らだを伏せた。
 すると、また別のぐうぐうという音がして、穴の中から二つの大きな頭が現れた。
 あっ、火星人だ! 火星人が、そこに残っていたのだ。
 二人の火星人は、佐々の姿を認めてびっくりした。一旦、穴を飛出そうとしたが、また急に引返そうとする。
「こら、待て」
 佐々刑事は、大きな声で叫ぶと、床をけってはねおき、二人の火星人めがけて、
「やっ」
 と、飛びついた。
 佐々刑事は二人の火星人に見つけられ、このまま引込んでは、こっちに弱みが出来ると思ったので、やにわに、二人の火星人に飛びついたのである。
 火星人は、これにはたしかに、肝をつぶしたようである。妙な声をあげると、彼らは、へたへたとその場にへたばった。同時に、三人の体は下に落ちて行った。二人の火星人は、何だかエレベーターのようなものに乗っていたのである。そのエレベーターが、三人を乗せて下に落ちたのである。とたんに、えらい音がした。
「ふん、おどかしやがる」
 佐々は、顔をしかめながら起きあがった。腰骨が折れたかと思ったくらいである。頭の中がびいんとなった。
 二人の火星人はどうしたかと思って、後を見ると、二人とも気を失ったのか、長くのびている。
「こいつはしめたぞ。やっつけるのは、今のうちだ」
 佐々は、ふところから捕縄を出した。刑事として、どこへでも持って行く丈夫な麻縄であった。それをすばやくとくと、二人の火星人の体を引きよせ、それを背中合わせにして、足は足、手は手、首は首という風にしばりあげてしまった。
 さあ、こうしておいて、今のうちに早いところ、火星のボートにおさらばしようと思って、元の出入口まで行ったが、どうしたものか、扉がぴたりとしまっていて、あけようとしたが、あかない。
「あ、やられたかな」
 佐々は、いまいましそうに舌打をした。しかし、あかないものはいつまでたってもあかない。仕方がないので、さっきしばった火星人をおどかして扉をあけさせようと考え、いくつかの階段をのぼって行くうちに、火星のボートは、ぐらぐらと動き出した。
「ああ、あの音は!」
 さすがの佐々刑事も、火星のボートのエンジンが、大きな音を立ててまわり出したのにはおどろかされた。
 彼は、廊下を走った。廊下のつきあたりに、妙な形をして外へつき出した反射式ののぞき窓があった。佐々はその窓に飛びついて、下の方を見た。大きなおどろきが、そこに待っていた。火星のボートは、今や地上を離れて、大空高く、ずんずん上昇して行くのだった。
 はるか下の方には、中空からのまぶしい光に照らし出されて、たくさんの火星のボートが、まるで太い棒を植えたように見える。
 その異様な中空からの光は、佐々の乗っている火星のボートから出ているのであった。これでみると、火星のボートは、エンジンをうんとかけると、ボート全体が、大変明かるく光るらしい。だから、これを遠くから見ると、火柱が天に向かって伸びて行くように見えるであろう。
「ほう、これはえらいことになったぞ。とうとうこのボートは、宇宙へ飛出したらしい」
 この時、佐々刑事の声は、もうあたりまえにもどっていた。別にうろたえている様子も、恐れおののいている様子も見えなかった。
「さあ、これは珍しい旅行をすることになったぞ。このボートは、どこまで行くつもりかしらないが、何しろ、火星のボートに乗って、宇宙旅行をしたのは、わしが始めてだろう。これでまた話の種がふえたぞ」
 と佐々刑事は、おもいの外、落着きはらっていた。
 火星のボートに、とりこになってしまったような佐々刑事であった。宇宙へ飛出したのはいいが、これから果して彼はどんな目にあうことやら……。


   36[#「36」は縦中横] 脱出


 話は変って、こっちは新田先生であった。
 先生は、今はうたがいもなく火星兵団の一隊長であるところの、怪人丸木の恐るべき人間狩の話を聞き、今はもう、ぐずぐずしていることは出来ないと思ったので、先生はくらがりを幸いに、洞穴をうしろにして、山を下りにかかった。
 先生は、肩に大変貴重な品物をぶらさげていた。それはほかでもない、あの変話機だった。それを使えば、火星人の話が、人間の言葉に変って、耳に聞えるという不思議な機械だった。
 先生は、くらがりの山の斜面を、ずるずると二、三メートル下っては休み、耳をすました。誰か、自分の後を追いかけて来ないであろうかと、先生は、心配であった。別に、そのような音がしないのをたしかめると、先生は、またずるずると二、三メートル下って、また耳をすますのであった。もし今火星人に見つけられたら、今度こそ、人間の世界へはもどれないであろう。
 その心配は、時間と共に、だんだん薄らいで行った。火星人は、先生が逃出したことに気がつかないらしく、誰も追いかけて来るものはなかった。
「ここまで来れば、大丈夫だぞ」
 先生は、やきつくようにかわいたのどを、手にふれる残雪をぶっかいて、口の中に入れ、元気を取りもどした。こうして、地獄沢を後に、掛矢温泉へたどりついた時は、もうすっかり夜は明けて、朝となっていた。
 温泉旅館の主人の、弓形《ゆがた》老人は、庭に出て梅の枝を切っていたが、とつぜんそこへもどって来た先生の姿を発見して、おどろきのあまり、鋏《はさみ》を手に持ったまま、その場へ尻餅をついたほどだった。
「せ、先生。あ、あなたは、まあ、きのうから、どこにいっておいでだったのですか」
 新田先生の体も、へたへたと庭にくずれてしまった。
 先生の顔は、血の気を失って、まっ青だった。目の下には、黒い隈が出ていた。顔はもちろん、手足といわず服装といわず、血や泥にまみれて、どこの人かと思うくらいだ。
 そうでもあろう。病後まだ幾日もたっていないのに、新田先生は、精神の上においても、また体の上においても、非常な苦労を味わったのであった。今まで、途中で、よく倒れなかったものである。
 それというのも、先生が、一つには教え子の千二少年の身の上を心配し、また一つには、やがて地球がモロー彗星と衝突した時の大惨事を思い、どうかして、人類を救いたいとの一心が、こうして、先生を堪えがたい苦しさの中から、ようやく救い出したのであった。
 弓形老人に、先生は手みじかに、火星兵団の先遣部隊の襲来のことを話した。そうして自分は、これから直ぐにこのことを東京へ知らせたいから、電話を頼んでくれと言った。
 弓形老人は、いよいよおどろいて、ぬけた腰が、元にもどらなかった。そこで手を叩いて家人を呼ぶと、その手を借りて、先生と共に家の中にはいった。
 老人が、直ぐにこの話を家人にしゃべったので、旅館内は、さらに大さわぎとなった。さっそく電話を東京へ申し込んだが、急ぐ時は、意地の悪いものでなかなか通じない。
 それでも午前九時ごろになって、やっと、旅館の電話は警視庁へつながった。
 新田先生は、久しぶりに、大江山捜査課長の声を聞いた。
 課長は、新田先生の声が、直ぐにわかった。
「やあ、新田先生。あなたは、もう東京へ帰って来られたんですか」
 と、電話に出て来た大江山課長は驚いていた。そうでもあろう、新田先生にしたところが、あの掛矢温泉につかって、病後の体をゆっくり丈夫にしたいと思っていたのであるが、はからずも、地獄沢の上の怪火に引きよせられ、火星兵団にぶつかったればこそ、こうして早く東京へ舞いもどらねばならなくなって来たのだから。
「大江山さん。私は、火星兵団にあいましたよ。命からがら逃げもどって来たところです」
「なに、火星兵団?」
「課長は御存じないのですか、甲州の山の奥に、火星兵団が、いわゆる火星のボートに乗って着陸したことを」
「それが、火星兵団ですかね。こっちにはそんな報告は来ていないが、昨夜、山梨県でたいへんあざやかな、流星が見えたという話は聞いていますがね」
「昨夜なら、それは、きっと火星兵団のことに違いありません。私は、あの時、火星のボートの着陸するすぐそばにいたのですよ」
 と、新田先生は、手みじかに、昨夜からの出来事を話した。
「ふうん、それはたいへんなことだ。あまり深い山奥のことだから、我々の目には、それほどたいへんなものに見えなかったんだ。よろしい、総監に報告をして、すぐさま手配をしましょう」
「まあ、課長、待って下さい。火星のボートを駆りたてるのも大切なことですが、それと同時に、丸木隊の火星人が、人間に変装して、もうすぐ、そちらへやって行くと言っていましたから、用心して下さい」
「何です、その丸木隊というのは」
「人間をさらって、火星へつれて行こうというのです」
「えっ、それはほんとうかね?」
 丸木隊の火星人が、東京方面へも出て来て、人間狩をするであろうという新田先生の報告は、大江山課長を大変おどろかせた。課長は、はじめのうちはなかなかこれを信じようとはしなかったが、先生が、変話機を使って、親しく丸木の命令するのを聞いたと話をすると、
「ふうむ。そういうことなら、火星人は、本気でやるつもりだな。そういうらんぼうなことは、許しておけない。にくむべき火星人だ」
 と、大江山課長は、机を叩いておこり出した。
「しっかり頼みますよ、大江山さん」
「いや、よくわかりました。早く知らせてくれて、ありがとう」
「大江山さん。私が火星兵団からうばって来た変話機は、大変重宝なものです。これを使えば火星人の話が、ちゃんと日本語になって聞えるのです。この機械は、いつでもお貸ししますよ」
「ありがとう、ありがとう」
 と、課長は厚く礼をのべ、
「しかし、火星人は、先生を一生懸命探しているだろうから、油断がなりませんよ。わしも、先生のことが心配だから、誰か腕利《うできき》の警官をつけて上げましょう。体がよくなったら、先生、あなたも、ぜひわれわれに力を貸して下さい」
「はい、わかりました。私は、すこし寝たいと思います。その上で、火星人と大いに戦いますよ」
 そこで、先生は電話を切った。
 警視庁では、先生のこの報告には、おどろきもしたがまた喜びもした。
 早速全国に手配をして、火星人に備えることとした。
 さて火星人は、どんな手を使って、人間狩をするであろうか。


   37[#「37」は縦中横] 石けりの子供


 火星兵が、人間狩をはじめる。
 何と、世の中は変ったことであろうか。その昔、地球人類は、火星へ攻めていこうなどと言うことを考えた時代もあったが、今はあべこべに、いつの間にやら、火星兵におびやかされる世とはなったのである。
 地球がモロー彗星《すいせい》と衝突して、こなごなにこわれる日は近づいたし、その上に、この火星兵の人間狩の恐怖までが加わって、地球に住む人間たちは、二重の大難にぶつかったわけである。
 その火星人と言うのが、どうもいろいろのことから考えて、地球の人間よりも、ずっと賢い生物らしいのは、困ったことであった。
 人間と人間、国と国との戦争においては、いくら相手が強くても、強さが知れている。いくら相手に秘密の新兵器があると言っても、こっちはスパイを使って、ある程度まで、その新兵器がどんなものであるかを、あらかじめ知ることが出来る。
 しかし、火星兵のとつぜんの襲撃には、全く困ってしまった。地球の人間は、今までに、火星兵のことなどを、ほとんど、しらべていなかったのである。火星人のすがたを見たのも、今がはじめてである。
 ところが、火星人の方では、前から、よほど念入に、地球のことをしらべ、地球に住んでいる人間のことまでしらべていたものらしい。ことに、地球の上で世界戦争がおこり、人間同志攻めあい殺しあいしているのを、火星人は、よく知っていたようである。彼ら火星人は、人間たちが人間たち同志の戦争で、ちょうどつかれはてていることを知って、地球攻略の心を起したようにも考えられるのである。
 誰か、火星人のことをよく知っている者はいないか。そうして火星人の弱点をついて、あべこべに、彼らをやっつける者はいないか。こういう時に思い出されるのは、あの火星の研究家蟻田博士のことだ!
 火星人の帝都侵
前へ 次へ
全64ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング