら。ほっ、ほっ、ほっ」
「君たちと火星兵団の隊員とは、同じ火星人だって?」
 新田先生は、どうしても信じられないと言う顔で、地底の怪物に問返した。
「ほっ、ほっ、ほっ。まあ文化の低い地球人類には、そのわけがわからないのも無理ではないがね。ほっ、ほっ、ほっ」
 怪物は、檻の中で、からだを奇妙にくねらせて笑うのであった。それは、まるで川岸に生えている蘆《あし》が、風にゆれるようなかっこうであった。
「そのわけを話したまえ。でないと、私は君たちを助けるのを、やめてしまうかも知れないよ」
 と、先生は、わざと怪物をおどした。
「ま、待ってくれ。あなたでも蟻田博士でも、地球人類はすぐに怒り出すから嫌さ」
 と、怪物はぶつぶつ言って、
「じゃあ、そのわけを言うがね。たいしたことではないのだ。さっきも言ったように、私たちが、地球の上でちゃんと生きているのは、この檻の内側に、目には見えないが蟻田博士の発明した減圧幕を張ってあるためだ。ところが、火星兵団の連中は、こんな便利な減圧幕のあることを知らないために、あの大げさな入れ物の中に、はいっているのだ」
「入れ物?」
「そうだ。入れ物だよ。入れ物というのは、ほら、さっきあなたが言ったではないか。たいへんかたい胴! ドラム缶のような胴! あれがその入れ物なんだよ」
「火星人がはいっている入れ物? あのいかめしい胴中《どうなか》に火星人がはいっているのかね。地球の空気があんまり濃すぎるので、あの胴のような入れ物の中に、火星人がはいっているのかね。ほんとうかね。いや、ほんとうらしい。ふうん、それは驚いた。へええっ」
 新田先生は、驚きをかくそうともせず、しきりにため息をついた。
「ふうん、そうか、火星人の体に、そんな秘密があるとは気がつかなかった」
 と、新田先生は、地底にうごめく火星人の話を聞いて、感心のあまりひざを打った。
 そういうことが、ほんとうだとすると、いろいろなことがわかる。小学生たちが生けどった火星人がおしまいに胴中一つになってころげ廻るうち、折から行進して来た戦車にぶつかって、胴中が粉みじんに割れ、その時、中からゴムでこしらえたたこのようなものがころがり出て来たところを、大きな犬がくわえて行った謎のような事件があったが、今、火星人の話を聞いて、あの不思議な謎も、たちまちに、解けてしまう。つまり、火星人を、地球の濃い空気の圧力からまもっていた胴がこわれ、その中にいた火星人は、たちまち空気に押しつけられて、小さくちぢまってしまったのだ。だから、あのように小さな体になってしまったわけだ。
 頭のすぐれた火星人は、人間に近づくためには、そのままの、自分の姿を人間に見せては損だと思い、怪人丸木のように、また山梨県の山中に着陸した火星兵団の兵士たちのように、胴の上に、つくりものの首をつけたり、これもつくりものの手や足をつけたりして、ひたすら人間の形に似るようにつとめていたのであった。
「何という用意のいい火星人だろう」
 と、新田先生は三度感心の声を放った。
「さあ、あなた、感心ばかりしていないで、私たちを早く助けて下さいよ、ねえ」
 と、檻の中の火星人が、先生にさいそくをした。
「おお、そうだ。こうなる上は、善良な君たちを、ぜひ助けてあげたいが、一体蟻田博士は……」
 と言っている時、後で咳ばらいが聞えた。


   42[#「42」は縦中横] 人間ぎらい


「何だ、新田じゃないか。お前はけしからん奴だ」
 と、しわがれた声が、先生の背中の、すぐ後でした。
「あっ、蟻田博士!」
 いつの間に、ここへはいって来たのか、蟻田博士が、先生の後に、ぬっと立っていた。
「博士、どうしてここへ?」
「どうしてここへ? ふん、あたり前だ。ここは、わしの研究所なんだからな。他人のさしずを受けるものか」
 と、博士は相変らず、気みじかで、ずけずけした口をきく。
 その時、新田先生は、久方ぶりに見る博士の姿が、この前見た時とは違い、大へんやつれているのをいたましく思った。すなわち、腰はまがり、顔はさらにやせ、真白の頭髪はぼうぼうとのび、あのかっこうよくかりこんであったあごひげも、のびほうだいにのびて、すり切れた竹箒《たけぼうき》のようになっていた。
(どうしたのだろうか。博士のこのやつれようは?)
 博士は、鼻の頭にずり落ちそうになる眼鏡を押しあげながら、
「おい、新田。今、聞いておれば、お前はここにいるロロと、何か話をしていたじゃないか。お前はいつ、そのような勉強をしたのか、いやさ、どうして火星語を話せるようになったのか」
 博士は、不思議に思っているらしい。
 新田先生は、今はもう仕方がないと思い、変話機を出して、これまでのいきさつを、かいつまんで、博士に報告したのであった。
 博士はうなずきながら、おとなしく、先生の話を聞終った後、
「ふうん、お前にしては、お手柄
前へ 次へ
全64ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング