ろころところげ出したのであった。
 陸橋の下はすべりのいい、アスファルトの斜面の道だった。だから、火星人の胴はその上をころころと坂下の方へころげ、だんだんと勢いが早くなって行った。
「うわあい。火星人待て!」
「火星人じゃないよ、火星人の胴中待て!」
「わっ、胴中め、ころがって行くので、早い早い。そら、もっとヘビーをかけて追いかけなくっちゃ……」
 と、小学生たちは、わなの綱をそこにほうり出すと、火星人の胴中を一生懸命に追いかけて行った。
 胴はゴム毬《まり》のようにはずみながら、坂を一気に下った。その時は、もう大変な勢いだった。大きな砲弾が飛んで行くようであった。
 坂下の十字路!
 そこを火星人の胴が、坂を下りて来た勢いで通り過ぎようとした時、それに交叉する他の道から重戦車が行進して来たので、あっと言う間に、火星人の胴は重戦車に、はね飛ばされてしまった。
 ぐわあん。
 ひどい音がした。重戦車もかなりの勢いで、そこを通過中だったので、火星人の胴は、一たまりもなくこわれて、戦車の下敷になってしまった。
 附近に居合わせた人々は、あまりの突発事件に息をとめて、戦車の下を見まもった。
 戦車は通り過ぎた。
 そのあとには、瓦のように厚い、そうして瓦のかけらのような青黒い破片が、ばらばらとあたりに散らばっていた。そうして、そこにもう一つの不思議なものがころがっていた。
 戦車が火星人の胴中をばらばらにこわしてしまって、その上を通り過ぎたあとに、瓦のような厚みを持ち、そうして瓦のように青黒い破片があたりに飛びちり、そうして、その外にもう一つの不思議なものがころがっていたと言うが、その不思議なものとは、一体何であったろうか。
 それは全くえたいの知れないゴム製のたこのようなものであった。しかし決して、たこではなかった。その色はへんに青く、その大きさは、大きなゆでだこぐらい――つまり、大きな猫か、中ぐらいの犬ほどの大きさしかなかった。
(ああ、何だろう、あそこにころがっているものは?)
 と、そばにいた人々は、不思議に思って、こわごわその方を見つめていると、そこへ一匹の白っぽい大きな犬が飛出して来て、あっと言う間に、その不思議なゴムだこ――とでも言う外言いようがないが、そのゴムだこに、ぐわっとかみつくと、口にくわえたまま、向こうへ走って行った。
「あっ、あの犬を、追いかけろ」
 やっと駈けつけた小学生の一団も、犬が不思議なものをくわえて行くのを見た。
「何かくわえて行ったぞ」
「へんなものが、火星人の胴から出たんだそうだ。あれは皆、ぼくたちのだから、あの犬からうばい返せ!」
 そこで、小学生の一団は、大きな犬――それは多分、グレートデーンと言う種類の犬だと思われた――その大きな犬のあとを追いかけた。だが、犬はどこへ逃げこんでしまったか、なかなか行方は知れなかった。犬のくわえて行ったあの不思議なゴムだこの正体も、結局、何が何だかわからなくなった。ただ、人々の記憶に残ったのは、火星人の胴がこわれたこと、そうして胴中から、へんなゴムだこみたいなものが飛出したこと――この二つだった。
 大きな犬がくわえていったゴムだこみたいなものは、その後どうなったか、誰も知らない。
 その時の小学生たちは、そのゴムだこのことなどがあきらめきれず、いつもそのことを話し合う。
「あのゴムだこは、どうしたんだろうね」
「ああ、あのゴムだこをくわえていったの、大きな犬だね」
「グレートデーンという犬だろう、あの犬は」
「うん。そんなことは、どうでもいいんだ。僕はあの犬をきのう見たよ」
「えっ、見たかい、それでどうしたの。ゴムだこをくわえていなかったかい」
「だめだめ。そんなにいつまでも、ゴムだこを、くわえてなんか、いるもんか。でも、どこかにくわえていって、埋めてあるのかも知れないと思ったからね。僕はあの犬のあとをしばらくつけてみたよ」
「そうかい。犬のあとをつけたのかい。そうして、どうだったい。ゴムだこを埋めてあるところが、わかったかい」
「いや、それもだめさ。あの犬はごみためばかりあさって歩いたが、ゴムだこを埋めてあるようなところへはいかなかったよ」
「へんだね」
「全くおかしいね。第一、あんなりっぱな犬が、ごみためばかりあさるのはおかしいよ。だって、あの犬は三、四百円もする高い犬なんだぜ。飼主が食べ物をやらないはずはない」
「そんなことは、わかりゃしない。モロー彗星が地球と衝突する日が近づいているんだ。どんなりっぱな犬でも、犬のことなんか、かまっていられないよ」
「なるほど、それもそうだね」
「それより、僕は、あのゴムだこについて不思議に思うことがあるんだ」
「えっ、不思議に思うって、何がさ。……」
 小学生たちの話は、なおもつづいた。
「だって、そうじゃないか。僕たちは、人間狩に出て来た火星人を生けどりにしたと言うんで、たいへんほめられたね。ところが、あの火星人という奴は、僕たちが投綱でひっくくってみれば、足はぬけるし、首もぬけちまうしさ、胴中ばかりみたいになって、ごろごろころげ出したろう」
「そうだ、そうだ。そうして戦車にぶつかって、火星人の胴は、こなごなにこわれてしまったんだ」
「うん、その時、あのゴムだこみたいなへんなものが、胴の中からころがり出したんだが、あれは一体何だろうねえ」
「あれは火星人のはらわただよ。きっとそうだ」
「おかしいなあ。はらわたなら、ぐにゃぐにゃしているはずじゃないか。僕は、はっきり、みたんだけれど、ゴムだこは干物みたいだったぜ。そうして、僕の目には、その干物みたいなものに、たしかに首がついていたように見えた。首だけではない、大きな目がついていたよ」
「そうかしら。そんなばかばかしいことはないだろう。はらわたに首があったり、目があったり……」
「でも、たしかにそうだったんだから仕方がないよ。だから、不思議だと言うんだ」
「そうかなあ。ほんとうかなあ。ほんとうだとすると、なるほど、これは不思議だ。胴中から首があるものが飛びだすなんて」
「ああ、わかった、わかった。じゃあ、それは、火星人の子供なんだよ。ひきころされた火星人の腹の中に、その子供がいたんだ」
「子供? 子供なら、やはりぐにゃぐにゃしていなきゃあならない。あれは、干物のようにこちこちだったよ。子供じゃないだろう」
「そんなことを言うと、ますますわけがわからなくなるじゃないか」


   39[#「39」は縦中横] 秘密とける日


 火星人の胴がばらばらになって、その中から飛びだした不思議なゴムだこのようなものの正体について、三人の小学生はたいへん知りたがったが、彼らの仲間では、ついにそれをとく力がなかった。
 その前に、新田先生たちが、火星人の首がぽろりと落ちることを発見している。これも全くわけのわからないことだ。
 一体火星人は、どんな体を持っているのであろうか。火星人は鉄の体を持ち、そうして首がはなれ、手足がはなれ、それから胴中がわれて、へんなゴムだこみたいなものが飛びだす。何ということであろう。人間の知識では、火星人の体の秘密について、いくら答えを出そうとしても、それを出す力がないのではなかろうか。
 まず、その通りであった。火星人は、地球の人間のことを、前からくわしく研究して知っていたけれど、人間の方では、火星人の研究をしているものが、ほとんどいなかったのであるから、仕方がないであろう。
 だが、ついに火星人の体の秘密が、すっかりわかる日がやって来たのである。実にすばらしいことだ!
 それは、一体誰が答えを出したのであろうか。それが、誰であったかをここで言ってしまうよりも、私は、その後の新田先生の一生懸命な働きについて、お話をするのがいいだろうと思う。
 新田先生が、火星人の変話機という機械をみやげに、東京へもどって来たことは、前に言った。そうして先生は大江山課長などに、火星人が人間狩をはじめるから、用心するようにと知らせた。そうして先生は、火星人からうばって来た変話機を用いて、しばしば思いがけない手柄を立てたのであった。何しろ火星人が、何かものを言うと、その意味がすぐさまこっちにわかるので、火星人はよく不意をうたれて追っぱらわれるようなことがあった。
 だが、火星人は、いつも大江山課長を隊長とする警察隊のために、追っぱらわれるだけで、ついぞつかまったことはない。何しろあの強力な火星人のことであるから、人間があたりまえに向かったのではとても相手にならないが、変話機のおかげで、東京における火星人の人間狩の計画は、夜のふけるにつれて、めちゃめちゃになってしまった。
 警視総監は、別に命令を出して、火星のボートがたくさん着陸している山梨県の山奥へも、討伐隊を向けたのであった。ところが、この方は大失敗に終った。数百名からの、警官隊は、火星兵団のため見事にやっつけられてしまったのである。
「とても、警官隊ではだめです。兵隊さんに出かけてもらわなくては、とても勝味がありません」
 と、心細い報告が大江山課長のもとへ、届いたのであった。
「ふうん、残念だ」
 と、課長はその報告文を手にして歯を食いしばった。
 新田先生はそのそばにいたものだから、悲しむべき警官隊の敗退を、すぐ知ることが出来た。
「ねえ、大江山さん、失礼ながら警官隊だけでは、火星兵団はどうにもなりませんよ。軍隊を向けるにしても、重砲か重爆撃機を持っていかなくては、とても攻略は出来ないでしょう」
 と、自分の思うところを述べた。
 課長はだまってうなずいた。
「だが、軍隊を出すということは、そうかんたんにいかないのだ。総監はどんな目にあおうとも、ぜひとも、警官隊でもって、火星兵団をつかまえるようにと厳命しておられるのだ」
「課長さん。それはどう考えても無理な話ですよ」
 と、新田先生は、正直に考えを言った。しかし、先生とて総監や課長の苦しい胸の中を察しないではなかった。
 火星兵団の先遣隊を討伐に向かった決死警官隊は、どれもこれも、ひどい損害をこうむり、本庁には次々に、全滅の報告が舞いこんだ。
 東京市内の警戒のため、夜通し町の辻に立って、任務をつづけている大江山課長は、その報告がやって来るたびに、さらに顔を暗くした。
 新田先生は、いつも課長のそばについていたが、課長の苦しそうな表情を見るにつけて、先生もまただんだん苦しくなって来た。
(これは、こんなことをしていたのではいけない。何とか、ここで我々がもりかえさなければ……)
 先生は、どうしたらよいかとそれを考えたが、すぐに名案も浮かんで来ない。
「ねえ、新田さん。せめて佐々刑事に連絡をとる方法がないものかねえ」
「さあ、困りましたな」
 と、先生は首を振って、
「もう佐々さんが、山から下りて来てもいいころなんですが、何をしているのでしょうね」
 新田先生は、佐々刑事が火星のボートに乗って、宇宙にとび出したことを知らない。先生が知らないくらいだから、大江山課長が知るはずがない。
「では、もう一度、私が山へ上ってみましょうか」
 と、先生は言出した。
「いや、それはいけない」
 と、大江山課長は強く言って、
「佐々は、火星人に殺されてしまったのかも知れないのだ。この上あんたが行って、またそれっきりになったら、どうして火星人を攻めて行ってよいか、見当がつかなくなる」
「だって、私などが……」
「いや、この上は、火星人のことを少しでも知っている者は、大事にしておかなければならない」
 先生は、その時、はっと気がついた。
 蟻田博士のことを。
「大江山さん。蟻田博士のその後の消息は、わかりましたか」
 大江山課長は、帽子のあごひもをしめ直しながら、
「その蟻田博士のことなんだが、我々も、一生懸命にさがしているんだが、手がかりなしでね、全く残念なんだ。博士が見つかれば、我々は、きっと何か火星人について、大切なことが聞出せると思うんだが……」
 と、ほんとうに残念そうに言った。
「大江山さん。あなたは、蟻田博士を、どう思っているのですか」
「どう思っている
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