丸木は、千二に向かって、ここに待っていてくれと言うのだ。
「ああ、待っていますよ」
 千二は、ひょっとすると、この間に、丸木の手から逃出すことが出来はしないかと思ったので、そう返事をした。
「すぐ、おれはここへ帰って来る」
 そう言置いて、丸木は千二をはなすと、すたすた歩き出した。
(どこへいくのだろう?)
 千二は、その時ふといやな気持になった。丸木は、さっき見とれていた、あの洋装女から、金を借りるつもりではないかと思ったのである。だしぬけにそんなことを頼まれては、さぞかし女の人は驚くだろう。
 千二は、たいへん心配になった。
「おうい、丸木さん」
 千二は、じっとしていられなくなって、丸木の後を追いかけた。
 だが、丸木の姿は、いつの間にか人込のなかに吸いこまれて、どこへいったのか、わからなくなった。それでも千二は、あっちへいったり、こっちへかえったり、いやな胸さわぎをおさえつつ、しきりに丸木の姿をさがしもとめたのだった。しかし、それは、遂にむだに終った。
 千二は、またいつの間にか、元の所へもどって来た。
「おい、千二」
 だしぬけに呼ばれて、千二はびっくりした。それは丸木だ
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