ていねいな言葉でたずねた。
「そんなことを、君たちに言ってもわからんよ。早く千二少年に会わせてくれ。その上で、君たちは、わしたちの話を、よこで聞いておればいいじゃないか」
「それでもけっこうです。が、博士。あの丸木という奴は、一体、何者なんですかねえ」
「丸木は、一体何者だと言うのか。ふふん。君たちは、わしを変だと思っている。だから、わしが言って聞かせてやっても、一向それを信じないだろうから、言わない方がましだよ」
「いえ、博士。ぜひとも教えていただきたいのです。私は、今までたいへん思いちがいをしておりました。博士に対して、つつしんでおわびをいたさねばなりません」
 課長は、そう言って、頭を下げた。
 すると博士は、びっくりしたように、目をみはったが、やがてにやりと笑い、
「ふふん、そういう気になっているんなら、まだ脈があるというものだ。だが、今さらわしが話をしてやっても、君たちに、どこまで、わしの言うことを信じる力があるかどうか、うたがわしいものじゃ」
「博士。私は、しんけんに、お教えを乞います。あの丸木という人は、何者なんですか」
「あの丸木かね。あれこそ、火星兵団の一員だよ」
「えっ、火星兵団の一員?」
 よくやく博士から釣りだした答えであったけれど、課長は、事の意外に、思わず大きなこえで反問した。
「そうだとも。火星兵団のことについては、ずっと前に、わしが君たちに警告した。そうしてわしは変だと言われたが、丸木こそ、その一員にちがいないと思うのだ」
 博士は、たいへんなことを言出した。
(丸木という怪人こそ、火星兵団の団員だ!)
 蟻田博士は、大江山課長の前で、そのように言切ったのだった。
 火星兵団――というのは、さきに蟻田博士が宇宙からひろいあげた言葉であった。そうして、蟻田博士は、そのことを放送したため、大事件を起したことは、読者も知っておられる通りである。だが、大江山課長は、この火星兵団のことをちょっと忘れていたかっこうだ。今、博士の口から、火星兵団という言葉を聞いて、はっと思い出したのであった。
(そうだ。この蟻田博士が、いつかこの火星兵団のことで、ばかばかしい警告放送をやったことがあったが……)
 大江山課長は、火星兵団のことを、前の時のように、今もばかばかしいと、片附けるわけにいかなくなった。先ほど警視総監の前で、モロー彗星が、やがて地球に衝突すると聞いてからは、宇宙というものを、あらためて見なおさないわけにはいかなくなったのだ。
 昨日までのわが捜査課は、主として日本内地だけをにらんで仕事をしておればよかった。ところが、今日からは、大江山課長は、地球の外に果てしなくひろがる大宇宙にまで目を光らせなければ、すまないことになったのである。
(火星兵団? そうだ。これをあらためて考えなおす必要がある!)
 しかも、課長の驚きはそればかりではない。蟻田博士は、火星兵団員というものがあると言放ったのだ。そうして、この間から、捜査課をあげて、みんなで手わけして大童《おおわらわ》で探しているあの怪人丸木が、その火星兵団員だという蟻田博士の言葉は、二重三重に大江山課長を驚かせ、そうして、彼のあたまを、ぼうっとさせてしまった。
「ふうん、たいへんなことになった」
 と、課長はとうとう本音をはいた。
「早く千二少年に会わせて下さらんか」
 と蟻田博士は、白い髭の中から唇を動かした。
「ええ」
 と、大江山課長は返事をしたが、千二少年は、もうこの警視庁にはいないのである。
 そのことを博士に言うと、博士はたいへん怒った。
「じょうだんじゃない。さっきから、千二少年に会わせてくれと言っているのに、いないならいないと、なぜ早く教えないのか」
 これには、課長もまいった。博士の怒るのは道理であった。だが課長としては、自分が今困っている問題につき、博士から一刻も早く知識をすいとりたかったのである。それは課長の利益だけではなく、広く日本人のためになることでもあったから、そうしたのである。はじめから、千二はいないと答えれば、博士は、そうかと言って、そのまま帰ってしまったであろう。でも博士の怒りは、なかなかしずまらなかった。
「うーん、けしからん。君たちはいつでもそうだ。このわしを、だましては喜んでいる」
「博士、それは違います。警察官がだますということは、ぜったいにありません。どうか、考えちがいをしないように願います」
「いや、いつもわしをだましているぞ。この後は、君たちが何を聞いても、わしはしゃべらないぞ。そうして、わしはわしで勝手に思ったことをする」
 博士は、いよいよきげんが悪い。ステッキをにぎつている博士の手は、ぶるぶるとふるえて、今にも課長の机の上の電話機を叩きこわしそうである。低気圧がやって来たようなものだ。
 これには、さすがの課長も困ってしまった。が、ふと思いついた一策!
「蟻田博士。あなたに、おもしろいものをごらんに入れましょう」
 博士は、おこってしまって、席を立ちかけたところだった。そこへ、とつぜん課長から声をかけられたのだった。
「おもしろいものを見せるって?」
 博士は、その言葉にすいつけられたように、後へかえりかけたが、
「いや、もうその手には乗らないぞ。わしは、もう君たちとは会わんつもりだ」
 課長は、博士の言葉にはかまわないで、後にあった金庫をあけて、一つの長い箱を持出した。
「博士、さあ見て下さい。これは、火星の生物が落していったものです。一体、これは何だと思いますか」
 課長が箱の中から取出したものは、いつか千葉の湖畔でひろって来た不可解な、むちのようなものだった。課長には、それが何であるか見当がつかなかった。また、課員に見せて智慧をしぼらせたがやはりわけがわからない。
 仕方がないので、それを、鑑定してもらうため大学へ送ったが、あいにくその方の先生が旅行中で、鑑定が出来ないことがわかったので、ふたたび課長のところへもどって来たものだった。それを思い出したので、課長は、博士に見せることにしたのだった。
 蟻田博士は、その青い一メートルばかりの長いむちみたいなものを手にして、目を光らせた。そうして、さっき課長になげつけた言葉などは、もうわすれてしまったかのように、このめずらしい品物を、どこでひろったのかなどと、いろいろと課長にたずねるのであった。課長は、博士のきげんがなおったので、このところ大喜びだった。そうして、いろいろと説明した。博士は、大きくうなずき、
「ふむ、これは実にたいしたもんじゃ」
 と、いすの上にこしを下した。
 蟻田博士が、ひどく感心した顔で、
(これはたいしたものだ!)
 と言った長さ一メートル余りの、むちのようなものは、一体何であったろうか。
 それを箱から出して、博士の目の前へ押しやった大江山課長は、博士のまたたき一つさえ見おとすまいと、じっと見つめているのであった。
「いかがです、博士。これなら博士をおひきとめした値打はあったでしょう」
 博士は、ふんふんと、ただ間に合わせの返事をしながら、その青いむちのようなものを、しきりにひっくりかえして見ていた。やがて博士は、その一方のはしが、すこし太くなっているところへ、指先をあてて、押したり、離したりしはじめた。
 すると、どうかした拍子に、その青いむちのようなものが、ほんのわずかではあったけれど、半殺しの蛇《へび》のように、ぴくぴくと動いた。そうして先の方がくるると円く輪になった。
「ほう、こいつは大発見だ!」
 博士は、熱心を面《おもて》にあらわして、なおもさかんに指先でいじりまわしたが、一度蛇のように動いた後は、二度とそんなに動かなくなった。
 大江山課長は、さっきから博士のじゃまをしないようにと思い、さしひかえていたが、もうがまんが出来なくなって、
「博士、その珍品《ちんぴん》は一体、何に使うものだかおわかりですか」
 と、せきこんで聞けば、博士は無言で、首を左右にふるばかりだった。
「博士、なぜ教えて下さらないのですか。博士には、おわかりになっているはずだと思うのに……」
 大江山課長の言葉に、博士は、はじめてそのむちのようなものから目を上げ、
「わしにも、さっぱりわからないのだ。わしはこれを研究してみたいと思う。どうだろう、これをもらって行っていいかね」
「いえ、それはだめです。持って行ってはいけません」
 大江山課長は、博士の手からその青いむちのようなものを、うばうように受取って、すぐさま箱の中に入れてしまった。
 博士は、気のどくなくらいがっかりして、
「たった一日でいいが、貸してくれんか」
「いや、だめです」
「じゃあ、もう十分か二十分か見せてくれんか」
「だめです。お断りします」
「そんなら、ぜいたくは言わない。もう五分間見せてくれ」
 課長は博士の頼みをあくまでもしりぞけた。そうして箱にふたをしてしまったけれど、箱を元の金庫にしまうことはしなかった。
「ねえ、博士」
 博士は、箱をじっと見つめて、よだれをたらさんばかりであった。返事もしない。
「ねえ、博士。さっきあなたは国際放送をお聞きでしたか。地球がモロー彗星に衝突するという……」
 課長のこのだしぬけの質問は、博士を驚かせるに十分であった。
「なに、地球がモロー彗星に? そんなことは、わしには前からわかっていたが、誰がそんなことを君の耳に入れたのか」
「国際放送ですよ。ロンドンとベルリンとからです。どっちもりっぱな天文学者が放送しました」
「ふうん、そうか。あいつらもやっと気が附いたとみえるのう。それで、わが日本では、誰が放送したのかね」
「まだ誰も放送していません」
「なぜ放送しないのかね。号外は出たのかね」
「いや、どっちも今、報道禁止にしてあります。そんなことを知らせては、どんなさわぎが起るか、大変ですからね」
 課長は、ほんとうに心配そうな顔をして、そう言った。
「そんなことは、一刻も早く、全国の人々に知らせるのがいい。かくしておくのは、かえってよくない」
 地球とモロー彗星とが、やがて衝突するであろうというニュースを、博士はすぐさま人々に知らせよと言う。
「もちろん、いずれ知らせますが、その前に、我々は、十分責任のある用意をしておかなければなりません」
 と、大江山課長は言う。
「責任のある用意とは?」
「それは、つまりその恐るべきニュースを聞いて、あばれ出す奴が出たら、すぐ捕えてしばり上げる用意をすることです」
「そんなつまらんことを、心配するには及ばないだろう。もっと大事な……」
「そうです。我々はそれも考えています。第二の用意は、その衝突が果してほんとうに起ることかどうか、それをたしかめなければなりません」
「よくよく、ばかばかしいことを考えたもんだ。それよりも、もっと……」
「まあ、お待ちなさい。我々の第三の用意は、もしほんとうに衝突が起るものとすれば、何とかして衝突しないですむ方法はないかと、それを研究すること」
「泥棒をとらえて縄をなうというのは、このことだ。ばかばかしい」
「いや、我々は、すべてのことに手落があってはならないのです。第四の用意としては……」
「第四の用意? ずいぶん用意をするのだねえ」
「そうです。第四の用意は、もし衝突が起っても、我々日本人だけを死なさずに、何とか助ける方法はないものかどうか」
「雲をつかむよりむずかしい話だ」
「第五の用意は……」
「わしは、もうたくさんだ。ばかばかしくて、黙って聞いていられんよ」
 蟻田博士は、大江山課長の言うことを、一々だめだとやっつけた。
 だが、博士は、帰る帰ると言ってなかなか帰らず、課長の机の前で、もじもじしていた。
「課長。総監がお呼びです」
 一人の警官が、大江山課長を呼びに来た。課長はうなずくと、そそくさと自分の席を立って、向うへ行った。
 その課長の姿は、衝立《ついたて》の後へ消えたが、そこで彼は、足をとどめた。課長を呼びに来た警官も、また、そこで足をとどめて、課長の顔を、興ありげに見た。
「課長。あの老人の写真をとるのですか」
「いや、今日のは、違
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