のボートが、斜になって、立っていたでしょう」
「ああ、あれが火星のボートですか」
先生は、始めてそれを知ったような顔をして、うなずいた。
「宇宙艇と言うやつは、あのボートよりも、何倍も大きい乗物なんだ。この宇宙をどんどん走るやつで、それはとてもこの地球の上では、どこにも見当らないりっぱな乗物なんですよ」
丸木は、身ぶりをまぜて、ほこらしげに話をした。
「この地球の上にだって、ロケットと言うものがありますぞ」
「ロケット? はて、それはどんなものかな」
丸木はまだロケットを知らないらしいので、先生は、地面に図をかいて、こんなものだと説明してやった。
丸木は、たいへん熱心に、それを聞いていたが、
「ははあ、ロケットとは、そんなものか」
と、安心したような声で言った。
「あのロケットなどというものは、全く、おもちゃみたいなものだ」
と、怪人丸木は笑う。
新田先生は、ちょっとむっとした。
「わが火星にある宇宙艇は、スピードもたいへん早いし、人を乗せるにしても、一せきの中に千人や二千人は、大丈夫だ。一万人乗のものもある。この地球には、そんなに人の乗れるロケットはないでしょう」
丸木は、ほこらしげに言ったことである。
「火星の宇宙艇には、そんなに、たくさんの人が乗れるのですか」
と、新田先生は、思わず、ためいきをついた。わが地球のロケットでは、せいぜい五十人ぐらいの人間が乗れるだけである。
「だから先生、この際地球の人類は、自分だけの力でこの難関を切りぬけようとしてもだめですよ。わが火星の力がなくては、地球人類の生命は、助らないのだ。だから、我々の申出を受けて下さるがいい」
丸木は、いよいよ得意そうに言った。
「なるほど。そんなりっぱな火星の宇宙艇を、たくさん借りることが出来れば、我々も大助りです。政府に話をすれば、きっと喜ぶでしょう」
「そうです。きっと喜ぶでしょう。先生、あなたは、やっと、我々の話を、本気で聞いてくれるようになりましたね」
「で、私に、政府へ話をしろと、おっしゃるのですか」
「その通りです。そうして、こういうことも、よく話をしてもらいたいのです。わが火星の宇宙艇の着陸場として、この附近の山中を我々にゆずってもらいたいのです」
「えっ、何ですって」
丸木は、少し言葉じりをふるわせながら、
「つまり、この山梨県の山中を、我々火星人に、自由に使わせてもらいたいのです」
と、何でもないことを、おずおずと申し出た。どうも、丸木の話しぶりがへんだ。
31[#「31」は縦中横] 火星人
たいへんな相談をかけられたものである。地球人類を救ってやるから、この山梨県の山中一帯を、火星人にゆずれと言うのだ。
新田先生は、そんな相談をかけられても、返事をすることは出来ない。先生は、この山梨県の地主でも何でもないのだから。
「そんな相談を受けても、私にはとりきめる力がありませんよ」
先生は、正直に怪人丸木に返事をした。
すると丸木は、むっとしたようであった。
「なぜ、とりきめが出来ないのかね」
丸木は、時々らんぼうな口のききかたをする。
「私は、そんなことに力のない一国民ですからねえ」
「そんなことはない」
と、丸木は強く言いきった。
「我々は、君を人間の代表として、相談をしているのだ。力があるもないも、もう一箇月もすれば、地球の人類は、誰も彼も、なくなってしまうではないか。君は人間だろう。人間なら、人間として、りっぱに我々に返事が出来るはずだ」
どうもよく、丸木の言っていることが、のみこめないが、火星人は、人間界のことなら、どの人間に相談してもいいのだと、思っているらしかった。
先生は、はからずも人間の代表に選ばれて、むしろ、たいへんめいわくだった。
どうしたものかと、なやみながら、ふと前を見ると、怪人丸木のまわりには、いつの間にか例のドラム缶に、細い手足をはやしたような火星人が、たくさん集って来て、しきりにこっちを見ている。
先生は、その時、火星人が、まん中に妙な機械を抱えこんでいるのを見つけて、あれは一体何であろうかと、不思議に思った。それは、ラジオの機械の上に、うちわを立てたような機械だった。先生がこっちから何か言うと、丸木以外の火星人は、その機械の方に、ねっしんに顔をよせる。
「どうしても、そんな相談に、約束は出来ません」
先生は、きっぱり言った。
「まだ君は、そんなことを言うのか」
怪人丸木は、いよいよきげんを悪くした。
すると、他の大勢の火星人も、とつぜん奇妙な声を立てて、騒ぎ出した。
その時先生は、その大勢の火星人が、大事そうに抱いているへんな機械が、ひょっとすると、人間の話を、火星人にわかるように直す変話機ではないかと、気がついた。
その時先生は、とつぜん火星人の一人に、胸ぐらを取られて、びっくりした。
「こら、らんぼうし給うな」
と、先生は彼の手を振りはらったが、彼はしっかと握って、放さなかった。その時、先生は火星人の手が、まるで鋼鉄の棒のように固くて、そうして冷たいのを知っておどろいた。
そのらんぼうな火星人は、先生をなぐりつけるつもりか、一方の手を振上げた。その時、火星人の腕のつけねに妙な音がした。ぎりぎりぎりと、何か歯車で鎖を巻くような音だった。
「何をするっ」
先生は、必死になってそれを防ぎながら、火星人の目を見た。
火星人の目は、じっと遠いところを見つめているようであった。ガラス玉のような、うつろな動かない目であった。
そのくせ、火星人の腕はのびて、先生の頭をめがけて、はげしくうちおろすのであった。
「あっ!」
先生は、受損じて、頭が割れたかと思った。そうして、ふらふらと倒れそうになったので、先生は前後の考えもなく、火星人の胴中《どうなか》に抱きついた。
すると、火星人はあわて出したようであった。そうして急に弱くなって、ごろんとその場に倒れた。
新田先生は、火星人を下に押さえつけたまま、ふうふうと苦しい息をはいた。何かどなりつけてやりたかったが、あまりに息切れがはげしくて、声を出そうにも、声が出なかった。
下になっている火星人は、両手、両足を動かして盛にもがいた。
ひゅう、ひゅう。ぷく、ぷく、ぷく。
火星人は、妙な声をあげてうなった。
新田先生は、この時火星人の体について、重大な発見をした。
それは、ひゅうひゅうぷくぷくと言う声が、火星人の口から出ていないで、のどのあたりから出ていることだった。
先生は、おどろいて火星人の、のどを見た。すると火星人の首は、もう少しで、肩から外れそうになっていた。
やっぱり、首なしの生き物なのだ。火星人は――。
ひゅうひゅうぷくぷくの声は、首と肩とのつぎ目のあたりから、もれて来るのであった。
首の外れる生物! 首なしの生き物!
そんな不思議な生物が、この世の中にあっていいものか。
気がついて、先生はもう一度火星人の目を見直した。
目は相かわらず、ガラス玉のように遠いところを見つめていた。そうして少しも動かないのであった。まるでつくりものの目だ。
火星人の、のたうち廻るのを押さえつけながら、先生は苦しい息の下に、なおも敵の体に気をつける努力を忘れなかった。
先生は火星人の口を見た。
口は半ば開いたきりであった。そうしてうるおいがなく、動かなかった。もちろんそこからはげしい息づかいも聞かれなかった。どう考えても火星人は、こしらえものの首を肩の上にのせているとしか思われない!
(おどろいた。火星人のやつめ、こしらえものの首をのせているらしい!)
先生が下に組みしいているこの火星人だけが、そうではないのだ。丸木だと思われる怪人も、この前、首をころりと落したことがある。
先生は急に、気持が悪くなった。首がなくて、生きていられるなんて、不思議なことだ。とても、ほんとうだと、思われないことだ。
だが火星人は、まさしく首なしで生きているのだった。それをしょうこ立てるように、ちょうどその時、先生の下でもがいていた火星人の首がもげて、ころころと向こうへころがって行った。
「あっ、とうとう首が落ちた!」
あまりの奇怪さに新田先生は、もうたまらなくなって火星人の腹の上から飛びのこうとして上半身をおこした。その時であった、先生がもう一つの、おどろくべきものを見たのは……。
それは、一体何であったろうか?
新田先生が、上半身をおこした時、先生は火星人の胸についている大きな二つのボタンに、ぐっと睨まれたように思ったのである。
ボタンに睨まれる?
そんなことがあっていいであろうか。とにかく、確かに大きな二つのボタンに、睨まれたような気がしたのであった。そうして確かに、そのボタンはぐるぐると目玉のように、動いたのであった。
「ああっ」
先生は思わずさけび声を立てて、もう一度その目玉のように動く大きなボタンを見た。すると、どうであろう。奇怪にも、今の今まで見えていた二つのボタンは、あとかたもなく消えて、火星人の胸は前のように、ドラム缶のように固い表面があるきりだった。
この時火星人は、す早くはね起きた。
気味の悪い火星人と組みうちをやって、新田先生は、いろいろと不思議な目にあった。火星人の首が、今にも落ちそうになっていたことや、その火星人の声が、肩のあたりから聞えたことや、それからまた、火星人の胸に、目玉のように動く大きなボタンがちらと見えたと思ったら、また直ぐなくなってしまったことなど、どれ一つとして、不思議でないことはなかった。
火星人の体には、いろいろの、ひみつがあるらしい。少くとも地球の人類が持っている体とは、そのつくり方が、たいへん違うようだ。
新田先生は、この時以来、どうかして、火星人の体のひみつを、ぜひ早く知り尽くしたいものだと考えるようになった。火星人の体のひみつが、はっきりわからなければ、こうして火星人とつきあっていても、何だか安心していられない気がした。
先生の組みうちの相手になったその火星人は、すっくと立ちあがったが、それで引込むのかと思ったら、そうではなく、またじりじりと先生に向かって来た。
先生は、もうかなり疲れていたが、ここで弱みを見せては、敵になめられると思い、
「まだ来るか、来るなら来い!」
と、大手をひろげた。
すると、さきほどから、両人の組みうちを、かたわらから、じっと見ていた丸木が、急に両人の間に割って入り、何だかわけのわからない言葉をぺらぺらとしゃべった。
それはどうやら、らんぼうな火星人を叱りつけたものらしい。先生の敵は、すごすごと廻れ右をして、仲間の後へかくれてしまった。
「新田先生」
と、今度は丸木が先生に話しかけた。
「これ以上、火星人をおこらせないのが、身のためですよ。さっきの話は承知してください」
怪人丸木が、新田先生におしつけようとするのは、山梨県一帯の山中を、火星人にゆずりわたせということだった。
「そんなことを言っても、私には、きめる力がないのだ。それは、政府へ申し込んで下さい。私は、そんなことには何の力もない、一人の教師なんだから……」
「ふふふふ、こまった人間だ」
と、丸木は、うす笑いをしながら、
「わしの目から見れば、先生であろうが、政府の役人であろうが、どっちも地球の人間と見ることにかわりはない。わしは、これ以上くどくど言うことはやめます。要するに、わしたちの相手は、人間でありさえすれば、誰でもいいのだ。人間どうしの相談なら、先生だとか、役人だとか、そんなうるさい資格が必要かもしれないが、火星人対地球人の相談には、人間が勝手にきめた地位や資格のことを考える必要はないのだ」
と、丸木は少しむずかしいことを言ったのち、
「ねえ、先生。ぐずぐずしていると、あなたがたの足の下にふみつけている地球が、煙のようになって、ふきとんでしまうのですよ。わしたちは火星人だから、そんなことになっても、一向こまりはしない。こまるのは、あなたがた地球の人間たちばかりだ。そうでしょうが」
先生は、だまってい
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