や、むしろ大変遠い声だと言った方がいいであろう。小さい声だが、大変はっきりした言葉である。それがしきりにしゃべっているのである。
「……だから、我々は、短い時間のうちに、この重大な仕事をやってしまわなければならない。さもないと我々火星兵団が、危険を冒し、こうして地球上へ来たことが、まったく、むだになる。……」
 はっきりと、そういう声が、新田先生に聞えたのである。
 先生は改めて、びっくりし直した。なぜと言って、この言葉の中には、明らかに、「火星兵団」と言う言葉があった。それから「こうして地球上に来たことが……」などと言っている。この言葉は地球の上で、火星兵団の中の一人が、しきりにしゃべっている言葉らしいことがわかる。それにしても、人間にわかるような言葉(実にその言葉は、日本語だったのである)を使っているのはなぜであろうか?
 先生はあることに気がついた。
 新田先生は、積んである機械の箱の中に、そっと手を差入れた。
 幸いにも、箱の蓋があいているものがあったので、中の機械をさぐることは、思いの外やさしかった。
(おお、これは妙なものだ。電話機のような形をしているぞ)
 先生は、手さぐりでそれをひっぱり出した。それは小さな胸あてのようなもので、真中には、送話機の口と同じに、小さいラッパのようなものがついており、またその胸あての両側からは、お医者さんが使う聴診器のような管が二本、かなり長くついているのであった。例の小さい声は、確かにこの機械の中からしているのであった。
(これは、不思議だ)
 先生は、その聴診器のゴム管みたいなものを、耳の中に入れてみた。しかし、何の音もしなかった。さっきまで、聞えていた例の小さい人間の声もしなくなったのである。
(変だぞ)
 そこで先生は、ゴム管みたいなものを、耳の穴からはずした。すると、また前のように、どこからか、小さい人間の声が聞えて来るのであった。先生は、あせりながら、その機械を、ひねくり廻しているうちに、やっと、声の出るところがわかった。それは、胸あてのようなものの真中についているラッパから聞えて来ることがわかった。
(あっ、ここから聞えるのだ!)
 先生は、耳にあてた。しばらく聞いているうちに、先生は重大なことを見つけた。それは、丸木の声と、この小さなラッパから出て来る声とが、いつも同じ時に大きくなったり、また、とまったりするのである。
(ふうん、この機械を使えば、火星人の言葉が日本語に直って聞えるのだ。すばらしい機械を見つけたぞ!)
 変話機だ!
 変話機が見つかったのだ。
 新田先生は、鬼の首をとったように嬉しかった。変話機のラッパの方に耳をあて、またゴム管の穴を怪人丸木の方に向けると、丸木が、火星人の言葉でしゃべっていることが、みな日本語に直されて、ラッパから出て来るのだった。
 この機械は、あべこべにして働かせると、日本語が、火星人の言葉に直るのであった。そういう場合は、火星人は二本のゴム管の穴を耳に近づけ、ラッパを人間の方に向ける。つまり、その時はラッパが一種のマイクの働きをし、ゴム管のある方が、受話機になるのであった。
(しめた。これはいいものが手にはいった。ようし、丸木が何を言っているか、しばらく聞いていてやろう)
 と、新田先生は、息を殺して、変話機から聞えて来る丸木の言葉に聞入ったのであった。
「……だから、我が隊は、出来るだけ早く、この仕事をすまさなければならない。地球の人間に勘づかれたら、それから後は、人間どもは用心を始めるから、人間をつかまえることが、ますますむずかしくなる。……」
 丸木は、人間をつかまえることについて、話をしているらしい。人間をつかまえるといって、一体誰をつかまえるつもりであろうか。
 丸木の言葉は、なおも続く。
「……我々の計画では、男と女とが同じ数だけ入用だ。ぜひとも男を五百人、女を五百人集めてくれ。このうち、我々が集めて持って行くのは、生まれたばかりの赤ん坊が百人、五歳ぐらいの小さい子供が百人、それから十歳から十五歳ぐらいの子供が百人――つまり子供は三百人だ。その上に、二十五歳ぐらいの若い大人が百人、それから四、五十歳の大人が百人、これでちょうど五百人だ。その外の人間に用事はない。……」
 丸木は、とんでもないことを言っている。
 丸木は、隊員に向かってなおもしゃべりつづける。新田先生は、変話機にかじりついて、一生けんめいに、丸木の話をぬすみ聞きしている。
「……どうだ、わかったろうな、みんな。人間に近づいた時は、さっきも言ったように、なるべく相手の顔を見ないようにしろ。こいつをさらうのだと見当をつけたら、足音を忍ばせて、うしろからどんどん追いせまり、さっき教えたような方法で、早いところ、袋を頭の上からかぶせ、それがすんだら、すぐさま、人間の足を、こういう工合にかついで、例の人間箱の中に入れてしまうのだ。いいかね。……それが出来れば、後は、出来るだけ気を落ちつけて、その人間箱を自分のそばにならべて、ゆっくりゆっくり歩いて行くのだ。その時そわそわしていようものなら、人間箱をつきたおして、せっかくの獲物《えもの》が人間に気づかれてしまったり、また、お巡りさんや刑事に怪しまれて、かえってこっちがとりおさえられるから、出来るだけ用心をするんだぞ」
 新田先生は、これを聞いていて、ますます驚いた。丸木たちは、こんな手で、人間を五百人もさらって行くつもりなのである。
「隊長!」
 と、火星人の一人が、違った声を出して丸木に呼びかけた。
「何用か、三八九」
「ねえ隊長、わしは、どうも人間というものが恐しくてならんのです。ほかの役にかえてくれませんか。たとえば、草とか木とかを集める方へ廻して下さい」
「だめだ、だめだ。われわれは、はじめから一等むずかしい役をすることにきまっているのだ。むずかしい役をやるのだから、われわれは火星兵団の中でも、特別にごほうびをもらっているのだ。姿だって、人間そっくりの道具をもらっているではないか」
 怪人丸木と、その部下の火星人とのあいだに、とんでもない話がつづいている。それは、地球の人間を捕えることについてである。
 これを聞いていた新田先生は、顔色をかえた。丸木は、この前、
(地球がこわれる前に、君たち地球の人間を出来るだけたくさん、すくってあげたいと思っているのだ)
 と言ったが、その当時、丸木たちの親切に、お礼を言ったものだ。ところが、今聞いておれば、丸木は、
(人間を集めるのだ。人間を捕えるのだ!)
 と、部下に話をしているのであった。丸木たちは、人間を捕虜にして、火星へつれて行くつもりらしい。
「けしからん。地球人類が、火星人の捕虜なんかになってたまるものか」
 と、新田先生は、ものかげでひとり歯をくいしばった。しかし、そうは言うものの、地球のこわれる日はもう目の前にせまっている。その上、この洞穴《ほらあな》で見ていてもよくわかるように、智慧にかけては人間よりも火星人の方がずっと進んでいるようだ。たとえば、火星人の持っている火星のボートだって、じつにすばらしいものである。人間の力では、とてもあのようなものをつくることは出来ない。だから、まともにたたかえば、これはどうしても火星人の勝で、地球人類の負となるだろう。これはたいへんなことになったものである。
「では、二十四時間の後に、お前たちは、人間狩に出発するのだぞ。それまでは十分に養分をとったり、人間に見あらわされないような練習を積んだりしておけ」
 丸木は、隊長らしくおごそかに命令し、そうして心こまやかな注意を、部下たちに与えたのである。
 先生は、さしせまった事件を前になやんだ。


   35[#「35」は縦中横] 佐々《さっさ》刑事


 こっちは、佐々刑事であった。
 彼は丸木のあとを追ってくらがりの中を歩いているうちに、とうとう相手のすがたを見失ってしまった。
 実はその時、丸木は隊員のところへ行って、例の二十四時間後に、東京へ出発のことを話すため、洞穴の中へはいっていったのである。そうして丸木の話は、新田先生によってすっかり聞かれてしまったのである。
 そうとは知らない佐々刑事は、丸木のすがたを見失ったことを、大変残念に思いつつ通りかかったのが、一隻の火星のボートのそばだった。
 その火星のボートは、例の通り大きな塔のような巨体を、地に対して、すこしかたむきかげんにしてそびえ立っていたが、ふと見ると扉が少しあいている。
「おや、これは……」
 火星のボートの出入りは、かなりきびしかったから、これまでも、佐々刑事はその内部をうかがおうとして、ついに一度も、その目的をはたすことが出来ないでいた。ところが、今めずらしく火星のボートの扉が少しあいていて、中からぼんやりとあかりが見えるのであった。
「ふむ、これはもっけの幸いだ」
 と、佐々刑事は身をひるがえすと、ボートのそばへ近づいた。
 扉に手をかけて中をのぞいたが、いいあんばいに、誰もいない。火星人の番兵か誰かが、扉のかぎをかけ忘れて、どこかへ行ってしまったらしい。
「こいつはしめた。しからば、まっぴらごめんと、中へ入ってみるか」
 佐々刑事は、およそ世の中に、恐しいというものを知らない人間だった。だから扉があいておれば、後のことはたいして心配しないで、のこのこはいって行く彼だった。
 佐々刑事は、丸木と同じような姿をして、火星のボートの入口から中へはいりこんだ。
 誰もいない!
「おやおや、誰もいないぞ。どうしたというのかなあ」
 佐々刑事は、あたりをぐるぐる見廻しながら、しばらくそのへんを歩き廻った。がらんとした部屋で何もない。
 そのうちに、彼は何の気なしに、扉に手をかけて動かしてみているうちに、どうしたはずみだったか、扉が、ぐうっと動き出して、やがてばたんと音を立てて閉まってしまった。
「あれっ、扉が閉まったぞ」
 と、佐々刑事は、扉のところへ行ってハンドルを握り、扉をあけにかかった。
 ところがハンドルは、どうしたものか、右にも左にも、廻らなかった。したがって、扉はしまったきりで、あかないのである。
 あたり前の人間なら、このへんで顔色を変えて、おどろくところであるが、さすがは佐々刑事である。べつだんおどろく様子も、あわてる様子もなく、
「ははあ、扉にかぎがおりてしまったんだろう。が、まあいいや。そのうちに、誰かがあけるだろう」
 と、おちついたもので、彼は次の部屋へはいって行ったのである。
 次の部屋は、大変くさかった。彼がまだ一度もかいだことのない変なにおいであった。その部屋は、休憩室らしい様子であった。ここにも、誰もいなかった。
 もう一つ次の扉をあけると、そこは機械室になっていた。天井は急に高くなって、ビルヂングの床を三階分もぶちぬいたような高さであった。そこは、たしかに機械室には違いなかったが、地球上にある工場では、こんな風変りな機械室を持っているところはない。まるで、化学工場と変電所と要塞砲とを組合わせたような形だ。
 火星のボートの中を、すみずみまでよく見て廻ったのは、人間では佐々刑事が始めてであろう。
 佐々は階段をのぼって、だんだん上へいった。そうしてとうとう頂上までいった。
 すると、どこからか、何かしきりに話をしているような声が聞える。
「はてな、誰だろう?」
 と、佐々は廊下に立ちどまって耳をすました。
 話声は、壁の中から聞えて来るのであった。
「はてな、この壁の中に部屋があるらしいが、どこから出入するのかなあ?」
 と、佐々はあたりを見廻したが、別に扉もない様子であった。
 その時、話声はぴたりととまった。
「おや?」
 と、佐々は壁の方に耳をすりよせた。すると、どこかで、するすると扉の開くような音がした。佐々は、すばやくまたあたりを見廻した。
「あっ」
 ちょうど、彼の立っていたところの後の廊下のまん中に、大きな円い穴があきかかっている。それは、見る見る大きくひろがって、人間のからだがはいれるくらいの大きさになった。佐々は、これを見ると、すばやくか
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