とかジュラルミンなどを使うのであるが、この火星のボートでは、そんな金属は使っていない。それは、みたこともない青褐色の材料で出来ていた。先生が軽く叩いてみたところでは、なかなか固く、ひょっとすると鉄などよりも、もっと固いのではないかと思われた。
それからこのボートが、地球以外のところで出来たらしいしるしは、まだ、ほかにもあった。今の外壁のことであるが、どこにもつぎ目がない。もちろんリベットなどは、一つも打ってない。これほどの大きなものを、リベットもつぎめもなくして作りあげることは、とても人間わざでは出来ない。
まだ違うところがある。
それは窓である。我々が知っているような窓は、窓わくを持っていて、そこへふたのようなものがはまるのであるが、火星のボートへよって、先生が見たところによると、そうはなっていない。窓のあいているところは、まわりから中央へ向かって、写真機のしぼりのようにしぼられて、しまるのであった。全くへんな窓である。
これらのことから、新田先生は、このボートは、火星人が作ったものに違いないと思った。
火星の宇宙ボートの前に、新田先生が立っている。
先生は、この宇宙ボートの珍しい姿に、すっかり気を奪われていた。そのあたりに、火星人が、うようよいることを、忘れていたのである。それは、ほんのちょっとの間のことだったが……。
先生が、はっと我にかえった時は、もう遅かった。何者かが、先生の両腕をうしろから強い力で、ぎゅっとおさえつけた。
「あっ、しまった」
と、先生がそれをふりほどこうとする間もなく、今度は、先生の両眼が見えなくなってしまった。それは、うしろから、いやにぬらぬらするゴム布のようなもので、目かくしをされてしまったのである。
いくら、じたばたやって見ても、うしろから、先生の腕をおさえている力は、たいへん強く、それを無理にふりほどこうとすれば、先生の腕の方が、今にもぽきんと折れそうになった。
(騒ぐだけ損だ!)
先生は、勇気をなくしたわけではなかったけれど、今、じたばた騒いでも、こっちの体が痛くなるばかりなので、手向かうことをやめた。あとで、相手にすきが出来た時に、力一ぱい腕をふるうことにした方がよいと、賢い新田先生は早くも見てとった。
「な、何をするんだ、君がたは……」
先生は、おちつきの心をとりかえしながら、相手を叱りつけた。
先生のうしろにいる相手は、何にも、返事をしなかった。何だか、へんなにおいが、ぷうんと先生の鼻をついた。奇妙なにおいであった。それは先生が、始めてかいだへんてこなにおいであった。
(ふうむ、こんなへんなにおいを出すからには、いよいよ火星人に違いない!)
と、先生は心の中でうなずいた。
新田先生は、あやしい者のために両腕をうしろからおさえられ、その上目かくしまでされて、無理やりに、前へ向かって歩かせられた。
何とかして相手の顔を見たいものだと、先生は顔をくしゃくしゃにしながら、目かくしの間にすき間を作ろうとしたが、なかなかうまくいかない。そうした先生の心をなおさらいらいらさせるかのように、例の胸がむかむかするにおいが、うしろからにおって来る。
「けしからん。なぜ、私を、こんな目にあわすのか。そのわけを、話したまえ」
先生は、体をふりながら、見えない相手にまた呼びかけた。今度は思いきって、せい一ぱいの大声でどなった。
相手は、あいかわらず、返事をしなかった。だが、先生がたいへん大きな声を出したので、相手もよほどおどろいたものと見え、急にうしろで、何だかわけのわからない叫び声が聞えた。
ひゅう、ひゅう、ひゅう。
ぷく、ぷく、ぷく、ぷく。
彼らの叫び声はそんな風に聞えた。その叫び声のわけは、一向にわかりそうもないが、そのひゅうひゅう、ぷくぷくと言う声は、何か話をしているらしいことが、おぼろげながらわかった。これは、火星人の言葉なのであろう。
(この人間が、今大きな声を出したではないか。逃げるつもりではないか)
(逃げるかもしれない。もっときつく、おさえているんだ)
と、言ったような言葉でもあろうかと、先生は思った。だがそれは先生の思い違いで、ほんとうは火星人はそんな、なまやさしい話をしていたのではなかった。それは、いずれだんだんとわかる。
先生はその話声からして、自分のうしろにつきしたがっている火星人の人数が六、七人、あるいはもっと多人数であることを覚った。
ひゅうひゅう、ぷくぷく。
新田先生を、後からおさえつけた火星人たちは、一体何を言っているのであろう。
しばらくすると、火星人の話は、まとまったものとみえ、新田先生は、また後からぐんぐん前に押された。
「どこまで、連れて行くつもりかなあ」
新田先生は、少し不安になって来た。
ひゅうひゅう、ぷくぷく。
火星人は、おこったような声を出した。
それから十五、六歩も歩いたところに岩があった。その岩のかげに、人間のはいれるくらいの穴があった。
火星人は、後から、ぐんぐん押した。その穴の中へ、押込むつもりらしい。その穴の中には、一体何があるのであろうか。
「ええい、どうなることか。行くところまで行ってやれ」
先生は、もう度胸をさだめた。そうして、火星人の意にさからうことなく、穴をくぐった。穴の中から、例のいやなにおいが、ぷうんと鼻をうった。
中はまっ暗であった。しかし、中はあんがい広くて、人間がはいっても、頭がつかえるようなことはなかった。
先生は、くさいにおいには閉口しながらも、一生けんめいがまんしながら、穴の奥の方まで、連れて行かれた。
目かくしは、いつのまにか、取れてしまったようである。
穴の中の暗さにも、だんだんなれて来たものとみえ、あたりの様子がぼんやりわかって来た。
その時、まず先生をおどろかしたのは、いつの間にか、自分の前を歩いている異様な火星人の姿であった。穴の中は暗いので、それで安心して、火星人は、先に立って歩いているらしかった。彼らのかっこうの悪い胴体が、歩く度に重そうにゆれた。
すると、とつぜん先生は、明かるい光の中へ押出された。
「あっ!」
先生の目は、くらくらとした。
30[#「30」は縦中横] 妙な申出
穴の中で、新田先生はとつぜんまぶしい光をあびせかけられ、はっとした。
眼がくらくらとして、頭のしんが、つうんと痛くなった。そうして、ひょろひょろと、足元があやしくなって、踏みこたえるいとまもなく、その場にどすんと尻餅をついてしまった。
(どうにでもなれ!)
先生はもう覚悟をきめた。
耳元では、例の通り、ひゅうひゅうぷくぷくと、火星の生物が、奇声を出しながらしきりに騒いでいた。
しばらくして新田先生は、とつぜん呼びかけられた。
「さあ、顔を上げなさい、新田先生」
先生はびっくりした。いきなり人間の言葉で、呼ばれたのであった。しかも自分の姓まで、知っているのだ。
一体自分を呼んだのは誰?
新田先生は、光の中に顔を上げた。
目の前に一人の男が立って、先生の方を見ていた。黒い長マントを着て、つばの広い帽子をかむった長身の男だった。眼には黒いふちの大きな眼鏡をかけているのだった。
「あっ、丸木?」
新田先生はおどろいて、その場にはね起きようとしたが、相手のために肩をおさえつけられた。それは、かなりの強い力だったから、新田先生は起きあがることが出来なかった。
「そうだ。わしは丸木ですよ」
と、黒マントの男は、へんにしわがれた声で言った。
「君は丸木か。いつぞやは、私《わし》をひどい目にあわせたな。それはいいが、君はまた千二少年をさらって、どこへ連れて行ったのか。早く返したまえ」
怪人丸木は、それには答えず、
「新田先生。我々は、あなたに相談があるのだ」
穴の中の広間で、めずらしくも、怪人丸木と新田先生とが、にらみあっている。
その丸木が、いつになく、やさしい猫なで声を出して、新田先生に相談があると言ったのである。
「相談とは、何です」
と、新田先生はゆだんをしない。
すると、丸木は、
「まあ、そこへおかけ」
と言って、先生に、腰かけにちょうどいいほどの大きな石ころをすすめ、自分はのっそりとつっ立ったままで話をはじめた。
「どうぞ、君もおかけなさい」
と、先生は礼儀正しく、丸木にも腰をかけることをすすめたが、丸木は、いや、私は、この方がいいのですと言って、あいかわらずつっ立ったままだった。他の火星人は、先生と丸木とをとおまきにして、つっ立っている奴もあれば、無作法《ぶさほう》にもごろんと地面に寝そべっている者もあった。
「ところで、新田先生。相談というのは外でもないが、先生は、この地球がやがてモロー彗星と正面衝突して、ばらばらにこわれてしまうのを知っているでしょうね」
「知っていますよ」
と、新田先生は、すぐに返事をした。
「それが、どうしたのですか」
「いや、どうもしやしませんが、モロー彗星に衝突されると、皆さん、地球の人類は、死んでしまうわけだが、その対策は出来ていますか」
「対策というと……」
「つまり、その場合、何とかして助かる工夫が出来ているかと、私は聞くのです」
「さあ、それは……」
と言ったが、先生は、返事につかえた。
日本をはじめ、世界各国では、その日の用意として、全工業力をあげてロケットをたくさんつくっていると噂に聞いているが、それを丸木に話していいものかどうか?
丸木の眼が、黒眼鏡の奥で、きらりと光ったようである。
怪人丸木の質問に、新田先生はどう返事をしようかと、迷ってしまった。
丸木は先生の困った様子を見てとって、それを自分のつごうのいい方へとった。
「お困りの様子だが、まったくお気のどくに思う。皆さん方は、永久に地球の人類が栄えるものと思っていられたのであろうが、モロー彗星というやつが、それを正面から、じゃまをするんですからね。もっとも、モロー彗星は、意地わるをたくらんで、じゃまをするわけではなく、不幸にも、モロー彗星の進む道が、地球の道とちょうど合うことになっているんですから、これはどうも仕方のないことですよ。その点は、先生にもよくおわかりでしょうね」
「それは、よくわかっています」
「それならよろしい。来るべきこの大事件は、地球の人類にとって最大の不幸である。しかしそれは同時に、モロー彗星にとってもまた不幸な出来事である。そうでしょうが」
先生は、うなずいた。今まで、考えなかったが、モロー彗星にとっても不幸であるに違いない。しかしモロー彗星の上には、この地球みたいに、生物が住んではいないだろうから、いくら不幸だと言っても、我々の不幸にくらべると、くらべものにならないと思った。
「わしはずっと前から、この不幸な事件について、モロー彗星にも、また地球の人類にも同情をしていた。そうして、何とかして外力を用いて、一方の軌道をすこし外してみる方法はないものかと、研究をしたこともあった」
丸木がとつぜん、けなげなことを言出したので、先生はおどろいた。
「だが、そいつは、なかなかむずかしいことだ。ちょっと我々の手におえないことです。だから、この上は、せめて皆さんがた地球の人類の命を、一人でも多く救ってあげたいと、思うようになったのです」
怪人丸木は、親切そうなことを言出した。
「それは、御親切さまに……」
と、新田先生は怪人丸木にお礼を言った。
ほんとうに親切なのだか何だかわからないが、とにかく丸木は、熱心を面にあらわして、地球の人類をモロー彗星の衝突で死ぬことから、助けてやろうというので、これには、挨拶としてお礼を言わないわけにいかない。
「で、あなたは一体、我々人類を、どうやって助けて下さるのですか」
「そのこと、そのことです」
と、怪人丸木は両足で地面をとんとんと踏鳴らしながら、
「ねえ、先生。わしは、火星に持っている宇宙艇を、たくさん地球へよこそうと思うのです」
「宇宙艇と言うと……」
「つまり、さっき先生は、外で見られたろうと思うが、山の頂《いただき》に火星
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