わけは、わかりましたか」
「うん、今それをしらべているところだが、ええと、この歯車が、時計を鳴らす時にまわる歯車だ。すると――」
 先生は、また新しいマッチをつけて、時計の中をのぞきこんだ。
「――べつに、かわったことはないようだ。三時も四時も、ちゃんと鳴るはずだがなあ」
「四時は鳴るように、なっていますか」
「そうだよ、千二君、今、鳴らしてみよう。聞いていたまえ」
 新田先生は、時計の中へ指を入れて、歯車のかぎを引張った。
 ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん。
「あっ、四つうった」
「なあんだ、ちゃんと、四つ鳴るじゃないか」
 柱時計は、いきなり四時をうったのであった。先生と千二少年とは、拍子ぬけがして、たがいに顔を見合わせた。
 続いて次をうたせてみたが、ちゃんと五時、六時、七時……と、うつのであった。
「ふん、別に、こわれているのではないようだ」
「先生、もう一つの時計を調べましょう。四時をうたないのは、もう一つの時計かもしれませんから」
「よろしい。もう一つの時計も調べてみよう。こんどは、千二君、君が調べてみたまえ」
「ええ。じゃあ、僕が調べましょう」
 先生が下りて、梯子を隣の時計の横にかけかえた。代って、千二少年がのぼっていった。
「じゃあ、先生。僕がこの時計を鳴らしてみますよ」
 第二の時計は、千二の手によって、時をうちはじめた。
 柱時計は九時、十時、十一時……と、正しくうっていった。そうして、三時をうち、次はいよいよ四時の番だ。
「いよいよ、四時のところです。ああ、僕、何だか、気味が悪くなった」
 と、千二は、梯子の上で、すこし顔をこわばらせた。
「何だ、千二君。君は、日本少年のくせに、いくじなしだね」
「先生、僕は、勇気はあるのですよ。ただ、気味が悪いと言っただけです。先生、さあ、聞いていて下さい」
 千二は、指さきで歯車のかぎをおした。すると、第二の時計はいよいよ鳴り出した。
 ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん。
 音は四つだ!
「なあんだ。どっちの時計も、四時をうつじゃないか」
「どうも、へんだね。君はこの時計が四時をうたなかったと言うけれど、今やってみると、第一の時計も、第二の時計も、ちゃんと四時のところで鳴ったじゃないか」
 そう言って、新田先生は、千二の顔を見た。
「おかしいですね。そんなはずはないんだが……」
「たしかに、君は四時をうたなかったと言うのだね」
「そうですとも。僕は、時計が間違なく、四時をぬかしてうったのをおぼえています。間違ありません」
 千二は、きっぱり言った。
「そうかね。それほど言うのなら、間違ないだろう。だが、柱時計は、この通りちゃんと四時をうつんだからね。おかしな話さ」
 先生は、腕ぐみをして、あきれ顔で、柱時計を見あげた。
「これには、何か、わけがあるんだ。――千二君は、この柱時計が、四時をぬかしてうったと言うのに、今鳴らしてみると、どっちの柱時計も、ちゃんと四時をうつ。なぜ、そんなことになるのだろうか。この答えが考え出せないうちは、博士の秘密は、それから先、何にもとけないんだ」
 新田先生は、呻《うな》りながら、しきりに考えた。
「うむ、これくらいの謎が、とけないようでは、地球の人類の生命を救うなんて大仕事は、出来るはずがない。ちぇっ、新田、お前のあたまも、存外ぼんくらに出来ているなあ!」
 知らない者がこれを横から見ていると、新田先生はおかしくなったんだろうと思ったであろう。そばに立っている千二少年も、何だか気味が悪くなった。
 その時であった。新田先生は、急ににこにこ顔になると、
「ああ、そうか。謎はとけたぞ!」
 と、ぴしゃりと手をうちあわせた。
「先生、わかりましたか」
 と、千二は胸をおどらせてたずねた。柱時計がなぜ四時をうたなかったかという謎を、ついに先生がといたと言うのだから。
「わかったよ、千二君。こう考えれば、柱時計が四時をうたないように聞えるではないか」
 と、新田先生は、思わずごくりとつばをのみこんで、
「いいかね。はじめ、第一時計も第二時計もとまっているんだ。そこで、針を指で動かしていくんだ。まず、どっちか第一の時計を、ぼうんと鳴らして一時さ。それから、もっと針を廻してぼうん、ぼうんで二時だ。それから、またさらに針をまわして、ぼうん、ぼうん、ぼうんで三時さ。わかるかね、千二君」
「それくらいのことなら、はじめから、僕にもよくわかっていますよ」
 千二は、先生に、ばかにされたとでも思ったのか、頬をふくらませて答えた。
「それが、わかっているね。そんなら、よろしい。第一時計は、そのままにしておいて、さて次に、第二の柱時計をうごかすのさ」
「はあ、――」
「分針を、十二のところへもっていくと、第二の柱時計は、鳴りだした。ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん、ほら五時だ。五時をうったのだ」
「えっ、五時?」
「そうだ。第二の時計は、五時から鳴りだしたのだ。次は六時、七時……とうっていった。そういうわけだから、四時をうつ音は、聞えなかったんだ」
「ええっ、何ですって」
「つまり、千二君、実際は、二つの時計が鳴ったのだ。それを、君が一つの時計が鳴ったように思ったから、四時がぬけたと思ったんだ」
「ははあ、なるほど」
 ああ、ついに、柱時計の秘密はとけた。
 千二少年は、新田先生のあたまの働きに、すっかり感心してしまった。
(四時をうたないわけは、一つの柱時計が三時をうって終り、次にもう一つの時計が、五時からうちはじめるからだ)
 なるほど、二つの柱時計を、そういう風に鳴らせば、四時のところでは、鳴らないわけだ。先生は、実にすばらしい謎をといたものだ。
 その新田先生は、謎をといたあと、別に嬉しそうな顔もせず、二つの柱時計を、じっと見あげている。
「ああ先生、どうしたんですか。何を考えているんですか」
 と、千二は、先生の様子が心配になって側へよった。
「うん、千二君。先生は今、この柱時計について、もっと重大なことを思いついたんだよ」
「えっ、もっと重大なことって?」
 千二は、先生の顔と、相変らず振子のとまったままの二つの柱時計とを見くらべた。そういわれると、何だかまだ大きな秘密が、そのあたりにもやもやしているような気がする。
「そうだ。先生の考えているとおり、大胆にやってみることにしよう」
 新田先生の眉《まゆ》が、ぴくんと動いた。先生は、何かしら、一大決心を固めたものらしい。
「先生、先生。何を先生はやってみるというんですか」
「おお千二君」
 と、新田先生は、千二の方をふり向いて、急に顔をやわらげながら、
「さっきから、先生は考えていたんだが、今とうとう先生は、たいへんな大秘密をつきとめたような気がするんだ。それこそは、この蟻田博士邸内にある最大の秘密かも知れない。どうやら、これで、この屋敷にがんばっていたかいがあったようだ」


   21[#「21」は縦中横] 寄《よ》りそう師弟《してい》


 何が、そんなに、新田先生を興奮させているのか。
「先生、大丈夫ですか」
「何が、大丈夫だって。いや、心配しないでもいいよ。そして、これから、先生のやることを見ておいで」
 新田先生は、はりきった顔に、つとめて笑いをうかばせ、なるべく千二君に恐しさをあたえないようにつとめていた。
「さあ、千二君。そこにいては、あぶないかもしれない。君は入口の扉のところへいって、なるべく体を、ぴったりと扉につけておいで」
「先生は?」
「先生は、もう一度時計を鳴らして見る」
「また、時計を鳴らすのですか」
「そうだ。だまって、見ておいで。しかし、あるいは、千二君の思いがけないようなことが起るかもしれない。が、どんなことがあっても、おどろいてはいけないよ」
「先生、僕のことなら、大丈夫ですよ」
 千二は、そう答えて、先生から言われたとおり、入口の扉のそばへ、場所をうつした。

 その間に、もう先生は、柱時計のそばにかけた梯子《はしご》を上っていた。
 先生は、
(千二君、始めるが、覚悟はいいかね)
 といった風に、千二の方を、ふりかえったが、千二が、言いつけたとおり、ちゃんと扉のところで小さくなっているのを見ると、安心の色をうかべて、時計の方へ向きなおった。それから、新田先生は、右の柱時計の針を、指さきでまわして、また、ぼうん、ぼうんと鳴らしていった。一時、二時、三時!
「さあ、こっちの時計は、これでよし。今度は、もう一つの時計の方だ」
 先生は、右の時計を三時のところでとめると、今度は、左の柱時計の方へ手をのばして、ぼうん、ぼうんと鳴らしはじめた。
 一体、何事が起るのだろうか。
 ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん。
 第二の柱時計は、あやしい音を立てて、五時をうった。
 その音を聞いていた千二は、何だか、背中がぞくぞくと寒くなるのを覚えた。
 新田先生の指が動くと、時計の針は、またぐるぐると廻って、やがてまた、ぼうん、ぼうんと、あやしい音を立てて鳴り出すのであった。
「ああ先生! 新田先生!」
 と、千二は、先生の後から、呼びかけてみたくなった。でも、どうしたわけか、のどから声が出なかった。
 第二の柱時計は、続いて、ぼうん、ぼうんと鳴りつづける。そうして、ついに八時をうってしまった。
 その時、何思ったか新田先生は、後を向いた。
「おお、千二君。よく注意しているかね。さあ、この次は、いよいよ問題の九時をうたせるから、君は、おへそに、うんと力を入れておいでよ、ね」
 千二は、返事をするかわりに、無言でうなずいた。
「さあ、いよいよ始るぞ。九時をうたせても、鼠一匹出て来なければ、ことごとく先生の失敗に終る!」
 荒鷲の巣へしのびよって、巣の中の卵へ、いよいよ手を、にゅっとのばした猟師のように、新田先生の顔は、一生けんめいな気持で真赤になっていた。
 ぼうん、ぼうん、ぼうん……
 いよいよ柱時計は九時をうち出した。
 すると、新田先生は、急に、梯子から、どかどかと下りた。そうして、時計の下の壁ぎわにぴったりと体をよせ、なおも鳴りひびく怪時計の音に、注意ぶかく聞入った。
 ぼうん! ついに時計は、九時をうち終った。
 その時、柱時計の下で、壁にぴったりと、からだをよせている新田先生のはげしい興奮の顔!
 また入口の扉を背にして、何事が起るかと、目をみはっている千二少年の顔!
 ぎいーっ、ぎいーっ。
 床下にあたって、歯車か何かが、きしる音!
「ううむ……」
 と、新田先生はうなった。
 ぎいーっ、ぎいーっ。
「あっ、床が……」
 千二は、思わず驚きの声をあげた。
「しっ!」
 新田先生が、叱りつけるように叫んだ。そうして、両眼を皿のようにして床を見つめている。
 見よ! 床が、動いているのだ!
 秘密室の床が、真中のところで二つに割れて、しずかに左右に分れていく。そうして、その間から、まっくらな床下の穴が見えて来た。だんだんと、そのまっくらな四角な穴は広がっていく。
 千二少年は、息をつめて、それを見ていた。なぜこうして、床が、動きだしたのであろうか。
 新田先生は、ついに、二つの柱時計の謎をといたのだった。一方の時計を三時までうたせ、それからもう一方の時計を九時までうたせると、それが組合わせになって、この床を左右に開く仕掛が働き出すのであった。つまり、そのように二つの時計を鳴らさせるということは、錠前を鍵ではずしたことにもなり、また、床を動かす仕掛のスイッチを入れることにもなるのだった。これが蟻田博士が、この部屋に仕掛けておいたすばらしい秘密錠なのだ。
 動いて、割れる床!
 蟻田博士の秘密室には、こんな思いがけない仕掛があったのだ。博士は、床に錠前をかけておいたのでは、合鍵などをつかって人にあけられるのを恐れるあまり、こうした暗号のような仕掛をつくっておいたのだ。
 床は、いつしか、動かなくなった。ぎいーっ、ぎいーっという歯車のきしる音も、今は聞えなくなった。そうして、だだっぴろいこの秘密室の床の上には、まん中のところに、ぽっかりと四角な穴が取残され
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