みうちしたことがありますが、それは体が、たいへん固いやつでした。まるで、鉄管のような固い体を持っていました。それから、大きさも、ずっと大きいやつでした」
「ふうむ、そうかねえ」
 先生は、小首をかしげた。
 新田先生と千二少年とは、あくまでも、その地底の怪物の正体をつきとめる決心をして、穴の中へ下りていく道を探した。
 ところが、その道は、どこにあるのか、なかなか見つからなかった。
 そんなことで、まごまごしていた二人は、とうとう、かなりの時間を費してしまった。
 もちろん、新田先生は、蟻田博士がやがてかえって来るだろうから、早くこの地下室を引上げなければならないと思っていたのであるが、ふと気がついてみると、もうぐずぐずしておられないほど、時間がたったことがわかった。
「千二君。もう、ここを引上げよう。ぐずぐずしていて、蟻田先生に見つかると、たいへんなことになるから……」
「ええ、わかりました。でも、残念ですねえ。もっと、あの怪物をよく見たいのですが」
「仕方がない。この次のことにしよう」
 二人は、ふたたび例の狭い階段の下へ来た。そうして、千二少年が先に、先生がその後からついて、その曲った階段をのぼって行った。
「おや」
 先に立って階段をのぼって行く千二が、とつぜん叫んだことである。
「どうした、千二君」
「先生、どうも、へんですよ」
「何が、へんかね」
「だって、階段をのぼりきったところは、天井で、ふさがっているんです」
「天井で、ふさがっているって。それはどういう意味かね。この階段の上には、さっき僕たちがはいった床の割目があるはずだ」
「それが、ないのですよ」
「なにっ」
 先生は、驚いて、懐中電灯を上に向けた。なるほど、これはへんだ。階段の口は、いつの間にかしまっていた。


   23[#「23」は縦中横] 国際放送


 日本時間で言えば、その日の真夜中のことであるが、ロンドンとベルリンとから、同時に、驚くべき放送がなされた。
 ロンドンでは、時の王立天文学会長リーズ卿がマイクの前に立ち、また一方、ベルリンでは、国防省天文気象局長のフンク博士がマイクの前に立った。
 この二人の天文学の権威ある学者は、一体何をしゃべったのであろうか。不思議なことに、二人の話の内容は、はんこで捺《お》したように同じであった。違っていたのは、
「わが英国民諸君、および全世界の人類諸君よ!」
 というリーズ卿の呼びかけの言葉と、
「わがドイツ民族諸子、および全世界の人類諸君よ!」
 というフンク博士の呼びかけの言葉だけだった。
「ああ、諸君。本日ここに、諸君を驚かすニュースを発表しなければならない仕儀となったことを、予は深く悲しむものである。諸君よ、諸君が今足下に踏みつけている地球は、遠からずして、崩壊するであろう。従って、わが人類にとって一大危機が切迫していることを、まず何よりも、はっきり知っていただきたい」
 と言って、ここで講演者は言いあわせたように、しばし言葉をとどめ、
「なぜ、われわれの地球が崩壊しなければならないか、それを語ろう。わが太陽系は、非常な速力を持ったモロー彗星の侵入をうけている。われわれは、本日念入な計算の結果、わが地球が、このモロー彗星との衝突を避け得ないという、真に悲しむべき結論に達した。われわれは、直ちに善後策の研究をはじめたが、如何なる有効な損害防止方法が発見されるか、それは神のみ知ることである。ちなみに、モロー彗星との衝突は、来る四月の初である」
 講演者の声はふるえていた。
 ロンドンとベルリンとからの驚くべきニュース放送は、まだつづいた。
「われわれは、近くこの対策について、国際会議を開くつもりで、もうすでにその仕事を始めた。八十億年のかがやかしい歴史の上に立つわれわれ地球人類は、今こそあらんかぎりの智力をかたむけて、やがて来らんとする大悲劇に備えなければならない!」
 マイクの前の講演者は、ここで、一きわ声をはりあげた。
「われわれは、決して、悲しんでばかりいてはならないのだ。この非常時において、何かのすばらしい考えが飛出さないものでもない。そうして、大悲劇をいくぶんゆるめ、たとい地球が崩壊しても、幾人かの幸運者は、後の世界に生残るかもしれない。われわれのゆく手は、全く暗黒ではないと思うから、この放送を聞かれた方々は、大いに智慧をしぼり、いい考えが出たら、私のところへお知らせねがいたい。お知らせ下さった避難案は、われわれの会議にかけ、よく研究してみるであろう」
 と、ひろく一般から、来るべき災難をさける方法をつのり、おしまいに、
「わが愛する地球の全人類よ。どうか、最後まで元気であれ。そうして、人類の恥になるようなことはしないように」
 と、言葉を結んだのであった。
 驚くべきニュースであった。
 一般の人々にとっては、まさに寝耳に水をつぎこまれたような大きな驚きであった。
 地球が、近く崩壊するのだ!
 モロー彗星というやつが、われわれの住んでいる地球にぶつかるのだ!
 大宇宙におけるその衝突は、来る四月だ!
 この放送を聞いた人は、はじめはとても信じられなかった。これはラジオドラマの一節じゃないかと、幾度もうたがってみたのであるが、不幸にも、それはラジオドラマでないことが、だんだんはっきりして来た。
 ロンドンとベルリンとから放送された地球崩壊の警告講演は、もちろん地球の隅々にまでも達した。
 その国際放送は、すぐさま録音せられ、そうして自国の言葉に訳され、時をうつさず再放送されたのであった。
 新聞社は、驚くべき手まわしよさで、このことを号外に出した。
 各国市場の株は、がたがたと落ちた。
 銀行や郵便局には、貯金を引出す人々が押掛けて来て、道路は完全にその人たちによってうずまった。自動車も電車も、みな立往生である。
 わりあいに落着いて、パイプを口にくわえて、この有様を見ていた老いたイギリス人が、がてんがいかないという風に首をふりながら、
「あいつら、何をさわいでいるのか、わしには、とんとわからん。地球がこなごなにこわれてしまうものなら、いくら札束を持っていても何にもならんじゃないか」
 すると、そばを通りかかったアメリカ人らしい若者が、
「おじいさんには、わからないのかね。僕は、銀行にあずけてある金を全部引出して、さっそく大きい風船をつくるのだ。ガスタンクほどもある大きいやつをね」
「ほほう、そうかね。そうして、その風船をどうするのかね」
「つまり、彗星が地球に衝突すると、地球が、こなごなになるでしょうがな。とたんに僕は、その大きな風船にぶらさがるのさ。すると、足の下に踏まえていた地球がなくなっても、僕は安全に宇宙に浮かんでいられるというわけさ」
 若者は、とくいになって言った。
「そうかね。それもいいが、わしは、彗星が地球にぶつかる時、お前さんの風船だけを残していかないだろうと思うんじゃが……」
 と老人が言うと、若者は、な、なあるほどと言って、とたんに腰をぬかしてしまった。
 モロー彗星が地球に衝突するという放送ニュースは、日本の国際無電局でもアンテナにとらえることが出来た。
 その驚くべきニュースは、事柄が事柄だけに、一時発表がとめられた。そういうことをいきなり発表すると、国内の人々がどんなに驚き、そうして騒ぎ出すかも知れなかった。また、そのようなニュースが、あるいは嘘であるかも知れないので、ともかくも、よく調べた上にしなければならないと、当局者は考えたのである。
 それで、この驚くべきニュースは、まずわが国の、一ばんえらい天文学者の集っている学会へ知らされ、ほんとか嘘か、これについて問合わせがあった。また一方では、警視庁のようなところへも知らせがあって、騒ぎの起らないように注意をするようにと、上からの命令があった。
 大江山捜査課長のところへも、すぐさま知らせがあった。課長は、ちょうど、麻布の崖下で、崖から落ちた例の自動車事故の事件について、夜もいとわず、怪漢の行方について取調をしているところだったが、この驚くべきニュースを受けると、現場はそのままにして、急いで本庁にもどった。
「課長、さっきから、面会人が待っておりますが……」
 と、部下の刑事巡査が、外から帰って来た課長の姿を見るなり、言ったことであったが、課長は、気ぜわしそうに首を振ると、
「ううん、面会人なんか後だ。それどころじゃない。まず、大変な事件の報告を聞くのが先だ」
 と言って、奥の総監室に姿を消した。
 総監は、真夜中にもかかわらず出て来ておられた。これは、それほど大きい事件であった。
 何の打合わせがあったかわからないが、それから三十分ほどたって出て来た大江山課長の顔色は、いつになく、朱盆のように赤かった。
 総監室を出て来た大江山課長は、たいへん興奮のありさまであった。
 彼は、すぐさま自分の席にとって返すと、首脳部の警部たちを集めて、何ごとかを命令した。すると、その首脳部の警部たちは、共にうなずいて課長の前を下った。どの人の顔も緊張しきっていた。警部たちは、そのまま外に出て行った。
 だんだんと、モロー彗星事件の波紋は広がって行く。警部たちは、まためいめいに自分の部下を集めて、鳩のように首をあつめ、何事かを伝えた。
 それから、電話掛と無電掛がたいへんいそがしくなった。驚くべき警報と、何事かの密令とが、方々にとんで行ったのである。
 そのうち、警官たちは一隊又一隊、剣把をとってどやどやと外に出て行った。庁内は、もう胸くるしいほどの緊張した空気で、満ち満ちていた。
 その時、課長室の扉があいて、大江山課長が、顔を出した。
「おい、佐々刑事はいるかね」
 机の上で電話をかけていた掛長が、
「いや、ここにはおりません」
「どこへ行ったのか、君は知らんか」
「はい、佐々君は、やはり麻布の崖の下で、警戒と捜索にあたっているはずであります」
 課長は、なるほどとうなずき、
「そうか。電話をかけて、すぐ彼に帰って来いと、言ってくれ」
「はい、かしこまりました」
 課長が、また室内に引きこもうとすると、当番の刑事巡査が飛んで行って声をかけた。
「課長。あの面会人ですが、いつまでおれを待たせると言って怒っていますが……」
「ああ、面会人だ。どこの誰かね、その気の短い面会人は?」
「蟻田《ありた》――だと、申していました」


   24[#「24」は縦中横] 博士怒る


 モロー彗星が、わが地球に衝突する――という国際放送を受けて、にわかに、色めき立ったわが警視庁!
 その騒ぎの中に、大江山課長をたずねて来た蟻田博士が、あまり待たされるので、とうとうおこり出したという知らせであった。
「おお、蟻田博士だったのか、その面会人は……」
 と、課長も大へん驚いたが、
「そうだ、ちょうどいい。博士に、すぐ会おう。今、すぐお目にかかるからと、そう言ってくれ」
 と言えば、課長の前にかしこまっていた取次の刑事巡査は、ほっとした面持で、
「はい、そう申します。いや、どうも、あの蟻田博士という人は、扱いにくい人で困りましたよ」
 と言って出て行ったが、間もなく入口のところで、その巡査の言争う声が聞えた。
「もし、蟻田博士、困りますなあ。こっちへ、はいることはなりません」
「いいやかまわん。大江山氏がすぐに会うというのだから、わしの方で、はいって行くのは、一向かまわんじゃないか」
「だめです、博士。応接室でお待ち願います」
「おうい、まあいい、博士をこっちへお通し申せ」
 博士は、相変らずなかなか強情であった。白髪あたまをふりたてて、つかつかと大江山課長の前に近づくなり、
「おお、大江山さん。留置場にいる千二という少年に会いたいのだ。すぐ会わせてくれたまえ」
「千二少年ですか。彼は……」
 と言いかけて、
「博士は少年に何用ですか」
「うむ、千二が、一しょにつれになっていた丸木という怪漢について、話を聞きたいのだ」
「丸木? 博士は、丸木について、何をお知りになりたいのですか」
 と、大江山課長は、博士を怒らせないように、
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