、少し心細くなって、声をかけた。
「そうだ。こんなところにぐずぐずしていて、本物の丸木やそのほかの火星人に見つかっては、せっかくのわしの冒険も、とたんに、だめになってしまうからね」
「あ、ちょっと待って下さい」
 と、新田先生は、佐々刑事を呼止めた。
「佐々さん。ぜひ、この際、伺っておきたいのですが、丸木と火星人とは、別ものなんでしょうか。それとも同じ火星人でしょうか」
「そりゃ、同じことさ。丸木も、確かに火星人だと思われる」
「でも、見たところ、服装が違うじゃありませんか」
「うん、もちろん、丸木という奴は、火星人の中でも、頭かぶの火星人らしい。しかし火星人であることは、同じことさ。丸木は、黒い眼鏡をかけたり、黒いマントを着ているが、わしの考えでは、あれは、人間に近づくため、ああしているのだと思うね。つまり、あの蟻の化物みたいな、火星人独得のへんな体を、見られないためさ」
「じゃ、丸木も、マントを脱ぐと、火星人と同じことですか」
「確かに、その通りだ。しかし、マントを着ていてくれて、こっちは大助りさ。もしも丸木が一般の火星人と同じように、蟻の化物みたいな体をむき出しにしていたら、こんどのように、わしは、彼らの陣営に忍びこむなんてことは、出来なかったろうねえ。何が、幸いになるかわからない。はははは」
 なるほど、佐々刑事の言う通りであった。しかし、彼は、なんという豪胆な刑事なんであろうかと、先生は、改めて感心した。


   33[#「33」は縦中横] 大襲来


 新田先生は、佐々刑事から火星人のことについて、もっとたくさん聞きたかったが、その時、佐々は何かの音におどろき、
「じゃあ、また後で、もう一度来る!」
 と言捨てたまま、新田先生をそこにおいて出て行ってしまった。
 穴の中は、またもとの闇にかわった。そうして、また心細いこととなった。
 それから、かなり長い時間が過ぎた。
 新田先生は、穴の中で空腹を感じながらも、今に何ごとかが、起るだろうと待構えていた。
 その時刻のことは、はっきりしなかったが、とにかく、かなり夜更《よふけ》になって、新田先生は、ごうんごうんという遠雷のような響を耳にした。
「あっ、いよいよ来たなっ!」
 と、先生は、穴の中に、居ずまいを直した。火星のボートが、いよいよこの山中目がけて、やって来たのであろう。
 ごうんごうんという怪音は、先生の耳のせいか、だんだん大きくなって来るようであった。火星のボートが、ますます近づいて来たのであろう。
 ひゅう、ひゅう、ひゅう。
 ぷく、ぷく、ぷく、ぷく。
 妙な声を立てて、火星人たちが、騒ぎ出した。新しくやって来る火星のボートの着陸の用意で、大変いそがしくなったのであろう。
 新田先生は、その時、またもや穴の奥から、そろそろと這出して行った。
(今こそ、脱走するのに、もって来いの時だろう!)
 この騒ぎのうちに、先生は監禁の手からのがれたいと思ったのである。
 穴の中から外の方へ、そろそろと這って行ったが、幸いにも、さっきの番人がいたところに、誰もいない。
「しめたっ!」
 新田先生は、番人のいないのを幸い、どんどんと、穴の中を這って前進した。
 すると、とつぜん目の前に、ぴかっと光りものがした。
 そうして、火星人から奇妙な叫び声をあびせかけられた。
「あっ、見つかったか」
 先生はおどろいたが、かねて覚悟をしていたこととて、いきなり身をひるがえして、後へ戻ると、壁にぴたりと体をつけた。とたんに後を、風のように行きすぎたものがあった。火星人が、先生の跡を追って、穴の奥の方へ行ったのであった。
「今だ!」
 先生は勇気を出して、またもや、穴の入口の方へ向かって、這って行った。まるで、もぐらのような、かっこうであった。
 しばらく夢中になって、這って行くうち、また前方から光りものが現れて、ぱっとこっちを照らした。
「ちょっ、しまった!」
 先生は、今度はいよいよだめかなと思ったが、もう一度と、またぞろ身をひるがえして、壁に体を押しつけた。
 すると、とたんに先生の体は、ずるずると壁の中にはいってしまった。
「ああっ!」
 先生は、声をあげたが、もう遅かった。先生の体は、もんどり打ってころげ込んだ。
 いよいよ深い底なし井戸へでも、落込んだのかと思ったが、気がついてみると、先生は、うすあかりのともった小さい部屋の中にいた。かくし部屋だ。いや、よく見れば、そこは倉庫みたいなところで、いろいろなものが、ごたごたおいてあった。その中に、先生の目にふととまったのは、黒い長マントと黒い帽子とであった。よく見れば、黒眼鏡もあるではないか。
 先生はあることを思いついた。
 黒マントに黒帽子に黒めがね!
 新田先生は、それをじぶんの、からだにつけた。すると、先生は、すっかり怪人丸木とおなじ姿に変ってしまった。
「こういう姿をしておれば、しばらくでも火星人の目をごまかすことが出来るであろう。その間に、何とか次のことを考えよう」
 その時、壁穴のそとでは、先生のあとを追って来た火星人の、ひゅうひゅうという声がした。先生を探しているのだ。
 先生は、もうその時、別の入口から、外に出ていた。あたりには、同じような姿をした火星人が、しきりに、走りまわっていた。もちろん、黒マントのない、はだかみたいな火星人も、たくさんいた。
 黒マントを着ている火星人は、おなじ仲間の中でも、すこしはえらい火星人のようで、先生が、黒マントを着て、前に進むと、はだかの火星人は、さっとからだを横飛にして、先生のため道をあけるのであった。
 こうして、先生は、火星人の中に、うまく、まぎれこんでしまった。
 このころ、先生を追いかけていた番人たちも、もう、あきらめてしまったようである。
 先生は、火星人の間をすりぬけて、穴の入口から外へ飛びだした。
 先生は、久方ぶりに、新しい空気を吸って、元気をとりもどした。
 だが、外は真暗《まっくら》であった。その上雨風がはげしく、この山中をたたいていた。時おり、ぴかぴかと電光が光って、ものすごさを加えた。
「ああ、たいへんな嵐だ!」
 先生は、一度、雨の中に飛びだしたものの、吹飛ばされそうになったので、また穴の入口へもどらなければならなかった。
 その時であった。あたまの上はるかに、また、ごうんごうんと雷とも違う、気味の悪い音がしはじめた。
 嵐の中に気味の悪いごうん、ごうんという音は、また大きくなって来た。
 がらがら、ぴかぴかと、雷がひっきりなしにあたりの山々に落ちた。そうして、足の下に踏まえている大地が、地震のように揺れた。
 その時先生の目は、一隻の火星のボートのすがたを捕えた。はげしい電光が、あたりを昼間のように明かるく照らした時、先生の立っているところから百メートルぐらい先に、火星のボートがあざやかに着陸するところを見てしまったのであった。
 火星のボートは、例の通り大きな塔のような形をしていた。そうしてボートは、電光に見まがうような明かるい光に包まれながら、空中から降って来たのである。そうして、地ひびきとともに大地に突きささったのである。
 先生は火星のボートが、地面に突きささってから、少し左右にゆらぐところまで、はっきり見てしまった。でも、思いの外やわらかく大地へ突きささった。何かよい方法があって、大地に近づくとともに、スピードをゆるめる仕掛がついているらしい。
 そのうちに、また次の新しい火星のボートが降って来た。一隻ではなかった。二隻、三隻、四隻……いや、数えているひまがない。おどろくべきたくさんの火星のボートは、百雷が一時に落ちる時のように、巨大な光と音とを立てて、空中から舞いおりた。雨と風とは、いよいよはげしさを加え、雷はしきりにあたりの山中に落ちた。
 火星のボートと落雷と、どっちがどっちだかわからないような、恐しい光景であった。
「ああ――」
 と、新田先生は、ため息をついて、全身を雨に打たれながら、もの陰にたたずんでいた。一体これからどうなるのであろうか。


   34[#「34」は縦中横] 火星兵団


 大雷鳴の中に、山梨県の山中に着陸した火星のボートは、その数およそ五、六十隻であった。
 これこそ火星兵団の敵前着陸だ。
 しかるに、地球の人類は、この恐るべき兵団を、やすやすと着陸させてしまったのである。もっとも、誰がこのような火星兵団の襲来を、あらかじめ考えていたであろうか。
 我が日本について考えてみても、これは全く意外な出来事であった。また、そうなるまでの事情はともかくも、いいことではなかった。我が日本は昔から、日本本土を敵に占領されたことはなかった。いくら地球外に住んでいる火星人の襲来だからといって、本土の一部を占領されたことは、決していいことではない。新田先生は、闇の中にたたずみながら、くやしさに涙をぽろぽろと落した。
 たくさんの火星のボートは、何《いず》れも皆着陸が終ったらしい。空中を飛ぶあの大きな音も、もう聞えなくなった。そうして、火星のボートは、船体から例のうすもも色の光を出して、あちこちに塔を並べたように立っていた。
 時々妙な怪音が、ひとしきりやかましく耳を打つのであったが、それは、今着いたばかりの火星人たちが、点呼を受けているのであろう。
 今度はかなりたくさんの火星人が、着いたらしいのであるが、その割に騒ぐ様子もなかった。
(ははあ、それでみると、火星人はかなり教育程度が進んでいると見える)
 と、新田先生は、心の中でひそかに、そう思ったのであった。
 先生は、この上は、何とかして、ここを抜出して、この一大事を出来るだけ早く、警察なり軍隊なりに知らせなければならないと思った。
 新田先生は、そろそろと、もの陰から這出した。今のうちに火星人の目をのがれて、山を下ろうと考えたのであった。
 先生は手さぐりで雑草の間をくぐって、山を下り出した。
 すると下の方から、また例の、ひゅうひゅうぷくぷくと火星人の声がして、こっちへ近づいて来る様子なので、びっくりしてまたもとへ引返した。
 先生は、もとのもの陰に戻ったつもりであった。
 ところが、しばらくすると、先生はそれが間違で、また別の場所へ来ていることに気がついた。
 そこも、一つの洞穴《ほらあな》であったが、火星人が十四、五人ごろごろと転がっていた。
(これは大変!)
 と、先生がそこを飛出そうとすると、前方から怪人丸木がはいって来た。
 丸木は、洞穴にはいると、大きな声でどなった。それは、先生には何を言っているのか、よくわからない火星人の言葉であった。
 すると、転がっていた一同は、がばとはね起きて丸木の前に並んだ。
 先生はびっくりした。ここで見つかっては大変である。どこかに体をかくすところはないかと、前後左右を見廻すと、ちょうど幸いにも、あまり大きくない機械を、山のように積上げてあるところがあったので、先生は急いでその後に体をかくした。
 丸木は、先生のいることには、どうやら気がつかないらしく、しきりに火星人を前に、声高に話をしている。一体何の話をしているのか、先生はこれを知りたかったが、火星人の言葉を知らないので、どうにもならない。
 ところがその時、先生は、どこかで人間の小さい話声を耳にした。
 怪人丸木が洞穴の一室で、隊員たちを前に、何かわけのわからない火星人の言葉で、しきりにしゃべっている。その同じ室の隅では、新田先生が、つみ上げられた機械の後に、じっと小さくなってかくれている。すると、その時先生はとつぜん、かすかな人間の声を耳にしたものだから、びっくりしてしまった。
(誰だろう。あのように小さい声で、一生懸命にしゃべっているのは?)
 先生は不思議に思って、声のする方を、しきりにさがしてみた。その声は、どうやら、機械の中から聞えて来るようであった。先生はますますおどろいて、
(はて、このように、機械をつみ上げた中に、誰かが、かくれているのだろうか)
 しかし、それはどうも、ありそうなことと思われない。その声は大変小さい声であった。い
前へ 次へ
全64ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング