入!
 それは、だまって許しておかれないことであった。およそ、地球の人間をばかにしたやり方であった。口では人間を助けてやるのだと言っているが、その実、このまま人間をほうっておけば、地球がモロー彗星と衝突の日に人間は皆死んでしまうであろうから、人間の死なない前に、その全部を火星へつれて帰り、これを火星の上で飼おうというのが、火星人の腹の中にあるほんとうの考えらしい。
 思っただけでも腹の立つことである。人間ともあろうものが、家畜と同じように飼われたりしてたまるものか。火星の上で、人間が柵《さく》の中につながれたり、首に鎖をつけて火星人に引張って歩かれたり、そんな目にあって平気でいられるであろうか。火星人は、地球の人間の弱みにつけこんでいるのだ。人道から見て、許しがたいことである。
 ある人々は、この際だから、火星人に助けを求めるより外なかろうと、弱音をはいていた。火星の外に、人間に近い生物のいる星はないのであるから……。
 だが、そう言う人々は、だんだん火星人の腹黒さがわかって来るとともに、口をつぐんでしまった。彼らもやはり火星人のため、人間が奴隷のように使われることが、いやだったのであろう。
 この、まことによくない火星人の心掛は、どうして起ったのであろうか。火星人は、みな悪者の生まれかわりであろうか。これから後、だんだんと、火星人の残忍な行いが、読者諸君の前にあらわれて来るであろうが、火星人こそ、人間の考えではとてもわかりっこないほどの奇怪な生物であったのだ。火星人が、なぜそれほど平気でむごたらしいことをやるか、その謎は、やがてはっきりするであろう。恐しい強盗殺人犯どころか、鬼畜にもまして、火星人は冷たい心の持主なのだ!
 下町の、とある横町の道ばたで、女の子が五、六人、チョークで白い輪をかいて、楽しそうに石けりをしていた。
 その時、向こうの辻に、黒い帽子に、黒い長マントを着、黒い眼鏡をかけた同じような姿の人が、五、六人あらわれた。
 長マントの連中は、辻のところで、こっちの方を見た。女の子たちが、楽しげに遊んでいるのを見ると、彼らは、何事か話し合っていたが、そのうち、あまり広くもない横町を、一列になって進んで来た。
 あいにく、ちょうどその時、この横町は、子供の外にだれも外に出ている者もなく、また通行人もなかった。だから、長マントの連中は、そのままずんずん歩いて子供の方に近づいた。
 女の子たちは、石けりに夢中になっていた。その時、長マントの一隊が近づいたことも知らないようであった。はっと気がついた時は、もう遅かった。
「あら、おじさん。線の上を通っちゃ、ひどいわ」
「あら、あたしの石をけとばしてさ。いやあよ」
 長マントの連中は、なにも言わなかった。そうして一列になったまま、そこを通って行った。
 彼らが通っていった後には、チョークでかいた石けりの白い輪はあった。石けりの石も、そのままそこにあった。しかし、どうしたわけか、今の今まで、そこに楽しそうに遊んでいた五、六人の女の子の姿は、どこにも見えなかったのである。
 長マント隊は、そ知らぬ顔をして、ずんずん向こうへ歩いて行く。だが、別に子供をつれている様子も見えない。ただ彼らのマントが、風もないのに、どうしたわけか、へんに波うつのであった。誰かそこへ行って、マントの下を見てやるとよかった。
 こうして、かわいい女の子たちが、火星人にさらわれてしまったのである。
 火星人の帝都侵入のことは、いち早く放送されもし、新聞でも注意するように大々的に書きたてたが、不幸にも、帝都の市民の多くは、そんなばかばかしいことがあるものかと、信じなかった。だから、火星人の人間狩は、案外うまくいったようである。
 こんなこともあった。
 或るお嬢さんが、駅の裏手のさびしいところで、立木を背にして、誰かを待っていた。すると、いつの間にか、その後へ、例の長マントの火星人が三人あらわれた。
 あたりは大変さびしかったので、待っている人のことで、心をうばわれていたこのお嬢さんだったが、きりきり、きったん、きったんと言う機械的な音が、じぶんの後に聞えたので、はっと気がついて振向いた。
「あれっ」
 お嬢さんは、とたんに悲鳴を上げた。そうでもあろう。同じ服装の三人の長マントの男が、すぐ自分の後に立っていたのだから。
 お嬢さんの悲鳴は、一ぺんきりで終った。それとともに、お嬢さんの姿は、かき消すようになくなっていた。
 お嬢さんの悲鳴は、かなり大きかったので、駅の建物から若い駅員が走り出た。そうして声のした方を、きょろきょろと見廻した。しかし、そこには女の姿はなかった。ただ三人の黒い長マントの紳士が、廻れ右をして、向こうへ歩いていくだけであった。
「もしもし、もしもし、お待ちなさい」
 駅員は、三人をあやしいと見てとって、後から呼びとめた。ところがあやしい三人は、それが耳にはいらないのか、ずんずん向こうへ歩いていく。
「もしもし、お待ちなさいと言ったら」
 若い駅員は、かけ足で三人の後に追いついた。三人は、一せいに後を振向いた。おやというようなかっこうをした。一つのマントが、ぱっとひるがえったように思われた。とたんに、若い駅員の姿も消えうせた。
 火星人の人間狩のことを書きつづけていくと、大変恐しくもあり、またおもしろいが、きりがない。
 人間狩をする火星人は、うっかりしている人間ばかりを襲ったので、かなりたくさんの人間が、さらわれていながら、その割に、被害報告が、すぐには警視庁へは集らなかった。それがますます火星人をして、人間狩に成功させ、彼らを喜ばせたのであった。
「火星人は誰にもそれとわかる、黒い帽子に、黒い長マントを着ています」
 と、拡声機からは、特別公示事項の放送が、ほとんど絶えまなく行われた。しかしそれは、もう午後になってからのことで、かなりたくさんの人間が、さらわれてしまってから後のことであった。
「でありますから、黒い帽子に黒い長マントに、黒い眼鏡の怪しい人物を見かけたら、すぐに、もよりの交番へ駆けつけるなり、大声でそれを知らせながら火星人と反対の方へ走り、なるべく狭い横町に駆込んで下さい」
 などと、妙な注意が、しきりに放送されたのであった。
 だが、中には、案外そんなことに注意していない人もあった。
 その夜のこと、或るさびしい町の電柱の下に、一人の紳士が、倒れていた。彼は、真赤な顔をしてわけのわからぬひとり言をぶつぶつしゃべっていたから、これは酒を飲んだ酔払であるに違いなかった。
 そこへ黒マントの紳士が三人、ひょっこりあらわれた。三人は酔払紳士のそばに、例のごとく近づいていった。
「あははは、くすぐったい!」
 と、かの紳士の声がしたかと思うと、もう次の瞬間には筋書通りに、紳士の姿は消えてなくなっていた。とうとう火星人にさらわれてしまったのだ。やれやれ気の毒、気の毒!
 そのよっぱらい紳士は、まことに、奇妙な目にあったと、後に人に語ったことであった。それは、彼が、火星人のためにさらわれて行った経験談であった。
 あの時、彼は、かなりよっぱらっていた。だけれど、まだいくぶんは気がしっかりしていた。、彼は、かなりよっぱらっていたこともおぼえていたし、また、電柱のそばで電柱と話をしていたようにも、おぼろげながら思い出すのであった。
 ところが、そのうちに、どこからか、足でも引きずっているような音が聞え、それが自分のそばへ近づいて来ることも知っていたのだ。彼は後へふり向こうとしたが、体が言うことをきかなかった。何しろあまりよっぱらっているので……。
 その時、彼は急にからだを引きあげられたように思った。エレベーターが、こんなところにあったかななどと、へんなことを思った。
 ばさり! ぱたん!
 そんな音が聞えたように思う。
 すると彼は、にわかに息ぐるしくなった。が、彼の体は、ひとりでゆらゆらとゆれはじめた。何か乗物に乗っているような気がするのであった。
 その時へんなにおいがした。一体なんのにおいであろうかと彼は考えていた。
 しばらくすると、その乗物がぱたりととまった。すると、乗物の窓がぱたんとあいて、人の顔がのぞきこんだ。それは火星人の顔であったのだが、そんなことには気がつかなかった。
(こんな年よりはだめだ! どこかへ捨ててしまおう)
 と火星人が言ったことも、もちろんその紳士は知らなかった。そうして次に気がついた時、彼は、牛小屋の中に寝ていたのである。火星人のため、牛小屋へほうりこまれたことも知らぬ彼だった。


   38[#「38」は縦中横] ころがる胴


 恐るべき人間狩!
 ラジオがどんなにか警報を発しても、火星人の襲来などと言う夢のようなことを信じない人々は、平気で町を歩いていたものだから、火星人は、ますます図に乗って、帝都を荒して歩いた。
 だが、その中には火星人の方が、人間のためにうまくしてやられた場合もないではなかったのである。
 ある小学校の六年生たちが、ラジオで人間狩のことを知って、だんぜん火星人と戦う決心を定めた。
 小学生たちは、十人ずつ組になって、方々へわなを作った。
 火星人の通りそうなさびしい町の辻をえらんで、そこに丈夫な綱で結び綱のわなを作って、夜のふけるのもかまわず待っていたのであった。
 大手がらを立てた組は、大変いいところへ、そのわなを作った。その小学生の五人は、陸橋の上に待っていた。残りの五人は、陸橋の下にわなを仕掛けた。
 こうして待っていると、やがて例の黒い長マントの火星人が、三人づれで通りかかった。
「ほう、来たぞ、来たぞ。あれはきっと、火星人だよ」
「うん、そうらしい。黒い長マントを着ている。橋の上にも知らせてやれ」
「しいっ! 騒いじゃだめじゃないか。火星人にさとられると、だめになっちゃうじゃないか」
 下の組は、橋の上へ石をほうり上げて、火星人の近づいたことを知らせた。上の組でもあやしい影が近づくのを、さっきから気づいていたのだった。
 それを知ってか知らないでか、火星人はしきりにあたりに人間がいないかと注意をしながら、ゆったりゆったり歩いて来る。そこを、待っていた小学生が、それというので上下からわなの綱を引いた。
 小学生と火星人との戦いだ。
 火星人は、大変あわてている様子である。何しろ、足の方を太い綱で作ったわなにしめつけられて走れないで困っているのに、陸橋の上からは、また別のわなが落ちて来て、火星人の胴中《どうなか》を、ぎゅっとしめつけているのだから……。
「ほら、もっと引け!」
「もっと引くんだ。火星人を生けどったよ」
「わあい、火星人の宙づりだ」
 上と下との十人組が、火星人を互にひっぱり合うものだから、かわいそうに、火星人は、陸橋の下に宙ぶらりんになってしまって、まるでくもの巣に、蝶々がひっかかったような有様となっていた。
 ひゅう、ひゅう、ひゅう。
 ぷく、ぷく、ぷく、ぷく。
 火星人のつれが二人いた。
 この二人は、仲間を助けたいと思って、何とかしようと手を出すのであるが、上の火星人があばれるのでどうにもならない。
 その中に、宙づりになっていた火星人の足が、つけ根のところからぽろりと落ちた。
「あっ、足がぬけたぞ」
 陸橋の上の小学生は、一生懸命に力を入れてひっぱっていたので、宙づりの火星人の足がぬけたと同時に、力があまって、どうんと後へ尻餅をついた。しかし、彼らは大事の綱だけは、手からはなさなかった。
 綱は、ぴんとはりきった。
 綱の先のわなは、足のない火星人の胴から上に動いて、首にひっかかった。ところが、あいにく、そこに橋桁があったものだから、火星人の首は、その下にはさまってしまった。小学生たちは、そんなこととは知らないで、とび起きると、力をあわせて、また綱をううんと引いたので、とたんに、火星人の首がぽろりともげ、胴だけが下に落ちてころげはじめた。
 火星人の足がもげ、首がもげ、そうして、もちろん帽子もマントも、どこかへ飛んでしまい、まるでドラム缶のような形をした火星人の胴だけが、こ
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