試みたが、丸木の手は、まるで大きな釘抜のように、千二の手をしめつけていて、はなすことが出来なかった。
 丸木の歩調が、少しばかり遅くなった。彼はしきりに、いろいろなものを売っている店先に、目を向けている。そこには、美しく飾られた飾窓をのぞきこんでいる人もあれば、中で何か買物をしている人も見える。
「ああ、金だ、金だ」
 丸木は、時々ひとりごとを言った。
 そのうちに、丸木はぴったりと足を止めた。
「どうしたの、丸木さん」
「しっ、だまっておれと言うのに……」
 この時丸木の目は、大きな鞄店の中で、りっぱなハンドバッグをたくさん前に並べ、どれを買おうかと、しきりに見ている一人の年の若い、洋装の女の上に釘づけになっていた。
 やがて、その洋装の女は、中で一番りっぱな鰐革のハンドバッグを買った。その時かの女は、抱えていた白い蛇の革のハンドバッグの中から、たくさんの紙幣をつかみだして、店員に支払った。
「ああ金だ。たくさん金を持っている」
 丸木は、またうなった、そうして、買物をして出ていくその洋装女の後姿をふりかえって、じっとみつめていたが、
「おい千二。ここで待っていてくれ」
 と言った。
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