はじめて、火星のボートであったことが、ほんとうだとわかるし、さらにすすんで、火星のボートの秘密もいろいろとわかるにちがいない。
「何を観測しているのかね」
と、蟻田博士は、望遠鏡のそばへ寄って来た。
「ああ、博士。ちょっと待って下さい」
新田先生は、そう言って、博士をとどめた。ちょうどその時、新田先生は、望遠鏡の中に、赤い点のようなものが、ぶるぶるふるえながら、動いていくのを見つけていたのであった。
(これが、例の火星のボートではないかしらん)
新田先生は、胸をわくわくおどらせながら、しきりに接眼レンズを前後に動かした。
すると、例の赤い点のようなものが、だんだんはっきりして来て、やがて砲弾をうしろから見るような形をしていることや、その尾部からガスらしいものを、しゅうしゅうとふき出していることまでが、はっきり見えて来たのであった。
「あっ、見つけた」
新田先生は、思わず声をあげた。たしかに火星のボートといわれる一種のロケットであった。しきりに上下左右にゆれてはいるが、火星のボートは、いつも同じ尾部を見せていた。スピードをあげ、どんどん前進していくところらしい。その行手は、やはり火星なのであろうか。
「何を見つけたのかね。ちょいと、望遠鏡をわしに貸しなさい」
蟻田博士は、新田先生の体をおしのけるようにして、望遠鏡に目をあてた。そうして、しばらくピントを直していたが、そのうちに、大きな声をあげた。
「おや、これはめずらしいものにお目にかかるぞ」
新田先生は、博士のうしろから、
「博士、そこに見えている、動く物体は、一体何でしょうか」
と、せきこんで質問の矢を放った。
「これかい。これは宇宙艦さ」
博士は、それを宇宙艦と呼んだ。
怪人丸木は、それを火星のボートと言ったのである。
新田先生は、口の中で、
(なに、宇宙艦! 宇宙艦とは?)
と、くりかえした。宇宙を走るから、宇宙艦というのであろうか。
博士は、望遠鏡に食いついたようになって、しきりにその宇宙艦のあとを目でおいかけている。
「おお、まちがいなく宇宙艦だ」
「博士、宇宙艦というのは何ですか」
「宇宙艦は何だと聞くのかね。宇宙艦は、わしの友人が、一度報告書に書いたことがあった。しかし、誰もその友人の報告書を信用しなかったし、その友人はまもなく急死してしまったのだよ。結局、その友人は、脳に異状があったため、ありもしないそんな変なものを見たように、報告したのであろうということだった。わしも、正直に言えば、その友人が、変になっていたのだと思っていた。が、これはどうだ。その友人の報告書に書いてあったとおりの形をした宇宙艦が、今レンズの向こうに見えているではないか。しかも、さかんにうごいている!」
博士は、すっかりその宇宙艦に、気をうばわれている様子であった。
「博士、その宇宙艦というのは、どこの国で作ったものですか」
「作った国は、どこだというのかね。さあ、わしはまだよく研究していないが、さっき話したわしの友人は、ドイツの空軍研究所が、試験的に作ったものであろうと書いてあった。もっとも、ドイツの当局では、そんなばかな話はないと、さかんにうち消していたがね」
「博士は、あの宇宙艦が、ドイツで出来ると思っておられますか」
「いや、そうは思わない」
蟻田博士は、望遠鏡の中にうごめく宇宙艦を、しきりに観察しながら、新田先生と話を続けている。
博士は、その宇宙艦が、いつだか博士の友人のドイツ人が報告書にのせ、人々の注意をうながした宇宙艦だと言った。新田先生は、その宇宙艦は、ドイツ人に作れるかと、重ねて尋ねたが、博士は、いや、ドイツ人には作れないであろうと答えたのだった。
そこで、新田先生は、急に頭の血管が、ちぢまったように感じた。先生はせきこんで博士に尋ねた。
「じゃあ博士、あの宇宙艦は、どこの国で作ったものだとお考えになるんですか」
「うむ。さあ、そのことだが……」
博士は、すぐには、返事をしなかった。そうして、なおもしきりに、望遠鏡のレンズを動かしつづけた。
「博士、それは一体、どうなんでしょうか」
「うむ、待ってくれ」
と、博士は、苦しそうにうめいた。
新田先生はいらだって、もうだまっていられない様子だった。彼は、博士の洋服をつかむと、
「博士、私は、あの宇宙艦が、どこで作られたか、知っているのです」
「なんじゃ、お前が知っているって。ほほう、そんなはずはない。なにをお前は、ばかばかしいことを言出すのじゃ。あははは」
「いや、博士、私は申します。あれは、火星国でつくられた宇宙艦なのです。そうして、あの宇宙艦は、これまでにたびたび、この地球にやって来たことがあるのです。いかがですか、博士」
「ややっ、どうしてお前は、そんなことを知っているのか」
博士は始めて望遠鏡から目を離すと、新田先生の顔を、穴のあくほど、じっと見すえたのであった。
博士の目は、ゴムまりのように大きく開いて、新田先生を見すえた。
「おい新田、お前はどこでそんなことを聞きこんだのか。それともお前は、おかしくなったのではないか」
博士は、新田先生をつまらん弟子だと思い、いい加減にあしらって来たのであるが、とつぜん博士の心にちくりと痛い質問を投げかけたばかりか、その果に、宇宙艦が火星国でつくられたことを、新田先生に言いあてられて、びっくりした。
それもそのはずであった。宇宙の秘密、殊に火星の事情などは、蟻田博士以外に誰も知る者がないと思っていたのに、とつぜん新田先生にあばかれてしまって、博士のおどろきは、一方《ひとかた》でなかった。
博士は、元来世間の事情にうとい人であったから、天狗岩事件が新聞に出たことなどには、気がついていないらしかった。
新田先生は、そこで改めて、千二少年の話、火星のボートが天狗岩へ来たこと、それから怪人丸木が殺人事件を起してまで、ボロンの壜をうばって逃げたことなどを、すっかり博士に話をしたのであった。
博士は、たいへん真剣な顔になって、一々、ふむふむとうなずきながら、新田先生の話に耳をかたむけた。
話しおわって、新田先生は、ここぞと思って博士に重大な質問を放った。
「博士は、丸木という怪人物について、なにか、お心あたりはありませんか」
「ああ、丸木――とかいったね、その怪人物は。さあ、わしは、なんにも知らないよ」
博士はそっけなく答えたが、新田先生の睨《にら》んだところでは、博士は、その怪人物丸木のことについて、たいへん心をひかれている様子であった。
「丸木、丸木か? おい、新田。その丸木なる者は、どのくらいの大きさだったかね」
「大きさ? ああ、背丈のことですか」
「そうだ、丸木の背丈のことだ」
と博士は、新田先生に言われて、質問を言直した。
「丸木の背丈――と言って、別に変ったことはないようです。中背というところじゃ、ありませんかね」
「ありませんかねとは、はっきりしない言葉だね」
「だって博士、私は、丸木を見たことがないのです。千二少年から聞いた話なんですからね」
「おお、そうか。なるほど、なるほど。そうして、その千二という少年は、今どこにいるのか。すぐ、ここへ呼んでもらえまいか」
博士は、丸木の話を聞くと、急に熱心になった。
「千二少年は、いま警視庁に留置されているのです。博士から、大江山捜査課長に、お話しになれば、会えないことはありますまい」
「そうか。では、わしは、これから大江山に会って来よう」
「たいへんお急ぎですね」
「うむ。いや、なに、ちょうど読書にあきたところだからのう」
博士は、なぜか、ぽっと顔をあからめて、そう言うと、帽子もかぶらず、そのまま玄関から出て行った。
新田先生は、博士について行って、また千二少年に会ってみたい気がしたが、しかし少し別に考えることがあったので、
「じゃあ、行ってらっしゃいまし」
と、玄関で博士を送り出したまま、自分は急いで研究室の方へ引返した。
新田先生は、室内にはいると、すぐさま、博士がさっきまで書見をしていた大きな机へ突進した。そうしてその大引出を、開いてみたのであった。
「確かに、博士は、あれを置いて行ったと思うのだが……」
と、新田先生は、しきりに、何かを探し始めた。
17[#「17」は縦中横] 意外な室内
蟻田博士邸にはいりこんだ新田先生が、博士のすることについて、いろいろと気をつけていると、わりあい明けっぱなしの博士が、ただ一つたいへん用心をしていることがあった。それは、この天文台と棟つづきの奥まった一つの部屋に出入するのに、かならず鍵を用いていたことである。
しかも博士は、その部屋へいく時は、きっと、横目でじろりと新田先生の様子をうかがい、それから先生に気づかれないように、そっと大引出をあけ、中から鍵を取出し、てのひらに握ってから、席をはなれるのであった。
だが、鍵は時々がちゃりと音をたてることがあった。そういう時博士は、はっと息をとめ、ゆだんなく新田先生の顔を、しばらくじっと見つめていた。新田先生がそれに気がついた時は、博士は席を立つのをあきらめる。もし新田先生が気がつかないでいると見ると、はじめて席をはなれるのであった。そうして奥まった部屋へ出かけていくのであった。そういう時、研究室の廊下へ通じる扉には、かならず外からかけがねがかけられていて、先生がハンドルをまわしても、向こうへは、あかなかった。
でも、新田先生は、博士が、その大切な鍵をつかって奥の部屋をあけているのを、ちゃんと見て知っていた。それは、扉の下の方に、一つの節穴があって、そこからのぞくと、廊下の奥で、博士がやっていることが、手にとるように、わかってしまうのだった。
その部屋の中には何があるのかは、まだわからないが、これほど大切な鍵ならば、それをいつもポケットに入れておけばいいと思うのに、博士は用のない時は、鍵を持っているのがきらいらしく、いつも大引出の中へしまうことにしていた。
「ああ、あった。これだ、鍵は!」
新田先生は、大引出の中の書類の下にかくしてある鍵を、ついに見つけ出したのであった。
「さあ、今のうちだ」
新田先生は、蟻田博士の机から、鍵を取出すと、いそいで廊下へ飛出した。その奥には、博士が秘密にしている部屋がある。
恩師の秘密にしている部屋を、その許《ゆるし》もなくて、ぬすんだ鍵であけてはいるなんて、けっしていいことではなかった。しかし、ぜひともそれをしなければ、気のすまない新田先生であった。
先生には、一つの信念があったのである。それは、秘密室へしのびこむのは、悪いことではないと信じていたのだ。なぜならば自分だけがとくをするために、むやみに他人の秘密室にはいるのは、どろぼうみたいなものである。しかし新田先生は、自分だけのとくを考えているのではない。そうすることによって、地球の全人類を、だんだん迫って来た大危難から救う道を発見したいのであった。どろぼうみたいなまねをするにはちがいないが、その気持は実に正しく、そうして尊いものであった。
「さあ、この鍵で、この部屋があくはずだ。どうかあいてくれますように」
先生は、心の中で祈りながら、秘密室の鍵穴に鍵を入れてまわした。
すると、がちゃりと錠のはずれる音がした。
「しめた!」
先生は、喜びの声もろとも扉をおして、中へ飛込んだ。さて、どんなにおどろくべきものが、室内に積みかさねられてあるのであろうか。新田先生の胸は、どきどきと大きく動悸を打った。
さて、先生の目には、どんなものがうつったか。
「あれっ」
先生は、そこに棒立ちになったまま、目玉をぐるぐるっとまわした。思いもかけないこの部屋の有様であった。
新田先生は、博士の秘密室の中で、一体何を見たのであろうか。
意外にも意外! その部屋は、空っぽも同様であった。
そのだだっぴろい部屋には、湿気のために、妙な斑点のついた床があるばかりで、その床の上には、何もないのであった。まるで、雨天体操場みたいなものであった。
「なんだ、何もないで
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