は、話し方を知らないね」
「いえ、課長さんが、もう少し黙っていて下さると、話しよいのですが、むやみに、おいそがせになるもんですから困ります」
「何だ。手のかかることだね。よろしい、では、君が喋り終えるまで、こっちは、一言も喋らない。だが、もっと要領よく、そうしてもっと早く喋ってくれ。きょうは、いつになく気が短いのでね」
「は、それでは……」
と、主任は、例の追跡談をくわしく語り出したのであった。ついにその自動車は、麻布の崖の上から下に落ちてしまったことや、運転手が、まっ逆さまに落ちる自動車の中から、半身を出して、こっちをにらんだことなどを……。
交通主任の口は、なかなか重くて、話は一向スピードを上げなかった。しかもその話はたいへん詳しいので、話はなかなかおしまいにならないのであった。
だが、さっきまで、自分でいらいらしているんだと叫んでいた大江山課長は、どうしたわけか、別人のように、たいへん熱心に、この話に耳をかたむけているのだった。もっと早く喋れとも、もっと要領よく喋れとも、どっちとも言わなかった。
「……とにかく、不思議なことです。崖下へいって、焼けおちた自動車の車体をひっくりかえして見ましたが、運転手の死体はおろか、骨一本も、そこには見当らなかったのですからね」
と、交通主任は、その時のことを思い出したらしく、ここでもう一度不思議そうな思い入れをして、首をかしげた。
「で、少年の死体は?」
課長は、やっと一言、口を出した。
「実に、不思議という外ありません。運転台に一しょに乗っていたはずのその少年の死体も、やはり見当らないのです。全く、こんな不思議なことは、生まれてはじめてです」
交通主任は、「不思議」を盛にくりかえすのだった。
「まさか、君たちが見あやまったのではないだろうね」
「見あやまり? そ、そんなことは、けっしてありません」
交通主任は、これを報告して来た白バイの巡査をたいへん信用していたので、課長から、見あやまりではないかと言われると、一生けんめいにべんかいした。また、墜落現場へは、自分もいってみて、共に二人の死骸をさがしまわったのだった。
「不思議だ。どんなに考えても、ありそうな話だとは思われない」
課長は、腹立たしいような顔をして、握り合わせた両手で、とんとんと机の上を叩いた。
「課長、この話ばかりは、まじめに聞いていられませんよ。まるで西洋の大魔術みたいなものですからねえ」
いつの間にか、佐々刑事が、前へ出て来て、あたりはばからぬ大きな声をたてた。
「不思議だ」
課長は、一言、また不思議だと言った。そうして、とんとんと、机の上をたたきつづける。
「この大魔術に、なんという名前を、つけますかねえ。ええと、秘法公開、空中消身大魔術! どうです。なかなかいい名前だ」
佐々刑事は、ひとり喜んでいる。
「不思議だ!」
と、課長は、また言って、頤《あご》の先をつまんだ。
「だが、この世の中に、種のない大魔術は、あるはずがない。そうだ、この事件なんか、とても怪人丸木くさいところがあるぞ」
課長は、すっくと、立ちあがった。
「怪人丸木ですって?」
一同は、言合わせたように、声をそろえて、丸木の名を言った。
「そうだ。運転をしていたのが、怪人丸木で、運転台に乗せられていた少年が、千二であった――と、こう考えてみるのも、魔術であろうか」
「えっ、千二少年に怪人丸木!」
と、一同のおどろきは、再び爆発した。事件が、また再び、千二少年の行方のところへ戻って来たのであった。
「そうだ。あいつなら、魔術ぐらいは、使うであろう。だが、使わば使え。魔術の種を、こっちでもって、あばいてやる。きっと、その魔術の種をつきとめるぞ」
課長は、例の自動車の墜落事件を、丸木のやった魔術だと、きめてかかった。たしかにそれは誤りではなかった。怪人丸木のやった仕事にちがいなかったのだから。課長はいかにして、その魔術をとくであろうか。
課長は、車を命じた。
恐しい自動車惨事のあった崖下は、警官によって守られていた。
まっくらな夜を、火がもえていた。
まだ、惨事の自動車がもえつづけているのかと思われたが、そうではなくて、焚火であった。あたりを警戒するためと、そうして惨事の現場を照らすためだった。
焚火は、すぐそばを流れている小川にうつって、火が二段に見えた。
大江山課長は、部下をしたがえて、焚火の方へ近づいた。
そこを守っていた警官が、やっと気がついて、課長の方へ、さっと手をあげて敬礼をした。
「やあ、ごくろう。崖の上からおっこちた自動車というのは、これかね」
「はい、この縄ばりをしてあるのが、それであります」
「ふん、ずいぶん、ひどくなったものだね。もとの形が、さっぱりわからないくらいだ」
「そうであります。なにしろ、崖の高さは七、八十メートルもありますので、あれからおっこちたのでは、とてもたまりません。その上、車体はごろごろ転がりながら、すぐ発火いたしました」
「転がるところを見ていたのかね」
「はい、私は、崖の上から、それを見ていたのであります」
「そうか。乗っていた者の死骸が、見当らないという話だね」
「はい。死骸はおろか、骨一本見当らないのです。よく焼けてしまったものですなあ」
「……」
課長は、それに答えないで、懐中電灯をつけて、あたりを照らした。焼けくずれた自動車のエンジンが、地面をはっているような形をしている。そこから二、三メートル先は、小川であった。
「ふうん、これは、どうも腑に落ちないことだらけだ」
「どこが、腑におちないというのですか」
闇の中から、ぬっと顔を出したのは、佐々刑事であった。彼は、大江山課長が、何か言出すのを待っていたようであった。
「おお、佐々か」
と、課長は、後を振返り、
「どうも腑におちないことがあるんだ。ガソリンに火がついて、崖の上からおちた自動車を焼いたことは、よくわかるが、乗っていた人間の体はもちろん、骨一本さえ見当らないのだ。へんではないか」
「だって、課長さん。ガソリンに火がついて、たいへんはげしく燃えたため、骨もなんにも、すっかり跡形なく焼けてしまったんではないのですか」
「ガソリンが燃えたくらいで、骨が跡形なくなってしまうだろうか。そんなことはない。骨はもちろん残るはずだ。まあ、黒焦死体がころがっているというのが、あたりまえだ」
「じゃあ、ガソリンではなく、もっと強く燃えるものがあって、それが、骨まで焼いてしまったのじゃありませんかね。たとえば、焼夷弾《しょういだん》みたいなものが、自動車に積んであったと考えてはどうです」
「それもおもしろい考え方だ。しかし、たとえ焼夷弾が燃出したとしても、そこから少し離れた所にあるものは、焼け残るはずだし、ことに、骨が一本残らず燃えてしまって、灰も残っていないというのは、ちと変だね」
課長は、小首をかしげた。
佐々刑事は、いらいらして来た。
「課長。どうも変だというだけじゃ、困りますねえ。で、その事について何かいい答えをもっているのですか」
「うん。だから私は、こう考えてみた。とにかく、この自動車に乗っていた人間は、生きていると思う」
「えっ、生きている。まさか――」
佐々刑事は、あまりのことに、あいた口がふさがらないといった形だった。
「課長、あなたのおっしゃることの方が、変ですねえ。あのとおり、高い崖の上から自動車が、ここへおちたのですよ。たとえ、ガソリンに火がつかなくとも、人間は脳震盪《のうしんとう》かなんかを起して、死んでしまうはずです。生ているなんてことは、考えられませんなあ」
そう言って、佐々刑事は、課長の顔を、じっとのぞきこんだ。課長は、どうかしているのではないかと思ったのである。
「だが、佐々。骨が一本も見あたらないのだから、私は、乗っていた人間が、ここで焼け死んだとは思われない」
「だって、課長、――」
「もちろん、私にも、あの高い崖の上から人間が落ちて、それで、命が助るものとは考えない。しかし、骨が一本も見当らないのだから、崖からおちた人間は、命が助って、どこかへいってしまったとしか考えられないのだよ。不思議というほかない」
「そんな無茶な考えはないですよ、課長。崖の上からおちた人間が、命を全うしたばかりか、そのままどこかへ行ってしまったというのは」
「やむを得ない。理窟では、そうなるのだよ」
「それにしても、変ですよ。それゃ、人間の体が、鋼鉄造りであれば、助るかもしれません。骨といってもたいして固くないし、柔かい肉や皮で出来ている人間が、あの高い崖の上からおちて、死なないで、すぐさまどこかへ行ってしまったなどと……。あっはっはっ。これはどうもおかしい。あっはっはっ」
佐々は、大きなこえで笑い出した。
16[#「16」は縦中横] 大発見
同じ夜のことであった。
崖の上に並んでいる蟻田博士の天文台では、新田先生が、昼間からぶっ通しで、望遠鏡をのぞいていた。
「おい、新田。お前は、なかなかがんばり屋だのう。たのもしい奴じゃ」
と、蟻田博士が、いつになく新田先生をほめて、椅子から立って来た。博士もなかなかがんばり屋で、この天文台へかえって来てからは、ぶっ通しで、本を読んだり、しきりに鉛筆をはしらせて、むずかしい計算をするなど、勉強をつづけていたのであるが、その博士が、今になって、やっと新田先生の熱心さに気がついたのであった。
「おほめにあずかって、恐れ入ります。しかし私は、モロー彗星の衝突が起っても、何とかして地球の人類を助けたいのです。それを考えると、じっとしていられないのです」
新田先生は、その問題のため、全く熱中していたのである。千二少年が無実の罪におちているのを早く助け出したいと思っていた先生であるが、博士からモロー彗星のことを聞くと、更にこの方の事件がたいへん急に迫った問題だと考えたので、何とかして、人類を惨禍から救う道がないかと、その糸口をみつけることに熱中していたわけであった。
何しろ、天文のことについては、蟻田博士が、世界中で一番よく知っている。博士のそばにいる間に、せめて問題解決の糸口でも見つけておかないと、後がたいへんである。気まぐれな蟻田博士は、いつまた気がかわって、どこかへ姿をかくしてしまうかもしれないのだ。今のうちだと思って、新田先生は、しきりに勉強をしているわけだった。
実は、こうして、望遠鏡ばかりのぞいていることについては、先生に一つの考えが、あってのことだった。
新田先生の考えというのは、外でもない。それは、天空に飛去ったはずの火星のボートの姿を、この望遠鏡の中にとらえることなのである。
火星のボートの話は、うそではないと先生は信じていた。あの千二少年が、うそをつくような少年ではないし、また千二少年が、枯尾花を幽霊と見ちがえるような、そんな臆病者でもないと信じていたのである。
火星のボートは、一たん天狗岩の上に下りたが、それから間もなく姿を消してしまった。一体どうしたのであろうか。その火星のボートは?
新田先生の思うには、火星のボートは、千二の父親の見ている目の前で、天狗岩から天空はるかに飛去ったのにちがいない。火柱が見えたというのは、火星のボートというのは、じつはロケットであって、ロケットのお尻から強くふきだすガスが、火柱に見えたのであろうと考えていた。
しかしこの方は、なにぶんにもおかしくなった千蔵の言うことだから、あてにはならない。
それで、とにかく例の天狗岩に姿をあらわし、そうしてまた天狗岩から飛去ったものが火星のボートであるとしたら、それは地球をあとに、火星へどんどん帰っていったにちがいない。
ところで、火星と地球とのへだたりは、たいへん遠い。火星のボートが、火星へかえりつくのには、どんなに早く天空を飛んでいったにしろ、一週間や二週間はかかるであろう。そういうわけなら蟻田博士の自慢の大望遠鏡で宇宙をさがしていると、きっとその火星のボートといわれるものが、見つかるにちがいない。見つかれば、そこで
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