たが、もちろん、丸木の言うとおりにちがいなかった。
「だから、先生。あなたは、地球の人間を代表して、わしに返事をしてくれればいいのです。先生がうんと言って承知をしてくれれば、わしたちは出来るだけの力を出して、先生をはじめ地球の人間をすくうつもりです。人間だけではない、牛や馬や犬や猫や、それから桜の木や、松の木や、かつおや、ひらめのような魚や、それから、鶴や蛇や、地球上のありとあらゆるものを、一通りすくい出して、火星につれていってあげる」
「えっ、人間ばかりでなく、たくさんの動物や植物までも、のせて行くのですか」
 新田先生は、火星人丸木の言葉を、おどろいて聞きかえした。
「そうですとも」
「なぜ、そんなことをするのですか。一人でも、多くの人間をのせて行ってもらいたいと思うのに、牛馬や木などに、場所を取られては、惜しいです」
「いや、わしたちは、こう考えているのです。人間だけを火星に持って行ったのでは、向こうで、人間がくらしに困るかと思う。だから、あらゆる植物や動物を、持って行ってあげようと言うのです」
「なるほど。そういうわけですか」
 新田先生も、丸木の言葉が、ようやくわかったような気がした。
「では、そのへんで、わしたちの申出を、承知してくれますね」
「いやいや、丸木さん」
 と、先生はあわてて、丸木をさえぎり、
「その話は、いくら私に相談をかけられてもだめです。政府に話をして下さい」
 すると丸木は、ぶるぶると体をふるわせ、
「どうも君は話のわからない人間だ。もうよろしい。わしたちはこんなことで、ぐずぐずしておられないのだ。兵団長は、もうこれで十五へんも、話はきまったかと聞いて来られた。この上、ぐずぐずしていると、わが火星の大計画はくずれてしまって、とりかえしのつかんことになる。……」
 と、丸木は妙なことを口走って、しきりに足ぶみをした。
 新田先生は、丸木の言った言葉の中から「兵団長」だの「わが火星の大計画」だの「とりかえしがつかん」だのと言う謎のような言葉を、頭の中でおさらいをしてみて、不審顔であった。


   32[#「32」は縦中横] はいって来た者


 新田先生が、火星人の申出を、うんと言ってきかないので、丸木は、とうとうおこってしまった。
 丸木は、うしろをふりかえって、奇妙な声をあげて、両手を、頭のうえで振った。
 それが、合図であったらしい。うしろに集って、丸木と新田先生との話を、熱心に聞いていた火星人たちは、一時に立って先生に向かって来た。
「な、なにをするっ」
 先生は、近よる火星人たちを、しかりつけた。
 しかし、相手は大ぜいであり、こっちは一人である。もうどうすることも出来なかった。あっという間に、先生は、両手両足を、火星人たちに取られて、真暗な奥の方へ、引きずりこまれてしまった。そうして、やがてどさりと柔かい土の上に、なげだされた。
「あっ、いたっ!」
 先生は、腰骨のところを、したたかに打って、痛さのあまり、しばらくは、呼吸《いき》が出来ないほどだった。
 先生は、ぐったりとして、地上にへたばったまま身動きさえしなくなった。
 それから、どのくらいたったか、わからない。そのうちに、先生は、ふと、眠りから、目ざめた。冷たい、ひやりとした土が、先生に、
(さあ、しっかりして下さい、先生)
 と、励ますように、思われた。このしっとりとした土さえ、やがて間もなく、数十億年もすみなれた故郷を、奪われてしまうのだ。先生は、なんだか、涙もろくなってしまった。
 先生は、起上った。
 逃げることが出来たら、逃げだそうと思って、手さぐりで、はいだしていった。
 しばらくはっていくと、ぼうっと薄桃色の光が見えた。
(しめた、あれが出口だろう)
 と、はいだしていったが……。
 穴の入口の、うすもも色の光りもの!
 監禁のうき目にあっている先生は、ここを逃出したい一心で、これに近づいた。
 すると、その光りものは火星人だということがわかった。
(しまった!)
 と、思った時にはもうおそかった。
 火星人は、くるりと後をふり向き、先生の方へのこのこ歩いて来た。そうして、右手をふり上げたかと思うと、びゅうんという、うなりとともに、何だか鎖のように固いものが飛んで来て、先生の背をぴしりと打った。
「ああっ!」
 先生は、思わず悲鳴を上げて、そこへ、へたばった。
 火星人は、またぞろ右手を上げた。
 先生はそれを知っていたが、さっき強く打たれたいたみ[#「いたみ」に傍点]で、もう逃げることが出来ないのだった。
 やがてまた強い一撃が、先生の頭の上に、降って来るかと、先生は目をつぶった。
 しかし次の一撃は、いつまでたっても、上から、降って来なかった。
 不思議に思った先生は、おそるおそる顔を上げた。すると火星人は、いつそこへ来たのか黒マントの丸木の前に、しきりに、憐みを乞うている様子だった。
 丸木は、首を横に向けた。すると、前にかしこまっていたその火星人は、外へ出てしまった。丸木に叱られでもしたのであろうと、先生は思ったことである。
 黒マントの丸木は、先生の方へ寄って来た。何か用事でもありそうな様子である。
 新田先生は、立上って、身がまえた。
 怪人丸木は、ずんずん前に寄って来る。彼の手には、妙な形の灯火《ともしび》がにぎられている。まるで竹筒のようでもあり、爆弾のようにも見える。
 先生は、じりじりと下った。
 穴ぐらの監禁室の中!
 新田先生は、もうさがれるところまで、後さがりした。
 それでも、黒マントの怪人丸木は、まだじりじりと先生に迫って来る。もうこれ以上、後にさがれない。先生はさっき丸木の言うことに、どうしても従わないと言ったので、丸木は大へんきげんを悪くしているはずだ。こうして、今また丸木が先生の前に迫って来たからには、いよいよ丸木は、先生の体に危害を加えるつもりではないか。
 そう思うと、じりじりと穴の奥まで、追いつめられた先生は、もうどうにも助かる道がないように思った。先生は最後の勇気を出して、自分の鼻の先に迫って来た丸木の顔を、ぐっとにらみつけた。
「おや!」
 この時先生は、非常におどろいた。急にくらくらと目まいを感じたほど、おどろいたのであった。
 それは一体なぜだったろう。
 丸木の眼は、いつも黒く色のついた眼鏡をかけていることは、誰でも知っている。今丸木はマントの下から手を出して、その眼鏡をとったのである。すると、その下から二つの眼が現れて、くるくると動いた。――生きている目だ!
 火星人もそうであるように、怪人丸木もよく自分の首を下に落した。
 ぽっくり下に落ちる火星人の首には、目玉がついているけれど、先に先生が発見したように、その目玉はガラス玉同様で、決して生きている人間の目玉のように動きはしないのである。ところが今、丸木の目玉が、くるくるぎょろぎょろと動いたので、先生は、びっくりしてしまったのだ。なぜ急に丸木の目玉が、生きている人間の目玉のように、動き出したのであろうか? 丸木だけが火星人として、特別仕掛のにせ首を持っているのだろうか?
 先生は、丸木の動く目玉に、気を失いそうなくらいおどろいた。全く丸木という奴は、なみなみならぬ怪物だ。
「しずかに、声を立ててはいけない!」
 怪人丸木が、とつぜん口を開いた。その声は、あたりをはばかるような低い小さい声だった。
 先生は、二度びっくりであった。なぜなら怪人丸木の唇がたしかに動き、その中からは白い歯も見えた。丸木だけは、他の火星人と違って、作り物の首を肩の上にのせていないのか。
「……」
 新田先生は、声もなく恐怖の色を浮かべた。全く、どんなに考えても、正体のわからない奴は、この丸木だ!
「新田先生、何とか返事をしなさいよ。おっとおっと、大きな声を出してはいけない。火星人だの、それから丸木なんかに知れると大変なことになる」
 怪人丸木は、先生の耳のそばに口をつけて、ささやくように、こう言った。
「えっ、丸木に知れると大変だと言って……丸木は君じゃないか」
「違う違う。丸木じゃない。わしだよ。新田先生。わからないのかい」
「えっ、君は、誰?」
「わしだよ、佐々《さっさ》刑事だ」
「ええっ、佐々刑事? へえ、佐々さんですか。ほんとうですか」
 新田先生は、あまり話が意外なので、信じてよいかどうか、大迷いのかたちであった。
「よくわしの顔を見たまえ。へんな仮装のお面をかぶっているが、わしだということが、わかるだろう。何しろ、こんな竹ぼらのような声を出す人間が、世間にそうたくさんあるものかね」
「ああなるほど、佐々さんだ。あっ、佐々さん、あなたはよくまあ、こんなところへ……」
 と、新田先生は、喜びのあまり、佐々の手に、すがりついた。
「どうしてあなたは、丸木に変装したりなんかして、こんなところへ忍びこんだのですか」
 と、新田先生は佐々に尋ねた。もちろん、大方そのわけは、察しがついてはいたが……。
「わしの任務かね」
 と、佐々刑事は、仮装のお面をぬいで上にあげ、
「わしの任務については、くわしく言うことは、許されていないさ。大江山捜査課長にでも聞いてもらうんだね。しかし新田先生。わしは重大使命を帯びて、こうして火星人に近づいているんだ。わしは今、命がけで仕事をやっているんだ」
 先生はうなずいた。なるほど、単身火星人の群に飛びこむなんて、命がけの仕事でなくて何であろうか。
「それで、その仕事と言うのは……」
「それはやっぱり、あまりしゃべれないけれど、とにかく先生、今夜これから、大変なことが起るよ」
「大変なこと? 佐々さん、それは何ですか」
「今夜の中に火星のボート群が、かなりたくさん、このへん一帯に着陸するだろうよ。火星人はいよいよその数を増して来るんだ」
「えっ、そうですか。それはどうも話が、早すぎますね。さっき私は、ぜひこの山中一帯をゆずってくれと、丸木に責められたんです。もちろん私が、うんと言わないので、丸木はおこっていました。その時の丸木は、まさか佐々さんじゃなかったでしょうね」
「違うよ違うよ。あれは本物の丸木だ。わしはかげのところから、そっと隙見をしていて、知っているよ」
 と、佐々はにが笑いをして、
「そこで先生。わしは、いよいよ思いきったことをやるつもりだよ」
 怪人丸木に変装した佐々刑事が、すこぶる、はりきっているのは、たのもしいことであった。とりこになっている新田先生も、佐々の話を聞いていると、自然に勇気が出て来るような気がした。
「ねえ、佐々さん、私は一つ、大変心配していることがあるんだが……」
「心配ごとって、それは何だね。早く言いたまえ」
「それは外でもない、千二少年の行方のことなんですがね」
「ああ、千二のことか」
「どうです、佐々さん。千二少年は、丸木につれられて行ったんだが、ここで見かけなかったでしょうか」
 先生はどこまでも教え子の千二のことを、心配しているのだった。これも先生なればこそで、まことにありがたいことであった。
 佐々刑事は、首を左右に振って、
「見かけなかったねえ」
「いないのでしょうか。一体、千二少年はどうしたんだろうな」
 先生の目は、憂いに曇った。
「千二の行方も捜さなければならんが」と佐々刑事は言って、
「わしが課長から命ぜられていて、まだ果してないのは、蟻田博士が去年の大地震以来、どうなったということだ。君はその後、蟻田博士と会ったことがあるかね」
「いや、どういたしまして……」
 と、新田先生は首を振って、
「何しろ私はあの大地震以来、つい先ごろまで、病院のベッドに寝ていたんですからねえ」
「ふん、なるほど。考えてみればあの大地震というやつが、我々の仕事をどのくらい邪魔したか知れない。いや、こんなぐちを、今言ってみても仕方がないがね。まあいいや。どんな災難であろうと、困ったことであろうと、もうおどろくものか」
 佐々刑事は、立上った。
 丸木の顔に似せた面をかぶり、黒い眼鏡をかけると、全く丸木そっくりに見える。
「もう、行くんですか」
 と、新田先生は
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